従業員8,000人の化学メーカーが、社員1人をデータサイエンティスト養成講座に通しました。受講料は100万7,000円で、受講は140時間です。国の人材開発支援助成金のうち、受講料を補う経費助成として受け取ったのは25万円で、受講料の24.8%でした。
同じ大企業の区分で制度を使った、従業員200人の通信会社もあります。受講料9万9,000円のセキュリティ研修で、経費助成は5万9,400円でした。こちらは受講料の60%です。
大企業の助成率は、どちらも60%です。化学メーカーの受講料にそのまま60%を掛けると60万4,200円になります。これは本稿が仮に計算した数字で、実際の支給額ではありません。実際に戻った25万円との差を生んだのは、1人あたりの受講料と、訓練時間ごとに決まった助成の上限の関係です。
材料は、厚生労働省が公開する活用事例集のDX分野9件と、助成の支給要領です。DX研修の費用を「いくら払い、いくら戻り、いくら残るか」で読み解きます。なお、この助成金は受講料を補う「経費助成」と、研修中の賃金を補う「賃金助成」の2本立てです。
DX研修の費用は、受講料と受講中の賃金の2つで決まる
DX研修の費用とは、研修会社や講師に払う受講料と、受講している時間に社員へ払う賃金の合計です。見積書に載るのは受講料だけでも、社内で予算を組むときは賃金も同じ事業のコストに数えます。
受講料に何が含まれるかは、研修の実施形態で変わります。国の助成も、形態ごとに算定の単位が異なる仕組みです。
実施形態 | 受講料に含まれるもの | 助成の算定単位 |
|---|
社外の講座に通う | 入学料・受講料・教科書代 | 1人あたりの受講料 |
講師を社内に招く | 講師の謝金と旅費・会場の借上料・教材費・コースの開発費 | 総額を受講者数で按分 |
eラーニング・通信制 | 受講料 | 1人あたりの受講料 |
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)支給要領」令和8年8月3日版をもとに作成。
賃金の側は見落とされがちです。20時間の研修を勤務時間内に行えば、その20時間分の賃金は研修に支払われます。人材開発支援助成金は、この時間を補う賃金助成を経費助成とは別に設けています。
企業が研修に使う費用は、労働者1人あたり年2.0万円
DX研修の見積もりを社内で比べるときの物差しは、公的統計の平均です。厚生労働省の『令和7年度 能力開発基本調査』で、職場を離れて行う研修(OFF-JT)の費用を見ます。費用を出した企業の、労働者1人あたり平均額は2.0万円でした。令和6年度1年間の実績で、前回調査の1.5万円から0.5万円増えています。
項目 | 値 |
|---|
職場外研修か自己啓発支援に費用を出した企業 | 54.4% |
職場外研修に出した費用(労働者1人あたり平均) | 2.0万円 |
人材開発支援助成金を受給したことがある企業 | 15.3% |
受給したことがある企業の職場外研修費(1人あたり) | 2.4万円 |
受給したことがない企業の職場外研修費(1人あたり) | 2.0万円 |
出所:厚生労働省『令和7年度 能力開発基本調査』調査結果の概要(同調査の公表資料によれば常用労働者30人以上の企業7,452社が対象・有効回答率52.6%)。
平均2.0万円は、社員全員に配る年間の研修費を均した額です。DX研修は特定の社員に集中して配るため、1人あたりの受講料は桁が変わります。次の節で見る9件の実例では、受講料の中央値が28万6,000円で、この平均の約14倍にあたります。
助成金の側も、使われているとは言えません。受給したことがある企業は15.3%で、「制度について知っていたが、受給したことはなかった」企業が51.9%を占めます。
DXに近い研修では、需要が実施を上回っている状態です。同じ調査の事業所調査に、デジタル技術を活用して技術革新や生産性向上を提案する力を扱った職場外研修の項目があります。実施した内容として挙げた割合は10.3%、今後実施したい内容としては21.0%でした。やりたい研修と実際に行った研修の間に、2倍の開きがあります。
受講料は1人9万円から100万円超、厚労省の9事例
厚生労働省は、人材開発支援助成金のうち事業展開等リスキリング支援コースの活用事例集を公開しています。このうちデジタル・DXに伴う訓練は9件です。受講料と助成額を、1人あたりに揃えて並べました。
企業(規模・従業員数) | 研修の内容 | 時間 | 受講料(1人) | 経費助成(1人) | 経費助成率(受講料に対する割合) | 賃金助成(1人) |
|---|
建設業(中小・129人) | 建設事務のIT | 24時間 | 33万円 | 24万7,500円 | 75.0% | 2万4,000円 |
情報サービス業(中小・53人) | ITインフラ | 488時間 | 90万円 | 50万円 | 55.6% | 48万8,000円 |
通信業(大企業・200人) | セキュリティ | 13時間 | 9万9,000円 | 5万9,400円 | 60.0% | 6,500円 |
化学工業(大企業・8,000人) | データサイエンティスト養成 | 140時間 | 100万7,000円 | 25万円 | 24.8% | 7万円 |
輸送用機械製造(中小・229人) | データベース | 20時間 | 30万円 | 22万5,000円 | 75.0% | 2万円 |
建設業(中小・27人) | 施工BIM/CIM | 20時間 | 22万円 | 16万5,000円 | 75.0% | 2万円 |
酒類製造業(中小・20人) | 製造業のDX | 15時間 | 9万円 | 6万7,500円 | 75.0% | 1万5,000円 |
学術・専門サービス(大企業・210人) | ドローン操縦 | 28時間 | 28万6,000円 | 17万1,600円 | 60.0% | 1万4,000円 |
設備工事業(中小・36人) | ドローン技能講習 | 28時間 | 19万8,000円 | 14万8,500円 | 75.0% | 2万8,000円 |
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)活用事例集」(コースページの表記で2025年7月2日掲載)のデジタル・DX分野9件を、1人あたりに割り戻して作成。
助成率が満額のまま受講料に掛かった事例が、9件中7件ありました。中小企業は75%、大企業は60%です。満額に届かなかったのは2件で、どちらも受講料が90万円以上の長時間の研修でした。
受講料の側は、短い研修ほど安くなります。10〜30時間の7件は9万円から33万円に収まり、100時間を超える2件だけが90万円以上でした。
賃金助成は、時間の長さにそのまま比例します。ITインフラの事例は488時間の研修で、賃金助成が48万8,000円になりました。経費助成と合わせた支給額は、受講料を上回っています。ただし会社はその488時間分の賃金を払っており、研修の費用がゼロになったわけではありません。
助成率が満額で届くのは、受講料が上限の内側にあるときだけ
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の経費助成は、受講料に助成率を掛けた額と、訓練時間ごとの限度額の、低いほうで決まります。助成率は中小企業が75%、大企業が60%です。限度額を助成率で割り戻すと、満額で届く受講料の上限が出ます。
中小企業に当たるかどうかは、主たる事業ごとに、資本金か常時雇用する労働者数のどちらかが基準に収まるかで判定します。
- 小売業(飲食店を含む)は、資本金5,000万円以下か50人以下
- サービス業は5,000万円以下か100人以下、卸売業は1億円以下か100人以下
- その他の業種は、3億円以下か300人以下
出所:厚生労働省「事業展開等リスキリング支援コースのご案内(詳細版)」令和8年8月3日版。
下の表は、自社の区分と訓練時間の行だけを見れば十分です。
実施方法 | 訓練時間 | 限度額(中小) | 満額で届く受講料(中小) | 限度額(大企業) | 満額で届く受講料(大企業) |
|---|
通学・オンラインの同時双方向 | 10時間以上100時間未満 | 30万円 | 40万円 | 20万円 | 約33.3万円 |
同上 | 100時間以上200時間未満 | 40万円 | 約53.3万円 | 25万円 | 約41.7万円 |
同上 | 200時間以上 | 50万円 | 約66.7万円 | 30万円 | 50万円 |
eラーニング・通信制 | 時間の区分なし | 15万円 | 20万円 | 10万円 | 約16.7万円 |
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)支給要領」令和8年8月3日版の限度額を、助成率で割り戻して作成。
冒頭の化学メーカーは大企業で、研修は140時間でした。限度額は25万円、満額で届く受講料は約41.7万円までです。受講料100万7,000円はその約2.4倍で、超えた部分はすべて会社の負担になりました。受講料が100万円の研修でも、助成の計算に入るのは最初の約41.7万円までということです。
ITインフラの事例も同じ構造です。中小企業・200時間以上の区分で限度額は50万円、満額で届く受講料は約66.7万円でした。受講料90万円のうち、それを超えた部分に助成は付いていません。
見積もりがこの表の金額を超えるなら、戻る額は限度額で計算します。「最大75%」は、受講料が表の内側にあるときに限って成り立つ数字です。
中小企業が10人に1人25万円の研修を配ると、受講料の残りは62.5万円
中小企業が、20時間・1人25万円の集合研修を社員10人に受けさせる場合を試算します。受講料は1人25万円で、10時間以上100時間未満で満額が届く40万円より内側です。
項目 | 金額 |
|---|
受講料(10人分) | 250万円 |
経費助成(受講料の75%) | 187.5万円 |
受講料のうち会社に残る額 | 62.5万円 |
賃金助成(20時間×1,000円×10人) | 20万円 |
出所:厚生労働省「支給要領」令和8年8月3日版の助成率と賃金助成額をもとにした本稿の試算。
同じ10人でも、受講料が1人50万円の研修なら計算が変わります。経費助成は1人30万円の限度額で止まり、受講料に対する割合は60%に下がります。40万円を超えた先では、1万円高い研修は1万円まるごと会社の負担になるということです。
上限を大きく超える役割は、採用と並べて比べる
上限を最も大きく超えたのは、データサイエンティスト養成の140時間・100万7,000円でした。データサイエンティスト養成の受講料は9件の中で最も高く、研修の時間は488時間のITインフラに次ぐ2番目の長さです。
この事例で、受講料から経費助成を引いた残りは75万7,000円でした。業務を離れた時間は140時間です。1日の労働時間を8時間とみなすと、17.5日分に相当します(所定労働時間は企業により異なります)。賃金助成は140時間×500円の7万円でした(厚生労働省「活用事例集」の化学工業の事例をもとに本稿で算出)。
1人に75万円超と17.5日分の業務時間を配る役割は、育成と採用を同じ表に載せて比べる価値があります。採用にかかる費用と期間は募集経路で大きく変わるため、一概には出せません。助成の上限を超える費用がかかる役割ほど、育成で埋めるか採用で埋めるかを最初に比べておく意味が大きくなります。物差しは、育成側の75万7,000円と17.5日です。自社の採用実績を隣の列に当てはめれば、どちらが早く安く役割を埋められるかが見えてきます。
DX人材の職種と必要なスキルの分け方は、DX人材の6類型と採用・育成の進め方の記事にまとめました。データやAIを担うエンジニアを採用した場合の数字は、自社の条件で確かめる必要があります。その相談先の1つがOffers の AI RPOで、候補者の発見から継続的なアプローチまでを受け持つ採用代行です。
eラーニングは賃金助成が出ず、受講は年1回まで
DX研修で多いeラーニングは、助成の条件が通学型と異なります。違いは次の3つです。
- 賃金助成が出ない。賃金助成が付くのは、集合型の研修か同時双方向のオンライン研修を勤務時間内に行った時間だけ
- 同じ社員の受講は1年度に1回まで。2026年8月3日以降に計画届を出す研修から適用される
- 受け放題の定額制サービスは、1人あたり月2万円が限度で、修了した学習時間が10時間に満たない社員の分は対象外
受講回数の上限は、2026年8月3日版の支給要領で加わった条件です。eラーニングで同じ社員に複数の講座を順番に受けさせる計画は、2講座目から助成の外になります。形態をまたいだ上限は、同じ社員について1年度に3回までです。
受講料と時間が同じなら、賃金助成が無いぶん、戻る総額は集合型より小さくなります。受講料の安さだけで形態を選ぶと、見積もりの差ほどには手元の差が開きません。
申請は研修開始の1か月前までに、計画届を出してから
助成を受けるには、研修を始める前に手続きが要ります。見積もりの段階で確かめておく条件は次の3つです。
- 職業訓練実施計画届を、研修開始日の6か月前から1か月前までに労働局へ出す
- 1つの研修の実訓練時間が10時間以上ある。通学型は、受講者が実訓練時間の8割以上に出席する
- 研修の経費は会社が全額を負担する
前提として、計画届を出す日までに2つを整えておく必要もあります。1つは職業能力開発推進者の選任で、研修や人事の担当課長などを社内の育成の責任者に決めることです。もう1つは事業内職業能力開発計画で、自社の人材育成の基本方針を書いて従業員に周知します。研修会社の日程が先に決まり、計画届が1か月前に間に合わないと、その研修は助成の対象になりません。
この助成金は、令和4年度から8年度までの期間限定の制度として作られました。令和8年度は2027年3月までです。それ以降に始める研修の予算に、この助成を前提として組み込むのは避けたほうが安全です。
DX人材の育成予算を増やした企業は25.6%にとどまる
研修の予算そのものは、大きくは増えていません。IPA(情報処理推進機構)の『DX動向2026』で、DXを推進する人材の育成予算を尋ねた結果があります。「大幅に増やした」「やや増やした」企業は、合わせて25.6%でした。前回調査(2024年度)の23.8%からわずかに増えただけで、「変わらない」が約半数を占めます。
同じ調査で、DX推進に必要なスキルを「把握できていない」企業は52.8%でした。IPAは、育成予算の増加が十分に進まず、必要なスキルの把握も含めて人材育成の基盤整備が進んでいない状況にあるとまとめています。
出所:IPA『DX動向2026』(2026年4月中旬〜6月中旬に実施・有効回答1,799社、うちDXに取り組む企業が対象)。
予算が横ばいのまま、1人28万円前後の研修を配れば、受けられる人数は限られます。研修の費用を決める前に、どの役割の誰に何時間を配るかを決めるのが先です。
見積もりを頼む前に、受講者と時間数を社内で決める
9事例で助成率が満額のまま掛かった7件は、いずれも30時間未満、受講料33万円以下の研修でした。長く高い研修ほど、戻る割合は下がります。研修会社に見積もりを頼む前に、次の5つを社内で決めておくと、届いた見積もりの戻る額がすぐに計算できます。
- 自社が助成金の上で中小企業か大企業か。主たる事業ごとの資本金か労働者数で決まる
- 受講させる社員と人数。1人に厚く配る研修と、多くの人に薄く配る研修を分けて数える
- 1人あたりの実訓練時間。10時間以上あるか、100時間・200時間のどの区分に入るか
- 実施方法。eラーニングなら賃金助成は出ず、同じ社員は1年度に1回まで
- 研修の開始日。計画届を1か月前までに出せる日程か
1人に厚く配る研修は、限度額を先に超えます。予算は、満額が届く受講料を超える研修と、その内側に収まる研修に分けて組むのが読みやすい形です。中小企業・100時間未満なら、分かれ目は1人40万円でした。前者は育成と採用の比較に回し、後者は助成を前提に人数を増やす判断に使えます。
DXの取り組み全体にかかる費用の水準は、DX費用の相場と回収の実測で扱っています。DX以外の研修に使う人材育成支援コースの要件は、面接官研修の選び方の費用の節で整理しました。