中途入社者を1人迎えるたびに、会社はいくら使っているのか。経営会議でこう聞かれて研修費や入社手続きの外部費用だけを答えると、実際の額を大きく読み違えます。
オンボーディングの費用の多くは、請求書ではなく社内の時間と給与として出ていくからです。メンターがレビューに使う時間も、入社者が独り立ちするまでの給与も、帳簿の上では人件費に紛れて見えない。
費目を4つに分けて公的統計の単価を当てはめれば、自社の1人あたりの額は表1枚で見積もれます。どの費目から下げるかも、同じ表で決まる。
オンボーディングのコストを構成する4つの費目
オンボーディングのコストとは、入社者が1人で成果を出せる状態になるまでに会社が負担する費用の合計です。中身は、研修や教材の外部支出、上司・メンター・人事が受け入れに使う時間、入社者が独り立ちするまでの人件費と成果の差、途中で離職したときに回収できなくなる費用の4つに分かれます。
前の2つは入社者ごとに毎回かかり、3つ目は立ち上がりの速さで増減する。4つ目は、離職が起きたときにだけ表に出ます。
費目 | 中身 | 帳簿での見え方 | 見積もりの材料 |
|---|
1. 外部支出 | 研修の受講料、教材、オンボーディング用のツール、入社時の備品 | 教育訓練費・消耗品費などとして出る | 請求書の合計 |
2. 受け入れ側の工数 | 上司の1on1、メンターのレビューと質問対応、人事の手続きと入社時研修の運営 | 各人の給与に紛れて出ない | 時間 × 1時間あたりの労働費用 |
3. 立ち上がり期間の差 | 独り立ちするまで、払っている労働費用に成果が届かない分 | 入社者の給与としては出るが、差は出ない | 月額の労働費用 × 期間 × 成果が届かない割合 |
4. 早期離職の損失 | 1〜3の回収できない分と、後任の採用費 | 離職が起きたときだけ | 1〜3の累計 + 後任の採用費 |
「オンボーディング コスト」で検索すると、SaaS の顧客を製品に定着させる費用(カスタマーオンボーディング)の解説も混ざります。ここで扱うのは、社員を受け入れる会社の側の費用です。
オンボーディングそのものの定義と、入社前から1年後までの段階の分け方は「オンボーディングとは|定義と設計の5段階・完了基準」にまとめた。
帳簿に出る研修費は支出企業の平均で1人あたり年2.0万円
研修や教材として外に払う費用は、4つの費目の中で帳簿から直接拾える費目ですが、金額は大きくありません。厚生労働省の令和7年度能力開発基本調査では、職場を離れて行う研修(Off-the-Job Training、以下OFF-JT)に支出した費用の労働者1人あたり平均額は2.0万円で、前回の1.5万円から0.5万円上がった。この平均は、令和6年度の1年間にOFF-JTの費用を支出した企業の平均額です。
同じ調査で、OFF-JTまたは自己啓発支援に費用を支出した企業は54.4%、いずれにも支出していない企業は45.5%でした。
出所:厚生労働省「令和7年度 能力開発基本調査 調査結果の概要」。
会社が払う労働費用の内訳から見ても、教育訓練に回る額は小さい。厚生労働省の令和3年就労条件総合調査では、常用労働者1人1か月平均の労働費用総額408,140円のうち、教育訓練費は670円でした。現金給与以外の労働費用73,296円の大半は法定福利費の50,283円で、教育訓練費は募集費の718円とほぼ同じ規模にとどまります。
出所:厚生労働省「令和3年就労条件総合調査 結果の概況」第17表(令和2年または令和元会計年度の値)。
帳簿の教育訓練費だけでオンボーディングのコストを語ると、実際の額をかなり小さく見積もることになる。後で示す試算でも、金額の大部分は受け入れ側の時間と立ち上がり期間の差が占めます。
帳簿に出ない費用は労働費用を単価にして出す
受け入れ側の工数と立ち上がり期間の差は、どちらも1人を1時間(または1か月)雇うのにかかる労働費用に、使った時間や期間を掛けて見積もります。単価に給与だけを使うと、社会保険料などの法定福利費や退職給付の費用が抜けるため、労働費用総額を単価に置くのが確実です。
令和3年就労条件総合調査では、労働費用総額に占める現金給与額の割合は82.0%、現金給与以外の労働費用は18.0%でした。給与だけで単価を置くと、およそ2割を落とす計算になる。IT企業が分類される情報通信業では、労働費用総額が月577,690円、そのうち現金給与額が466,023円(80.7%)です。
区分 | 労働費用総額(月) | うち現金給与額 | 現金給与以外の労働費用 |
|---|
調査計 | 408,140円 | 334,845円(82.0%) | 73,296円(18.0%) |
情報通信業 | 577,690円 | 466,023円(80.7%) | 111,667円(19.3%) |
1,000人以上の企業 | 450,720円 | 365,787円(81.2%) | 84,933円(18.8%) |
30〜99人の企業 | 352,005円 | 292,370円(83.1%) | 59,635円(16.9%) |
出所:厚生労働省「令和3年就労条件総合調査 結果の概況」第16表(常用労働者1人1か月平均・令和2年または令和元会計年度)。
受け入れ側の工数は関わる人ごとの時間で出す
受け入れ側の工数は、上司・メンター・人事が入社者のために使った時間を人ごとに足し、1時間あたりの労働費用を掛けて出します。中途入社のエンジニアなら、メンターのコードレビューと質問対応、上司の1on1、人事の手続きと入社時研修の運営が主な中身になる。
1時間あたりの労働費用は、月の労働費用総額を月の労働時間で割ると出ます。情報通信業の月577,690円を仮に月160時間で割ると、約3,611円です。
自社の実額で置くなら、関わる人の年収を月割りにした額を0.82で割り戻すと、法定福利費などを含んだ単価に近づく。0.82は、上の表の調査計で現金給与額が労働費用総額に占める割合です。
立ち上がり期間の差は成果が届かない割合を掛ける
立ち上がり期間の差とは、入社者が独り立ちするまでの間、会社が払う労働費用に成果が届いていない分のことです。月額の労働費用に、立ち上がりの月数と、成果が届かない割合の平均を掛けて出します。
入社直後の成果を0%、独り立ちした時点を100%とし、その間をまっすぐ伸びると置くと、届かない割合の平均は50%になる。
立ち上がりの月数は、職種と入社時点の経験で大きく変わります。何をもって独り立ちとするかを先に決めておかないと、期間そのものが測れません。完了の基準の置き方は、前出のオンボーディングの記事にある段階ごとの表が参考になる。
情報通信業の単価なら1人あたり約116万円
情報通信業の労働費用(月577,690円)を単価にし、立ち上がりを3か月、受け入れ側の工数を68時間、外部支出を5万円と置くと、オンボーディングのコストは1人あたり約116万円になります。このうち帳簿で追える外部支出は5万円で、残りの約111万円は受け入れ側の時間と立ち上がり期間の差です。
統計から取ったのは単価だけで、時間・期間・外部支出は説明のために置いた仮定である。自社の数字に置き換えて使ってください。
費目 | 置いた条件 | 計算 | 金額 |
|---|
外部支出 | 研修・教材・ツールの合計(仮定) | ― | 50,000円 |
受け入れ側の工数 | メンター週4時間×12週=48時間、上司週1時間×12週=12時間、人事8時間 | 68時間 × 3,611円 | 245,548円 |
立ち上がり期間の差 | 3か月で独り立ちし、成果はまっすぐ伸びる | 577,690円 × 3か月 × 50% | 866,535円 |
合計 | | | 1,162,083円 |
出所:厚生労働省「令和3年就労条件総合調査」第16表(情報通信業)をもとにOffers推計(時間・期間・外部支出は仮定)。
金額の大半を占めるのは立ち上がり期間の差です。立ち上がりを3か月から2か月に縮めると、この費目は577,690円 × 2か月 × 50% = 577,690円になり、288,845円下がる。外部支出を半分に削っても下がるのは2.5万円なので、下げる打ち手は立ち上がりを縮める側に寄せるのが筋です。
受け入れ側の工数も、メンターの時間を削れば表の上では下がります。ただ、レビューを減らして立ち上がりが1か月延びれば、立ち上がり期間の差が288,845円増え、削った額を上回りかねない。工数は削る対象ではなく、立ち上がりを縮めるための支出として扱うほうが、表の数字と合います。
オンボーディングの設計を扱う資料「エンジニアが辞めない組織のつくり方」は、Offers のお役立ち資料に載っている。
早期離職では後任の採用費が上乗せされる
入社者が独り立ちする前に離職すると、それまでにかけた外部支出・受け入れ側の工数・立ち上がり期間の差は回収できず、後任を迎えるための採用費と、後任のオンボーディングのコストがもう一度かかります。前の節の試算の条件で3か月目の終わりに離職した場合、約116万円が回収できないまま、後任1人分の採用費とオンボーディングのコストが改めて発生する。
採用費は採用手段によって大きく違います。1件あたりの額を公的統計から確かめる方法は「採用単価の定義と、公的統計でわかる1件あたりの実額」、採用コストの費目の分け方は「採用コストの内訳と費目の分け方、削る順番の決め方」で扱っている。
離職による損失を経営に示すときは、会社全体の離職率よりも、入社後の一定期間に残った人の割合で見ると、オンボーディングの成否と結び付けやすくなります。入社者の定着の数え方は「定着率とは?計算式と100−離職率が使えない理由」にまとめています。
入社時研修の会社説明は助成金の対象外
オンボーディングの外部支出の一部は、厚生労働省の人材開発支援助成金(人材育成支援コース)で助成を受けられる場合がありますが、入社時研修によくある中身の多くは対象外です。同助成金の令和8年度版の案内は、助成対象とならないOFF-JTの実施目的として、自社の経営方針・部署事業の説明、社内制度・組織・人事規則に関する説明、自社の業務で用いる機器・端末等の操作説明、自社製品や自社が扱う製品・サービス等の説明を挙げています。
カリキュラムの一部に会社説明や操作説明が含まれる場合も、その時間は助成対象の時間から除かれ、除いたあとの実訓練時間数が10時間以上必要になる。同助成金はもともと、職務に関連した専門的な知識と技能を習得させる訓練を対象にした制度です。
中小企業が人材育成訓練としてOFF-JTを行う場合、助成額は訓練期間中の賃金が1人1時間あたり800円、訓練の経費が正規雇用労働者等の場合で45%です。中小企業以外は400円と30%で、賃金要件等を満たす場合は上乗せがある。
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版(令和8年8月3日版)。
入社時研修の会社説明や社内ツールの操作説明は、助成を前提にせず社内の工数として見積もり、職種の専門研修だけを助成の候補に分けておくと、費用の見込みが狂いません。申請の手続きと時期は、計画に入れる前に管轄の労働局で確かめてください。
コストは入社者1人ごとに4費目で記録する
オンボーディングのコストを下げられたかどうかは、入社者1人ごとに4つの費目を記録しておかないと確かめられません。外部支出は請求額、受け入れ側の工数は関わった人の週ごとの時間、立ち上がりは独り立ちの基準を満たした日、離職は入社から何か月目かを残します。
記録する項目 | 取り方 | 誰が残すか |
|---|
外部支出 | 入社者ごとの研修・教材・ツールの請求額 | 人事 |
受け入れ側の工数 | 上司・メンター・人事の週ごとの時間(30分単位の申告で足りる) | 受け入れ部署 |
独り立ちした日 | 事前に決めた完了基準を満たした日 | 上司 |
離職の有無と時期 | 入社から何か月目か | 人事 |
記録が数人分たまると、立ち上がりの月数と受け入れ側の時間の関係が見え始める。メンターの時間を多くかけた入社者ほど早く独り立ちしているなら、受け入れ側の工数は削る対象ではなく、立ち上がりを縮めるための支出だと経営に説明できます。
受け入れの進め方を公開記録で振り返った企業の例は「中途採用のオンボーディング事例|公開記録4社と統計」にまとめた。
帳簿に出ない2つの費目がコストの中心
オンボーディングのコストは、外部支出・受け入れ側の工数・立ち上がり期間の差・早期離職の損失の4つの費目で見積もります。厚生労働省の統計では、OFF-JTに費用を支出した企業の平均で労働者1人あたり年2.0万円(令和7年度能力開発基本調査)、労働費用総額のうち教育訓練費は月670円(令和3年就労条件総合調査)で、帳簿に出る費目は小さい規模にとどまる。
情報通信業の労働費用(月577,690円)を単価にして3か月の立ち上がりを置いたOffersの試算では、1人あたり約116万円のうち約111万円が受け入れ側の時間と立ち上がり期間の差でした。
研修費を削るより、独り立ちの基準を決めて立ち上がりの月数を縮めるほうが、金額への影響は大きくなります。入社時研修のうち会社説明や操作説明は助成金の対象外なので、社内の工数として見積もりに入れてください。