期首になると、目標設定シートを前にして手が止まる人は多いはずです。書き方の型は社内に配られ、記入例まで添えられている。それでも書き上がったものを読み返すと、去年と似た言葉が並んでいる。
目標設定は長いあいだ「どう書くか」の問題として語られてきました。書式より運用が大事だ、という指摘もすでに多くの解説が書いています。ただ、その先の「運用のどこで差がついたのか」に一次データで答えたものは見当たりません。この記事が持ち込むのは、目標設定の効果を35年にわたって検証した学術研究と、約27万人の国家公務員に適用されている制度の運用実績です。前者は、目標設定が成果を押し上げる力が仕事の複雑さとともに縮むことを効果量で示します。後者は、期首面談に使えた時間の長短が、人材育成につながった実感の有無と結びついていたことを示す実測データです。
この記事では、目標設定の定義と効果が届く範囲を押さえたうえで、国が実際に使っている記載の型と、形骸化を防ぐための運用を、官公庁の一次資料と査読論文に沿って整理します。
目標設定の定義と、目的や目標管理制度との違い
目標設定とは、達成したい状態を、期限・水準・手段まで含めて言葉にし、上司と合意する行為です。「売上を伸ばす」は、まだ願望の段階にとどまる。いつまでに、どの水準まで、どのような方法で到達するのかが決まって初めて、達成したかどうかを本人以外が判定できる形になります。
目的と目標は混同されやすい言葉ですが、指しているものが違います。目的は向かう方向で、達成の可否を問えない。目標は方向の上に置かれた到達点で、期限と水準を持つため達成の可否を問えます。「顧客に選ばれ続ける営業組織をつくる」が目的なら、その年度に置く到達点が目標にあたる。方向だけを掲げても行動は決まらず、到達点だけを並べても何のためかが消えます。両方が要る、という関係です。
もうひとつ混ざりやすいのが、目標管理制度(MBO)との関係でしょう。目標管理制度は、個人の目標を組織の目標とつなぎ、達成状況を人事評価に反映させる仕組みの名前です。目標設定はその仕組みの中で行われる行為の名前にあたります。制度を導入していない組織でも目標設定は成立しますが、制度に組み込まれた瞬間、目標は「本人の指針」から「評価される対象」へ性格を変える。この性格の変化が、後で触れる形骸化の起点になります。並べて語られやすい OKR(Objectives and Key Results)も、目標を全社から個人までそろえるための方式の名前で、目標を決める行為そのものとは別の層にある。
国の人事評価も同じ構造を持ちます。内閣人事局と人事院の『人事評価ガイド 評価者・調整者の手続編』(2022年6月版)によれば、国家公務員の業績評価では4月と10月の年2回、期首面談を通じて目標を確定させる運用が定められている。目標設定を「面談で合意する手続き」として設計している点が、民間の多くの運用との差になっています。
目標設定が成果を動かす効果の大きさと限界
目標設定が成果を押し上げることは、心理学の領域で最も検証された命題のひとつです。エドウィン・ロックとゲイリー・レイサムが2002年に American Psychologist 誌へ発表した35年の研究総括によると、目標の困難度と成果の関係はメタ分析で効果量 d = .52〜.82、「具体的で困難な目標」と「ベストを尽くせ」という指示の比較では d = .42〜.80 でした。検証の範囲は100を超える異なる課題、40,000人超の参加者、8か国以上に及び、実験室からシミュレーション、実際の職場までを含み、期間も1分から25年まで幅があります。
同じ論文が引く現場実験では、トラック運転手の積載率が法定重量比60%から90%へ上がり、9か月で$250,000の削減につながりました。目標を具体的に、かつ難しく置くことには確かな裏づけがある。ここまでは、目標設定を推す言説とおおむね一致します。
問題はその先です。ロックとレイサムは、この効果が課題の複雑さによって調整されることも同じ論文で示しています。
比較の対象 | 効果量 d |
|---|
目標の困難度と成果(全体) | .52〜.82 |
「具体的で困難な目標」対「ベストを尽くせ」(全体) | .42〜.80 |
困難度の効果(最も単純な課題) | .67 |
困難度の効果(最も複雑な課題) | .48 |
「具体的で困難な目標」対「ベストを尽くせ」(最も単純な課題) | .77 |
同(最も複雑な課題) | .41 |
意思決定への参加そのものの効果 | .11 |
出所:Locke, E. A. & Latham, G. P.(2002)American Psychologist 57(9) 705-717。複雑度の調整効果は同論文が引く Wood, Mento & Locke(1987)、参加の効果は Wagner & Gooding(1987)。
単純な作業では、目標を掲げ直すだけで成果がはっきり動く。複雑な仕事では、同じ操作をしても差が縮みます。とくに「具体的で困難な目標」の優位は、単純な課題の d = .77 に対して複雑な課題では d = .41 まで落ちる。半分近くまで縮む計算です。
効果量 d は、目標を置いた集団と置かなかった集団の差を、成果のばらつきを物差しにして表した数字です。この数字が半分に縮むというのは、実務の感覚に直すと、現場でも見て取れていた差が、集計しないと分からない差に変わるということを意味します。
なぜ縮むのか。同じ論文は、複雑な課題では目標の困難度よりも「課題遂行の戦略」のほうが成果と強く相関するという知見(Chesney & Locke 1991)を挙げています。難しい目標を掲げても、そこへ至る手順を持っていなければ成果は動かない。さらに航空管制のシミュレーションを使った研究(Kanfer & Ackerman 1989)では、成果目標を持つことが、課題の遂行に必要な知識の習得をむしろ阻害したと報告されました。学ぶ途中の人に高い成果目標を課すと、学習に向くはずの注意が目標の達成に吸い取られる、という現象です。ただし同じ論文は、この続きも書いています。Winters & Latham(1996)は、成果目標の代わりに具体的で困難な「学習目標」を置くと、複雑な課題でも「ベストを尽くせ」という指示より有意に高い成果になったことを示しました。理論の限界というより、置いた目標の種類の問題だった、という整理です。複雑な仕事の途中では、目標の対象を成果から学習へ移す。これがこの知見から出てくる処方になります。
参加型か割当型かという古典的な論点についても、この総括は明快でした。意思決定への参加そのものの効果は d = .11 と小さく、目標の困難度を揃えて比較すると、参加して決めた目標と上から割り当てられた目標のあいだに成果の有意差はない。ただし条件が付きます。理由の説明なしに簡潔に割り当てた場合だけは、参加型より成果が有意に低くなりました(Latham, Erez, & Locke 1988)。成果を左右していたのは、参加という手続きそのものよりも、理由が伝わっているかどうかでした。この一点が、次に見る運用実態の話に直結します。
公的統計が示す目標設定と面談の運用
日本で最も規模の大きい目標設定の運用データは、国家公務員の人事評価にある。民間にこの規模で運用の実態を測った調査が見当たらないため、ここでは国のデータを使います。内閣官房内閣人事局が2021年3月に公表した『人事評価の改善に向けた有識者検討会 報告書』は、人事評価が実施される一般職の国家公務員 約27万人から各府省等一律5%の職員を抽出し、回答者数 11,203人・推定回収率 81.6% という規模の職員意識調査を実施しました。母集団の規模でも回収率でも、民間の調査ではまず届かない水準です。
先に時点を断っておきます。この職員意識調査は2020年9月28日から10月16日にかけて実施されたもので、令和3年10月から段階的に実施された人事評価制度の改善の取組より前の状況を映しています。その旨は、人事院の資料自身が末尾で注記している。したがって以下の課題が、改正で手当てが入った後にどこまで残っているかは、この調査からは分かりません。ここで読み取るのは、制度が機能しなかったときに何が起きていたかのほうです。
その結果は、制度が普及していることと、機能していることが別だと突きつけるものでした。人事院が2024年1月の第5回人事行政諮問会議へ提出した事務局説明資料によれば、人事評価の結果が人材育成に活用されている実感があると答えた被評価者は 8.0%、任用に反映されている実感がある者は 19.4% にとどまります。同じ調査で、期首面談・期末面談そのものを有益とする者は8割強でした。面談には価値を感じているのに、その先の育成につながった実感は1割に届かない。
面談の実態を見ると、この落差の理由が見えてきます。内閣人事局の同報告書によると、面談に要した時間は約5割が10分未満で、本府省庁では約1割の職員がそもそも面談を受けていませんでした。10分でその期の目標と役割を合意するのは、どう考えても無理があります。
人事院の資料は、苦情相談の中身も内訳で示しています。
苦情相談の内容(令和2〜4年度・102事案・重複計上あり) | 件数 |
|---|
人事評価が低い | 56 |
評価結果の開示・理由説明等への不満 | 36 |
目標設定に関する不満 | 18 |
評価者・調整者等の適格性への不満 | 16 |
各省における苦情処理への不満 | 15 |
面談がない、実施時期が遅い | 12 |
評価結果の活用関係 | 11 |
改善措置関係 | 3 |
その他 | 33 |
出所:人事院『第5回 人事行政諮問会議 事務局説明資料』(令和6年1月23日)。
目標設定そのものへの不満が18件あり、面談がない・実施時期が遅いという申し立ても12件ある。評価結果への不満の陰に、入口の手続きに対する不満が確かに存在します。
そして最も重い示唆が、同じ資料の傾向分析にありました。評価結果が人材育成に活用されている実感がある被評価者は、実感がない被評価者に比べて期首面談・期末面談に要した時間が長い傾向にある。さらに、期首面談で目標や求められる行動などの内容について十分話し合えた場合に、活用されている実感が高まる傾向が示されています。評価者の側も「職位に応じた的確な業績目標の設定」を困難と感じていました。
制度の普及そのものは、もはや論点から外れています。総務省が令和7年4月1日現在で実施した1,788団体の悉皆調査では、都道府県および指定都市において人事評価結果の昇給・昇任昇格・勤勉手当・分限への活用がいずれも 100.0%、市区町村の管理職員でも勤勉手当 86.9%、昇任昇格 83.8%、昇給 80.7% に達しています。器はすでに行き渡った。差がついているのは、期首の面談にまとまった時間を確保できるかどうかのほうです。
国が定めた目標設定の仕様と記載5要素
目標の書き方について、国は具体的な仕様を文書で定めています。前掲の人事評価ガイドが定める記載要素は5つです。
記載要素 | 何を書くか |
|---|
何を | 対象となる業務・成果物 |
いつまでに | 期限。期の途中の中間地点を含めてよい |
どの水準まで | 達成したと判断できる水準。ガイドの記載例は「○割削減」「〜の対策を実施」 |
どのように | 方法・手段。目標に至る道筋そのもの |
どのような役割や貢献で | 組織の目標に対する自分の位置づけ |
出所:内閣人事局・人事院『人事評価ガイド 評価者・調整者の手続編』2022.06 ver.
5つの要素そのものは、民間の目標設定シートにも概ね載っています。国の仕様が違うのは、後ろの2つを目標設定のチェックリストに入れ、全ての目標への困難度・重要度の付与とセットで必須化している点です。「どのように」は前掲の Chesney & Locke の知見に対応する項目で、複雑な仕事ほど成果を左右する戦略にあたります。「どのような役割や貢献で」は、その目標が組織の何につながるかを本人の言葉で書かせる欄です。理由の説明なしに割り当てられた目標だけが成果を落としたという実験結果を思い出すと、この欄が書式の飾りにとどまらないことが分かります。
同ガイドは、目標の難しさの扱いも定めています。困難度は3段階で、その職位の全員には期待することが困難な水準か、容易な水準か、いずれでもないかで区分する。困難さを見る観点も3つに整理されています。
- 質 … 前例がない新たな業務であるか
- 量 … 著しく莫大な業務量であるか
- 速度 … 通常より著しく短期での遂行が求められるか
さらに、その職位における通常の目標と比べて困難度が高い「チャレンジ目標」を原則1つ以上設定することとし、管理・監督職員には業務運営・組織統率・人材育成に関するマネジメント目標を1つ以上求めています。ここで決定的なのが、内閣人事局の報告書が示した扱いです。チャレンジ目標は、未達成であることをもって低い評価としない。難しい目標を掲げる行為に罰を与えない仕組みが、明文で用意されている。
重要度についても、誤解しやすい定義が置かれています。3段階で付けますが、判断の基準は業務上に占めるウエイトの軽重であって、本人にとっての大事さとは別の軸です。すべての目標に最上位の重要度が付くこともありません。優先順位を付けさせるための欄なので、全部を最重要にすると意味が消えます。
評価の考え方も明快です。同ガイドは、成果の水準がその職位にふさわしいか、遂行のプロセスなども勘案すると定めており、達成の可否だけで評価が決まる設計にはなっていません。加えて、評価期間中の目標の変更も可能としている。期首に決めた文言を期末まで固定する運用は、国の仕様には含まれていません。
目標設定が形骸化する条件と防ぐ運用
形骸化の原因として挙げられる条件は、おおむね3つに整理できます。ここまでの一次資料で確かめたいのは、そのうちどれに、どんな種類の裏づけがあるのかです。
第一に、期首面談の時間が足りないこと。内閣人事局の調査で面談時間の約5割が10分未満だったのに対し、人材育成への活用実感がある層は面談時間が長い傾向にありました。第二に、目標を置く理由が伝わらないまま割り当てられること。ロックとレイサムの総括では、理由の説明なしに簡潔に割り当てた目標だけが、参加型より有意に低い成果に終わっています。第三に、期中に目標を動かさないこと。国のガイドは評価期間中の変更を認めていますが、変更を面倒がる運用では、期首の想定がずれたまま期末を迎えます。
裏づけの種類は、3つで違います。第一の条件は、11,203人という同じ母集団の中で差が観測されているものです。ただしそこで差が出ているのは、評価結果が育成へつながったという実感、つまり自己申告の側で、成果指標そのものはこの調査で測られていません。第二の条件は、実際の成果を測った実験(Latham, Erez, & Locke 1988)で有意差が出ています。ただし日本の職場の運用実態を測ったものではありません。第三は、国の制度がその前提に立っているという設計思想にとどまり、差が観測されたという形の裏づけを持たない。運用の改善に順番をつけるなら、どちらかの形で差が出ている第一と第二が先になります。
背景には時間の問題があります。厚生労働省が2026年7月31日に公表した令和7年度 能力開発基本調査によると、能力開発・人材育成に何らかの問題がある事業所は 80.1% にのぼり、その内訳は「指導する人材が不足している」が 59.5%、「人材を育成しても辞めてしまう」が 51.6%、「人材育成を行う時間がない」が 45.5% でした。人事院が令和7年3月に公表した人事行政諮問会議の最終提言 参考資料でも、管理職の業務量が多すぎて人事評価に時間を割くのが難しい、という各省職員の声が記録されています。面談の時間が取れない状態は、担当者の怠慢よりも構造の問題として現れている。
自社の採用データからも、目標設定が社外に説明されにくいことが読み取れます。Offers に公開された正社員求人のうち、目標設定・OKR・MBO・目標管理に言及しているものは全期間で 3.8%、評価制度・人事評価・等級制度への言及は 8.4% でした(Offers 登録求人データ・株式会社overflow 調べ・n=3,799・2026年9月時点)。年次で見ると、目標設定は 2023年 6.8%、2024年 2.3%、2025年 2.0%、2026年 6.0%、評価制度は 2023年 5.5%、2024年 4.2%、2025年 17.0%、2026年 13.5% です(各年の母数は 897件、1,505件、746件、571件)。どちらの系列も年次の振れが大きく、増えているか減っているかを判定できる形にはなっていません。読み取れるのは全期間の水準差のほうで、評価制度の 8.4% に対し、目標設定の運用に触れる求人は 3.8% にとどまります。
なお、求人票で目標管理の仕組みを語ることが候補者の応募を後押ししている様子は、現時点の実測では見当たりません。本文の文字数を揃えて比較すると、目標設定や OKR に言及した求人の閲覧あたり応募率は 0.080%、言及なしは 0.139% でした(Offers 登録求人データ・株式会社overflow 調べ・n=2,633・2026年9月時点。閲覧のあった求人のうち本文1,272字以上のものを文字数帯ごとに比べて統合した、文字数だけを揃えた比較で、直前の段落の n=3,799 とは母集団の取り方が違います。応募率はページ閲覧数あたりの応募数として算出)。ただし言及あり側の閲覧数は全体の約4%と小さいため、応募率を下げると断定するには材料が足りません。制度の記述は入社後の納得に関わるもので、応募の意思決定まで動かす材料とは言いにくい、という程度に読むのが妥当でしょう。
自社の採用の現在地を外形的に測っておきたい場合は、エンジニア採用力チェックが使えます。育成や目標運用を採用の説明材料に育てる前に、いま何が足りていないかを揃えておくと議論が早い。
防ぐ側の運用は、条件の裏返しになります。期首面談の時間を制度として確保し、目標の水準ではなく「なぜその目標か」に時間を使う。困難度を明示し、チャレンジ目標の未達を低評価に直結させない。期中の変更を例外扱いせず、変更の履歴を残す。この3点は国の仕様にすべて書かれているもので、新しく発明する必要はありません。評価制度の側の失敗要因は人事評価制度が失敗する理由で扱っています。
目標設定のフレームワークと使い分け
フレームワークは、目標設定のどの工程を助ける道具かで整理すると迷いが減る。フレームワークの一覧はどの解説にも載っていますが、名前を並列に並べただけでは「どれを選べばよいか」が残ります。工程で分けると次のようになる。
名称 | 何を助ける道具か | 向く場面 | 限界 |
|---|
SMART | 1つの目標の書き方の点検 | 書いた目標が曖昧なとき | 目標の中身の妥当性までは判定しない |
ベーシック法 | 目標項目・達成基準・期限・達成手段を順に埋める | 初めて目標を書く人の型 | 組織目標との接続は別途必要 |
MBO | 個人目標と組織目標をつなぎ評価へ反映する制度 | 評価と連動させるとき | 評価が絡むと目標が低めに寄る |
OKR | 全社から個人までの目標を短い周期でそろえる | 方針の転換が速い組織 | 評価と直結させると機能しにくい |
KPI | 目標に向かう途中経過を数値で追う | 進捗の管理 | 指標が目的化しやすい |
SMART(Specific 具体的か、Measurable 測れるか、Achievable 達成できるか、Relevant 上位の目標とつながるか、Time-bound 期限があるか)の5つは、書き上げた目標を点検するチェックリストにあたります。国の記載5要素と重なる部分が多く、「どの水準まで」が Measurable、「いつまでに」が Time-bound に対応します。ただし SMART は目標の文の形を整える道具であって、その目標を掲げること自体が正しいかは判定しません。
ベーシック法は、目標項目・達成基準・期限・達成手段の4つを順に埋める型です。国の記載5要素との違いは、組織に対する自分の役割や貢献を書く欄がないことです。初学者には書きやすい反面、組織目標との接続は別の工程で補う必要があります。
OKR(Objectives and Key Results)は、定性的な目標と、その達成を測る複数の定量指標を組にして、全社から個人までを短い周期でそろえる方式です。運用の勘所は個別の設計に踏み込むので、詳しくはOKRで目標管理する方法の解説を参照してください。KPI が測るのは、目標に到達するまでの途中経過です。KPI を目標欄に書くと、指標を動かす行動が目的化しやすくなります。
どれを選ぶにせよ、効果量が示していた条件は変わりません。フレームワークは目標の文を整える道具であって、期首面談の時間を作り出す道具ではない。
目標設定の手順は2つの方式に分かれる
国のガイドは、目標を決める方式を2つに整理しています。ひとつは上司や組織の目標からブレークダウンする方式、もうひとつは被評価者がボトムアップで設定し、評価者が組織目標との整合性をチェックする方式です。いずれの方式でも組織目標との整合性に留意することが条件になっています。
どちらを選ぶかは、職務の性質で決めると実務に合います。担当範囲が組織目標の一部として切り出せる職務ならブレークダウンが速い。専門性が高く、本人しか業務の実態を把握していない職務ならボトムアップのほうが現実的な目標になります。片方に統一する必要はありません。
社内の作業手順に落とすと、次の並びになります。
- 期の組織目標と、その中で自部門が担う範囲を先に文章で確定する
- 方式を職務ごとに選び、原案を作る主体を決める
- 原案を記載5要素で埋める。「どのように」と「どのような役割や貢献で」を空欄のままにしない
- 期首面談で、目標の水準と、その目標を置く理由を言葉で確認する
- 困難度と重要度を付ける。チャレンジ目標を1つ以上含める
- 期中に状況が変わったら目標を追加・変更し、変更した事実と理由を記録に残す
この並びで時間がかかるのは4番目です。ほかの工程は書式と締め切りで進みますが、面談だけは人の時間を確保しないと進まない。そして公的統計が示したとおり、人材育成への活用実感の差はここに出ていました。
職種別に見る目標設定の具体例
職種が変わると、5要素のうち埋めにくい欄が変わります。営業のように成果が数値で出る職種では「どの水準まで」が書きやすく、「どのように」が手薄になりがちです。人事や企画のように成果が組織全体に溶ける職種では、逆に「どの水準まで」で手が止まります。
職種 | 何を | どの水準まで | どのように | どのような役割や貢献で |
|---|
営業 | 新規顧客の商談化 | 前期実績を基準に上振れ幅を置く | 既存顧客からの紹介経路を新設して | 新規売上の立ち上がりを担う |
人事 | 中途採用の選考プロセス改善 | 応募から一次面接までの日数 | 日程調整の担当を一本化して | 選考中の辞退を減らす |
エンジニア | 障害対応の初動 | 検知から一次報告までの時間 | 監視の通知先とログの見方を整備して | 開発チーム全体の対応時間を減らす |
企画 | 既存事業の収益構造の可視化 | 部門別の採算が毎月見える状態 | 経理と共通の集計定義を決めて | 投資判断の材料を提供する |
管理職 | 部下の育成 | 期末までに担当領域を1つ移譲 | 週次の1on1で進捗と障害を確認して | 属人化した業務を解消する |
数値が入る欄は、期首に決められる範囲で書けば足りる。ひとつだけ、書き上がりの形を示しておきます。営業職なら「新規顧客の商談化を、今期末までに前期実績の1.2倍にする。既存顧客からの紹介経路を新設し、月10件の紹介依頼を回すことで到達する。これにより来期の新規売上の立ち上がりを担う」といった具合です。何を・いつまでに・どの水準まで・どのように・どのような役割や貢献で、の5つが1文ずつ入っています。
職種ごとの例文をもっと数多く見比べたい場合は、人事考課の目標設定の解説に職種別の記入例をまとめてあります。この記事が扱うのは、どの職種にも共通して使える型のほうです。
管理職の行に「部下の育成」を置いたのには理由があります。内閣人事局の報告書は、管理職に人材育成・働き方改革・業務効率化に関する具体的な目標を1つ以上設定することを義務付ける方向を示していました。育成が目標欄に書かれていない組織では、育成は「余裕があればやること」に落ちます。
エンジニア組織で成果が動きにくいのは、仕事の複雑度が理由
エンジニア組織で目標設定が空回りする原因は、仕事そのものの複雑さにあります。担当者の意欲や説明の巧拙は、ここでは主因になりません。よく言われる「エンジニアの成果は数値で測りにくい」という説明とは、機序が違います。あちらは測定の難しさの話で、ここで見るのは、測れたとしても目標を置く操作で動く幅が小さくなる、という話です。前掲の効果量を思い出してください。困難度の効果は最も単純な課題で d = .67、最も複雑な課題で d = .48。「具体的で困難な目標」の優位に至っては、単純な課題の d = .77 に対して複雑な課題では d = .41 まで落ちます。目標を具体的に難しく置く手法は、複雑な仕事に対しては元々そこまで強くない。
もうひとつ、学習との相性の問題があります。航空管制のシミュレーションを使った研究では、成果目標を持つことが課題遂行に必要な知識の習得を阻害しました。新しい技術領域に移ったばかりの人に高い成果目標を課すと、学習に向くはずの注意が奪われる。習熟の途中と、習熟後の成果創出とでは、置くべき目標の種類が違います。
対処は4つあります。
- 成果目標と学習目標を分けて書く。習熟途中の領域には学習目標を置き、成果で測らない
- 「どのように」の欄を必ず埋める。複雑な仕事では、困難度より遂行の戦略のほうが成果と強く相関する
- 困難度を明示し、未達を低評価に直結させない。難易度の高い技術課題に挑む動機を制度で守る
- 期中の変更を前提に置く。技術的な前提は期の途中で変わるため、期首の文言を固定しない
いずれも国の仕様に含まれている運用で、エンジニア組織のために特別な制度を新設する必要はありません。むしろ既存の目標管理シートの欄を、書式どおりに使い切るだけで届く範囲にあります。期中の確認をどう回すかは1on1の設計と重なる領域なので、面談の頻度と議題の設計をあわせて見直すと手戻りが少なくなります。
目標設定でよくある失敗と注意点
最も多い失敗は、数えられるものだけが目標欄に並ぶことでしょう。測りやすさで選ぶと、その職務の中心にある仕事が抜け落ちます。国のガイドは、期首の段階で定量的な観点を目標に盛り込むことが難しい業務について、期首の目標は抽象的(定性的)なものとし、期末に振り返り型で成果を検証する方法を示しています。数えられる形に落とせないことを、目標を書かない理由にしなくてよい、ということです。
2つ目は、すべての目標に最上位の重要度を付けてしまうこと。重要度が表すのは業務上のウエイトの軽重で、本人の思い入れの強さとは別の軸です。全部が最重要なら、優先順位の情報は消えます。
3つ目は、未達を恐れて低い目標を書くことです。これはよく指摘される現象で、目標が評価に直結する制度では必ずこの力が働きます。目を向けたいのは、国がそれに対して置いた手当てのほうです。チャレンジ目標には「未達成であることをもって低い評価としない」という保護が、規程の言葉として明文で置かれている。この一文を社内規程に書き写していない組織では、困難度の高い目標は書かれません。
4つ目は、評価者側の負荷を見落とすことです。内閣人事局の報告書によると、評語の境目の見極めや判断に困難を感じる評価者は約7割にのぼります。評語の分布も偏っていました。同局の評語分布調査では、5段階だった当時の一般職員の業績評価(令和元年10月〜令和2年3月)が S 11.2%、A 52.1%、B 36.3% で、Aだけで半数を超えています。評語区分は令和4年10月に6段階へ細分化されましたが、直近の一般職員の業績評価(令和6年10月〜令和7年3月)でも 卓越して優秀 1.8%、非常に優秀 20.0%、優良 46.4%、良好 31.4% と、中央寄りの2区分に約8割が集まる形は変わっていません。評価が中央付近に集まると、目標の困難度の違いは評価に反映されなくなる。目標設定の運用を直すなら、評価者側の判断基準の共有も同時に扱う必要があります。
5つ目は、期首に決めて期末まで触らないことです。国のガイドが期中の変更を認め、内閣人事局の報告書が期中の追加・変更を柔軟に行うよう促しているのは、期首の想定が動くことを前提にしているからにほかなりません。変更を「目標が甘かった証拠」と扱う運用が、目標を守りに寄せます。
目標設定を成果につなげる出発点
目標設定は、書式を整えるほど成果が伸びる仕組みとしては働きません。効果は仕事が単純なほど大きく、複雑になるほど小さくなる。そして日本で最大規模の運用データが示したのは、人材育成につながった実感の差が、期首面談にどれだけ時間を使えたかに現れるという事実でした。
手をつける順番も、ここから決まります。シートの様式を作り直す前に、期首面談の時間を制度として確保する。次に、記載5要素のうち「どのように」と、組織に対する役割や貢献を書く欄が、空欄のまま提出されていないかを点検する。チャレンジ目標の未達を低評価にしない扱いを、社内規程の言葉で明文化する。この3つが揃って初めて、フレームワークの選択が意味を持ちはじめます。
書式は1日で変えられますが、面談にまとまった時間を割く運用は、制度で守らないと確保できません。目標設定の改善を検討するなら、まずカレンダーの側から着手するのが近道です。