人事評価の解説は、たいてい「納得感」という言葉で締めくくられます。評価される側が結果に納得できているか。その一点が制度の成否を分けるという説明は、どの資料を開いても見つかります。
では、その納得の対象になっている評価結果は、実際にどう分布しているのでしょうか。何段階に分けても評価はどこかに寄るのではないか、評価が良くても給与はさほど変わらないのではないか。現場でよく聞くこうした疑いに、数字で答えた資料はほとんど流通していません。
国はその実測を公開しています。国家公務員という限られた母集団で、しかも分布と処遇は別々の資料に載っている。評価段階を増やしたあとの評語の分布は内閣人事局が、昇給区分と勤勉手当(賞与にあたる手当)の分布は人事院が、それぞれ別の時点で公表しています。2つを重ねて読むには時点と制度世代の違いを踏まえる必要がありますが、制度を組み直す立場から読むと、ここには民間でも避けにくい構造が写っている。この記事は、人事評価の基本を押さえたうえで、その実測が示す設計上の落とし穴までをたどります。
人事評価の定義と人事制度での位置づけ
人事評価とは、従業員の仕事ぶり・能力・姿勢を一定の基準で測り、その結果を処遇・配置・育成の判断に使う仕組みのことです。測ることは手段で、測った結果を何かの決定に使うところまでが含まれる。ここが、単なる面談や振り返りとの分かれ目になります。
人事制度は一般に、等級制度・評価制度・報酬制度の3つで組み立てられている。等級制度は「社内でどの位置にいるか」を示す格付けの物差しで、評価制度は「その位置に対して今期どうだったか」を測る仕組み、報酬制度は測った結果を給与や賞与に変換する規則にあたります。3つは直列につながっているので、評価だけを作り替えても、等級の定義が曖昧なままなら測る基準が定まらず、報酬への変換規則が変わらなければ結果は処遇に届きません。
「人事考課」という言葉もほぼ同じ意味で使われますが、こちらは処遇の決定という用途に寄った語です。育成や配置を含めた広い意味で語るときは人事評価、賞与や昇給の算定という文脈では人事考課、と使い分ける企業が多い。社内の規程でどちらの語を使っているかは、その制度が何を主目的に作られたかの手がかりになる。
人事評価が担う3つの目的
人事評価の目的は処遇の決定・人材配置・能力開発の3つに整理できます。この3つを考えるときの材料として、隣にある公的な数字を1つ置きます。厚生労働省が令和7年6月27日に公表した令和6年度 能力開発基本調査が尋ねているのは、職業能力評価の結果が何に使われているかです。人事評価制度そのものの普及や設計を尋ねた調査ではないので、人事評価の3つの目的のうちどれが重いかを示す数字としては読まないでください。職業能力評価を実施している事業所への複数回答で、次の分布が出ています。
評価結果の活用方法 | 実施事業所に占める割合 |
|---|
人事考課(賞与、給与、昇格・降格、異動・配置転換等)の判断基準 | 85.8% |
人材配置の適正化 | 55.0% |
労働者に必要な能力開発の目標 | 34.9% |
人材戦略・計画の策定 | 23.6% |
人材の採用 | 23.4% |
技能継承のための手段 | 17.8% |
出所:厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」(令和7年6月27日公表・令和6年10月1日現在)。母数は職業能力評価を行っている事業所で、複数回答。調査全体の対象は常用労働者30人以上を雇用する事業所で、事業所調査7,218事業所・有効回答率54.1%
職業能力評価を実施している事業所のうち、その結果を処遇の判断基準として使っているのは85.8%で、能力開発の目標として使っているのは34.9%にとどまります。能力を測るために設けたはずの仕組みの結果でさえ、賞与と昇給の算定へ吸い寄せられている。制度の説明文に「育成のための評価」と書いても、この引力が働くことは前提にしておいたほうがよい。人事評価でも同じ引力が働くかどうかは、この調査からは分かりません。後の節では、人事評価そのものを対象にした調査で運用のつまずきを見ます。
そもそもこの職業能力評価を持たない事業所も、かなりの割合を占めます。制度を作らない選択があること自体は他の解説記事も触れますが、実施率が何%でどれだけ横ばいなのかまで数字を置いた資料は流通していません。同じ調査によると、職業能力評価を行っている事業所は54.1%で、行っていない事業所が46.0%あります。正社員を雇用する事業所のうち正社員に対して実施しているのは53.1%で、平成22〜25年度に60%台だった実施率は平成26年度以降50%台で横ばいが続いている。規模別に見ると1,000人以上が60.9%、100〜299人が52.1%、50〜99人が47.1%で、情報通信業は57.2%でした。この調査の対象は常用労働者30人以上を雇用する事業所です。つまり一定の規模がある事業所に限っても、実施率は半数強にとどまります。
業績・能力・情意の3つの評価項目
人事評価の項目は、成果を測る業績評価、発揮された力を測る能力評価、仕事への姿勢を測る情意評価の3つに分けるのが一般的です。何を測るかが違うだけでなく、測定に適した期間も、評価者が確かめられる証拠の種類も違います。
評価項目 | 測るもの | 向く期間 | 設計上の注意 |
|---|
業績評価 | 期の目標に対する達成度と、生み出した成果の大きさ | 半期または通期 | 目標の難易度が部署間でそろわないと、達成度の比較が成り立たない |
能力評価 | 業務を遂行するうえで実際に発揮された知識・技能・判断 | 通期または複数年 | 保有能力ではなく発揮された行動を見る。等級ごとの期待水準の記述が要る |
情意評価 | 規律性・責任性・協調性・積極性といった仕事への姿勢 | 通期 | 評価者の主観が入りやすい。行動の事実で語れる記述に落とし込む |
3つの配分は職種と等級で変えるのが定石です。成果が数字で表れる営業職では業績評価の比重が高くなり、複数年で成果が現れる研究開発やエンジニア職では能力評価の比重を上げないと、短期の数字だけで判断することになる。管理職層では業績評価と、部下の育成を含む能力評価の比重が上がります。
評価基準は「何を書くか」より「どの粒度で書くか」で使いやすさが決まります。抽象的な形容詞だけの基準は、評価者ごとに解釈が割れる。等級ごとに期待する行動を具体的な動詞で書き、その行動が観察できる場面を添えておくと、評価者の判断はそろいやすくなる。
評価手法の種類と選び分け
評価手法は、何を測りたいかによって選び分けます。代表的なものを並べると、目的と限界の違いが見えてきます。
手法 | 何を測るか | 向く場面 | 限界 |
|---|
目標管理制度(MBO) | 期首に合意した目標に対する達成度 | 成果を個人に割り付けられる職種 | 達成しやすい目標を置く動きが出る。目標の難易度をそろえる作業が要る |
OKR(Objectives and Key Results) | 挑戦的な目標への接近度と、その過程での学習 | 事業の方向を短い周期でそろえたい組織 | 達成率をそのまま評価点にすると挑戦しなくなる。処遇と直結させない設計が前提 |
コンピテンシー評価 | 高い成果を出す人に共通する行動特性の発揮度 | 能力評価の基準を客観化したい場面 | 行動特性の定義と更新に工数がかかる。事業が変わると陳腐化する |
360度評価 | 上司・同僚・部下から見た行動の見え方 | 管理職の行動改善、育成目的の情報収集 | 処遇の決定に直結させると相互配慮が働き、点数が中央に寄る |
ノーレイティング | 評語を付けず、頻度の高い対話で方向づける | 変化が速く、期初の目標が期中に陳腐化する事業 | 昇給・賞与の配分根拠を別に用意しないと運用できない |
手法を入れ替えても評価の悩みが消えないのは、多くの場合、悩みの原因が手法ではなく基準の粒度と評価者の練度にあるからです。360度評価を導入しても、行動を事実で語る訓練が無ければ印象評価が360度に増えるだけになる。手法の選定より先に、いまの制度で何が測れていないのかを特定するほうが順序としては早い。
人事評価制度の設計手順
制度づくりは、評価シートの作成から始めると必ず行き詰まります。評価は等級と報酬に挟まれた仕組みなので、前後がそろっていないと基準が定まりません。着手の順序は次のようになります。
- 経営計画と組織の課題から、この制度で何を変えたいのかを1つに絞る
- 等級制度を確認し、等級ごとに期待する役割と行動の水準を言語化する
- 業績・能力・情意の配分を職種と等級ごとに決める
- 評価基準を、観察できる行動の記述まで具体化する
- 評価結果を昇給・賞与・昇格へ変換する規則を、原資の制約とあわせて設計する
- 評価者の訓練と、被評価者への説明の場を年間スケジュールに組み込む
- 試行運用で分布と所要時間を実測し、翌期の基準を補正する
5番目の変換規則までを一度に決めておくことが、この順序の要点です。評価だけ先に作り、処遇への反映は来期からとした制度は、初年度に「評価は付いたが何も変わらない」という体験を全員に与えることになります。7番目の実測も飛ばさないほうがよい。次に見るとおり、評価の分布は設計者の想定どおりには出てこないからです。
公表データで見る評語の分布
国が公表した実測では、評語を5段階から6段階へ細分化しても下位評価はほとんど増えず、上位3区分に3分の2が集まりました。内閣官房内閣人事局の評語分布調査(令和8年3月公表)が示した国家公務員の一般職員の分布は次のとおりです。
評語 | 能力評価 | 業績評価 |
|---|
卓越して優秀 | 1.2% | 1.8% |
非常に優秀 | 17.1% | 20.0% |
優良 | 48.0% | 46.4% |
良好 | 33.2% | 31.4% |
やや不十分 | 0.4% | 0.4% |
不十分 | 0.1% | 0.1% |
出所:内閣官房内閣人事局「見直し後の人事評価制度の運用状況(評語分布調査)」(令和8年3月公表)。能力評価は令和5年10月〜令和6年9月、業績評価は令和6年10月〜令和7年3月。府省等ごとに職員規模等に応じて抽出したサンプル調査を母集団の数で復元した値
上位3区分を足すと能力評価で66.3%、業績評価で68.2%になります。対して下位2区分の合計は0.5%。ここで見比べたいのが5段階だった時期の数字で、同じ資料が載せる平成30年10月〜令和元年9月の一般職員の能力評価はS 9.1%/A 53.2%/B 37.2%/C 0.4%/D 0.0%でした。こちらも下位2区分を足すと0.4%です。段階を1つ増やしても、下位に置かれる人の割合は0.4%から0.5%へしか動いていません。
細分化という設計判断は、たいてい「もっと差をつけて処遇に反映したい」という動機から出てきます。段階を増やせば評価がはっきりすると書く解説もあります。ところが実測を見るかぎり、増えた刻みは上位側で使われ、下位側の運用は変わっていない。幹部職員の3段階ではこの傾向がさらに強く、最上位区分の割合は能力評価で89.9%、業績評価で88.3%に達し、最下位区分はいずれも0.0%でした。段階を増やすこと自体は、評価が中央や上位に寄る力を弱めません。
この寄り方には名前が付いていて、評価が中央に集まる中心化傾向、全体が甘くなる寛大化傾向として古くから知られています。解説記事の多くは同じ現象を「甘辛」「評価エラー」と呼び、評価者研修と評価会議での是正を打ち手に置きます。実測が示しているのは、その手前の層です。段階を6つに増やしても下位は0.4%から0.5%へしか動いていないのだから、評価者の練度で動かせる幅の外側に、基準の粒度と原資の制約が生む構造が働いていることになる。仕組みと対策は人事評価エラーの解説に譲りますが、設計側が押さえておきたいのは、絶対評価を掲げていても分布は寄るという点です。方式そのものの違いは絶対評価と相対評価で整理しています。
ひとつ断っておくと、この分布は国家公務員のものであって、民間企業の分布ではありません。民間の評語分布を同じ規模で公表した資料は見当たらないため、ここでは「絶対評価を掲げた大規模な制度が実際にどう振る舞ったか」の観測例として読むのが妥当です。制度の骨格が近い企業ほど、参照する価値は高くなります。
評価と処遇の接続が切れる場所
評語の分布と、昇給や賞与の分布は一致しません。人事院が第5回人事行政諮問会議(令和6年1月23日開催)に提出した事務局説明資料は、国家公務員の昇給区分の分布を次のように示しています。
層 | A | B | C(標準) | D | E |
|---|
管理職層 | 10.1% | 30.0% | 59.3% | 0.5% | 0.1% |
中間層 | 5.3% | 20.5% | 72.1% | 1.5% | 0.6% |
初任層 | 3.3% | 16.8% | 77.4% | 1.7% | 0.8% |
出所:人事院「第5回人事行政諮問会議 事務局説明資料 エンゲージメント向上につながる評価・育成の在り方」。昇給区分は令和5年1月1日現在
勤勉手当の成績率も同じ形です。同資料によれば令和4年12月期の一般職員は特に優秀7.4%/優秀33.1%/良好(標準)58.9%/良好でない0.5%で、6割近くが標準に置かれています。人事院自身がこの資料のなかで、昇給区分(中間層)は約7割が、勤勉手当の成績率(一般職員)は約6割が標準となっており、人事評価の全体評語の分布とは異なっていると指摘しました。
この比較で人事院が並べている評語分布は、5段階だった時期のものです(一般職員の能力評価 S 9.1%/A 53.2%)。上位2区分で6割強が上に置かれる一方、昇給区分では中間層の72.1%が標準に落ちる。層によって幅があり、管理職層は59.3%、初任層は77.4%です。前節で見た6段階の66.3%とこの72.1%を直接並べることはできません。評語は令和5年10月〜令和6年9月、昇給区分は令和5年1月1日現在で、その間に令和4年10月の6段階化を挟んだ別時点の数字だからです。ただし制度世代をそろえた5段階どうしの比較でも段差は同じ向きに出ており、人事院自身がそこを指摘しています。
「評価は良かったのに何も変わらない」という不満そのものは、人事評価の解説記事でもたいてい取り上げられます。ただしそこで挙がる原因は、評価者の説明不足や制度の形骸化に置かれることが多い。実測が示しているのはその手前で、評語の側と処遇の側にそれぞれ別の分布の縛りがかかっているという構造のほうです。
処遇側の縛りが具体的にどう書かれているかは、資料で確認できます。相対評価の説明では昇給原資・賞与原資が限られていることに触れるのが定石ですが、その制約が実際に何%として運用されているかまで書いた解説はまず見かけません。内閣人事局の有識者検討会報告書(令和3年3月)は、昇給の「極めて良好」を5%、「特に良好」を20%、勤勉手当の「特に優秀」を5%以上、「優秀」を25%以上とする分布ガイドラインを記載しています。原資が有限である以上、評価の分布をそのまま金額に写すことはできない。民間企業でも賞与原資と昇給原資は先に総額が決まるので、同じ構造が働きます。
反映されている実感の数字も、この段差と符合します。同じ人事院資料によると、人事評価の結果が任用に反映されている実感があるとした被評価者は19.4%、人材育成に活用されている実感があるとした者は8.0%でした。ただしこの2つの数字には、資料自身が「制度改正前の調査」と注記を付けています。実施は令和2年9〜10月で、6段階化より前の実感値である点は割り引いて読んだほうがよい。
自治体でも接続は途中で止まっています。総務省が地方公共団体における人事評価結果の活用状況等調査(令和7年4月1日現在・1,788団体の悉皆調査)でまとめたところでは、都道府県と指定都市はすべての活用先で100.0%に達している一方、市区町村の昇給への反映は管理職員80.7%・一般職員78.5%、分限は73.9%にとどまります。前年からは市区町村の昇給(管理職員)が77.6%から80.7%へ、分限が70.4%から73.9%へ動いており、接続は進んではいる。それでも法律上の義務がある領域で2割前後が残っているという事実は、処遇への反映が制度の宣言だけでは進まないことを示しています。
人事評価の法的な位置づけ
民間企業に人事評価の実施を義務づける法律はありません。e-Gov 法令検索で法令データを取得して条文を機械的に走査したところ、労働基準法にも労働契約法にも「人事評価」「人事考課」の語は1度も出てきませんでした。労働契約法にいたっては「評価」という語自体が0回です。
義務を負っているのは公務員のほうです。国家公務員法は第70条の2で職員の人事評価は公正に行われなければならないと定め、第70条の3で所轄庁の長に定期的な人事評価の実施を、第70条の4で評価結果に応じた措置を講じることを義務づけています。地方公務員法第23条の2も、任命権者に定期的な人事評価の実施を求めます。実施・公正・結果反映という3点セットが法律の条文として書かれているのは、この領域だけです。
出所:e-Gov 法令検索の法令データ(2026年9月6日取得)。国家公務員法 / 地方公務員法 / 労働基準法 / 労働契約法
この非対称は、民間にとって二重の意味を持ちます。制度を作らない自由も、独自の形に組む自由もあるという点では追い風になる。一方で、法律の条文が無いということは、争いになったときの判断基準が判例法理に委ねられるということでもある。就業規則や賃金規程に書いた評価の基準と手続きは労働条件の一部になり、それを外れた運用は権利の濫用として争われます。実際にどんな争点になるかは人事評価の不当性と裁判で扱っています。
参照できる材料もある。内閣官房・経済産業省・厚生労働省が令和6年8月28日に公表したジョブ型人事指針は、既に導入している20社の等級制度・報酬制度・評価制度の骨格や、人事部と各部署の権限分掌、労使コミュニケーションを含む導入プロセスを開示しています。全10回の分科会で整理された内容で、民間企業の評価制度の実設計が名指しで公開された数少ない公的資料です。順守を求める基準ではないので、参照材料として読むと自社の設計の抜けを見つけやすくなります。
評価制度は採用市場に跳ね返る
評価制度を求人票に書いても、応募は増えません。Offers に公開された正社員求人を集計したところ、応募を動かしていたのは評価制度に触れたかどうかではなく、求人票の情報量そのものでした(Offers 登録求人データ・株式会社overflow調べ・応募率の集計母数3,292件・2026年9月時点)。自社の採用がいまどの水準にあるかを外形的に把握したい場合は、エンジニア採用力チェックが5つの指標で現在地を採点します。
順を追って説明します。まず、求人票で評価制度・人事評価・等級制度に言及している正社員求人は全体の8.4%しかありません(言及率の母数は正社員求人3,799件)。ただし直近では増えており、2023年公開分の5.5%に対して2026年公開分は13.5%と2.5倍になっています。書く企業は明らかに増えている。
問題は、統制のかけ方を変えると見え方が2回ひっくり返ることです。素の比較では言及ありの求人のほうが応募率が低く0.90倍。評価制度を書いた求人と書いていない求人を両方出している52社に絞って比べ直すと、逆に1.89倍と出ます。3つめの統制は求人票の文字数です。企業をそろえる代わりに文字数帯をそろえて比べると、言及ありが上回る帯は1つも残りませんでした。
求人票の文字数帯 | 評価制度の記載なし | 記載あり |
|---|
2,095〜2,790字 | 0.129% | 0.080% |
2,792〜3,492字 | 0.168% | 0.142% |
3,495〜8,104字 | 0.146% | 0.135% |
出所:Offers 登録求人データ(株式会社overflow・2026年9月時点)。対象は Offers に公開された正社員求人で、この表は本文の文字数で5等分した第3〜第5分位の1,974件。第1・第2分位は評価制度に言及した求人がそれぞれ3件・22件しかなく比較に足りないため外した。そろえているのは文字数帯だけで、企業の違いはそろえていない(企業をそろえた比較は本文の1.89倍のほう)。素の比較の母数は閲覧数が1以上の3,292件、言及率の母数は3,799件で、いずれも範囲が異なる。応募率はページ閲覧数あたりの応募数として算出。他媒体の応募数/掲載数とは定義が異なるため、絶対値を他社の指標と並べず、帯どうしの差で読む
3つの帯すべてで、評価制度を書いた求人の応募率は同等かわずかに低い。素の比較と52社内の比較が食い違ったのは、評価制度を書く企業とそうでない企業がそもそも別種だったからです。文字数帯をそろえると優位が残らないのは、評価制度に触れる求人票が長い側に偏っているからです。応募率を集計した3,292件の内訳で見ると、言及率は第1分位の0.5%から第5分位の18.7%まで上がります(この分位別の言及率は先の8.4%と母数が異なります)。動いていたのは情報量のほうでした。
候補者側のデータも見ておきます。Offers 登録者が「働く環境の希望」で選んだ項目を集計すると、上位はスタートアップなど小さい組織を望む16.6%、今とは異なる言語やフレームワーク、開発環境に挑戦できることを望む8.4%で、組織の規模と技術的な挑戦に集中していました(Offers 登録者データ・株式会社overflow調べ・母数31,649人・複数選択・2026年9月時点)。ただしこの選択肢の一覧には、人事評価制度そのものを指す項目がありません。近いところではマネージャーへのキャリアパスが明確な環境が1.2%、オープンソースソフトウェア(OSS)への貢献や勉強会での登壇を評価・支援してくれる環境が0.9%で、どちらも最下位クラスでした。評価制度が選ばれなかったという読み方はできませんが、候補者が挙げる条件の上位が組織の規模と技術的な挑戦で埋まっていることは言えます。
入口の側で確かめられたのは、求人票に評価制度を書いても応募率が動かなかったという1点です。出口の側はどうか。人事院資料が載せた国家公務員の離職意向の要因では、30代男性で「今後キャリアアップできる展望がないから」が38.8%、「仕事を通じて専門性・スキルが磨かれている実感がないから」が39.8%を占めました。ただし同じ表で評価そのものを指す項目「自分の仕事ぶりが周囲の人に評価されないから」は14.0%で、掲載された10項目の最下位です。出口で人を動かしていたのは、評価制度そのものよりも成長とキャリアの実感の側でした。
この2つを厳密に並べることはできません。入口は Offers の正社員求人と登録エンジニア31,649人(民間)、出口は国家公務員で母集団が入れ替わり、離職意向の要因は離職意向を持つ非管理職だけを母数にした複数回答だからです。それでも、入口では求人票に書いても応募率が動かず、出口では評価そのものを指す項目が10項目の最下位にありました。評価制度を採用広報の武器として前面に出す設計は、この2つのどちらからも裏づけを得られません。
エンジニア組織では、この構図がとくにはっきり出ます。技術の変化が速く、成果が複数年で現れる職種では、業績評価だけで測ると実態と合わない評価が出やすい。等級ごとの期待行動をどう書くかを含めた具体的な設計はエンジニアの評価制度で扱っています。求人票に評価制度の記述を足すより、定着と成長の実感を支える運用に投資するほうが、採用市場への跳ね返りは大きくなる。
運用でつまずく4点と実測から見た打ち手
制度は、作ったあとの運用で壊れます。内閣人事局の有識者検討会報告書(令和3年3月)は、国家公務員 約27万人から各府省等一律5%を抽出し、11,203人の回答(推定回収率81.6%)を得た大規模調査の結果を載せており、つまずきの内訳がそこに具体的に出ています。
ひとつめは評価者の判断です。評価者の約7割が評語の境目の見極め・判断に困難を感じており、とくにAとBの区別が難しいと答えました。境目で迷うと安全側の中央に寄せる動きが出るので、前節の分布の寄り方とつながっています。手当てとしては、等級ごとの期待行動を具体的な事実の記述まで下ろし、評価者どうしで実例を突き合わせる会議を置くのが現実的です。評価者の訓練を含めた運用の手順は人事評価の進め方にまとめています。
ふたつめは面談の時間です。同報告書によれば、期首・期末面談に要した時間は約5割が10分未満でした。10分では、評語を伝えて次の目標を確認するだけで終わります。3つめはさらに手前の問題で、本府省庁では職員の約1割がそもそも面談を受けていない。制度としては全員面談と定めていても、実行率は測らないと分かりません。
4つめが、評価が育成に返ってこないことです。同報告書は、人事評価の結果が人材育成に活用されている実感があると回答した者は1割弱と非常に低い水準だと記しています。人事院資料の具体値では8.0%でした。
打ち手として同報告書が挙げたのは、期首・期末面談に時間をかけ、評語付与の理由をしっかりと説明し、具体的な事実を挙げて指導を行うことです。これによって人事評価制度に対する納得感がより高まる傾向が確認されたとしています。納得感を左右するのは金額よりプロセスだという指摘自体は各所で見かけますが、この報告書の場合は約27万人の母集団から5%を抽出して11,203人の回答を得た調査が根拠で、面談10分未満が約5割・本府省庁の約1割が面談を受けていないという実行率の数字まで並んでいます。制度の複雑さを増すより、面談の時間と説明の具体性という運用側の変数のほうが、納得感には直接つながる。評価シートの改訂に工数を割く前に、面談の所要時間と実施率を測ってみるほうが早いかもしれません。
人事評価の見直しに着手する順序
人事評価は、測る仕組みであると同時に、測った結果を処遇へ変換する仕組みです。国が公表した実測が示したのは、評語の段階を増やしても分布は動かず、評語の分布と処遇の分布は一致しないという2点でした。前者は基準の粒度と評価者の練度の問題で、後者は原資の設計の問題です。どちらも評価シートの改訂では解けません。
見直しに着手するなら、次の3つを測るところから始めるのが近道になります。ひとつは自社の評語の分布です。分布を可視化して評価者の甘辛を調整する話は評価システムの機能としてよく紹介されますが、そこで止めると自社の中だけでしか比べられません。測った分布を、この記事で見た公表実測(上位3区分66.3%・下位2区分0.5%)の横に並べてください。寄り方が自社固有の運用の問題なのか、大規模な制度なら避けにくい構造なのかを切り分けられます。ふたつめは評語と昇給・賞与の対応で、上位評価を得た人と標準の人の年収差が実際いくらか。3つめは面談の所要時間と実施率です。この3つが出れば、制度のどこが詰まっているかはほぼ特定できます。
採用の側から現在地を確認したい場合は、エンジニア採用力チェックが5つの指標で採点結果を返します。評価制度の議論を採用の実態と並べて始めるとき、共通の材料として使えるはずです。