採用DXの事例は、変えた工程と採用の目的で分けて読む
採用DXの事例は、母集団形成・選考・内定から入社までのどの工程をデジタルに置き換えたかと、採用業務を軽くするための取り組みか、DXを担う人材を確保するための取り組みかの2軸で分けると、自社に近いものを選べます。同じ「採用DX」と呼ばれていても、スカウト送信の自動化とデータサイエンティストの中途採用の強化では、比べるべき指標が違うためです。
工程・目的 | 事例で語られる取り組み | 事例と比べる指標 |
|---|
母集団形成 | 候補者の検索と抽出、スカウト文面の作成支援、送信の自動化 | 応募数、スカウトへの返信数 |
選考 | オンライン面接、面接回数の見直し、選考記録の一元管理 | 面接に進んだ人数、応募から内定までの日数 |
内定から入社まで | 内定通知や労働条件の書面の電子化 | 内定承諾の数、入社までの日数 |
DXを担う人材の確保 | 職種別の採用、専門人材の中途採用、社内公募との併用 | 採用した専門人材の人数、入社後の定着 |
上の3行は採用業務そのもののデジタル化で、最後の1行はDXを進めるための採用です。事例を読むときは、まずどの行の話かを決めてから中身に入ります。行が違う事例どうしを比べても、自社の次の一手にはつながりません。
採用DXという言葉の定義とIT化との違い、選考工程ごとに何をデジタル化するかは採用DXとは?IT化との違いと選考工程別の進め方で整理しました。
採用DXの事例を読む前に確かめる3点は、出所・時点・普及水準
採用DXの事例を判断材料にする前に、誰が公表した事例か(出所)、いつの事例か(時点)、その取り組みが世の中でどこまで当たり前になっているか(普及水準)の3点を確かめます。
ひとつめの出所は、企業自身が公表したものか、ツールや支援の提供側が自社サイトに載せたものかの区別です。前者は統合報告書や行政の選定資料で裏が取れます。後者は導入の決め手と成果が中心になりやすく、運用の手間や途中の見直しは書かれにくい資料です。
後半で取り上げる Offers の導入事例も、提供側の資料にあたります。そのため、採用の体制・任せた工程・成果の数字が本文から読み取れる事例に絞りました。
ふたつめは時点です。採用の道具は数年で入れ替わるものです。とくに生成AIがスカウト文面の作成を支えるようになる前の事例は、選べる手段の幅が今と異なります。
みっつめの普及水準が最も見落とされます。その取り組みは、まだ少数の企業しかやっていないことなのか、多数派が済ませたことなのか。ここが分かると、同じ事例が「真似すべき先進例」から「埋めるべき遅れ」へと意味を変えます。
母集団形成と選考を変えた事例(Offers 導入企業2社)
採用担当が1〜2名の会社が、候補者を探して最初に声をかける工程を機能や運用代行に任せ、面談と面接は社内の人が担う形に分けた事例です。株式会社overflow が運営するエンジニア採用サービス Offers の導入事例のうち、体制と工程と成果が本文から読み取れる2社を取り上げます。
コアソフトは「気になる」の自動送付と文面の検証で、約8ヵ月で2名が入社
株式会社コアソフトの事例では、人事グループマネージャーが1人で採用活動を担っていました。課題は、プロジェクトを率いるプロジェクトマネージャー(PM)やプロジェクトリーダー(PL)、テックリードといったリーダー層の母集団形成です。
取り組みは3つありました。候補者への「気になる」を自動で送る機能を使い、担当者が手を動かせない時間にも接点を作りました。スカウト文面は Offers が蓄積したデータを使って複数のパターンを作り、フォーマルとフランクの中間のトーンが最も反応がよかったといいます。選考では面接を原則1回に絞り、オンラインでの面接の希望にも応じています。
事例ページに書かれた経過 | 数 |
|---|
導入からの期間 | 約8ヵ月 |
応募 | 約13件 |
要件に合致して面接した人 | 3名 |
内定を承諾した人 | 2名 |
出所:株式会社コアソフトの事例ページ(Offers 導入事例)。
入社したのは、受託開発チームのテックリードと、システムエンジニアリングサービス(SES)チームのPLの各1名です。この事例で機能に任せたのは「気になる」の自動送付です。文面は Offers の担当者に相談しながら改善し、見極めの場である面接は回数を減らしたうえで社内に残しました。
スタジオ・アルカナは候補者の絞り込みから送信までを任せ、面談は担当者が担う
株式会社スタジオ・アルカナの事例では、採用業務を担当者と採用広報スタッフの2名で、いずれもほかの業務と兼任していました。
運用代行に任せたのは、候補者の絞り込みからスカウト送信までです。機能の面では、AIがスカウト文面の叩き台を作る機能と、希望条件に基づいてスキルの合う候補者を抽出する機能を使っています。一方で、面談での企業の説明や魅力付けは担当者自身が受け持ちました。この形で、エンジニアが正社員として入社しています。
2社に共通するのは、渡した工程と残した工程の線引きがはっきりしていることです。候補者を探して最初に声をかけるところは機能と外部に渡し、会社を説明して相手を見極めるところは社内に残しました。
事例を読むときは、どの工程を渡し、どの工程を残したかを書き出すと、自社の体制に置き換えやすくなります。
Offers を導入した企業の事例を、職種別の課題や工夫ごとにまとめた「Offers採用成功事例集」の受け取り先は、お役立ち資料です。
DX人材の中途採用事例はDX銘柄2026のレポートで確かめる
DXを担う人材を中途採用で確保した事例は、経済産業省・東京証券取引所・情報処理推進機構(IPA)の「DX銘柄2026 選定企業レポート」に、選定企業自身の説明として載っています。各社のページの「デジタル人材の育成・確保」の欄には、中途採用と、社内公募や評価制度を組み合わせた取り組みが並びます。
企業 | 採用について書かれていること | 組み合わせている施策 |
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ブリヂストン | 社外からは職種別採用 | 社内からはオープンポスティング制度、データサイエンスコンペによる人財発掘 |
富士通 | 外部採用 | ポスティング制度による人材の流動化、評価・処遇制度の高度化、全社的なリスキリング |
東京海上ホールディングス | 経営・幹部クラスと、データサイエンティストやエンジニアなどの専門人材の中途採用を積極的に推進 | DXを担う人材を4階層に定義し、階層ごとの研修を実施 |
出所:経済産業省・東京証券取引所・情報処理推進機構「DX銘柄2026 選定企業レポート」(2026年6月5日)の各社ページ。
3社とも、採用を単独では書いていません。社外から迎える経路と、社内で人を動かす仕組みや育てる仕組みを、同じ欄に並べています。富士通は、外部採用と同じ文で評価・処遇制度の高度化まで挙げました。
この並びが示すのは、専門人材の中途採用は入口にすぎないということです。迎えた人のスキルを処遇に結びつける仕組みが後ろにあるかどうかが、事例を読むときの分かれ目になります。
DX銘柄がどのような手順で選ばれた企業かはDX事例|DX銘柄30社と中小11者の選定と再現条件で、DX人材の類型と必要なスキルはDX人材とは?6類型の職種・スキルと採用・育成で扱いました。
クラウド利用企業の56.3%が給与・財務会計・人事に使う
応募者や社員の情報をクラウドで扱う土台は、多くの企業で既にできています。総務省の調査では、クラウドサービスを使う企業のうち、用途に「給与、財務会計、人事」を挙げた企業は56.3%で、前年の52.1%から増えました。
クラウドで使っている用途 | 令和7年 | 令和6年 |
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ファイル保管・データ共有 | 73.3% | 71.0% |
社内情報共有・ポータル | 61.4% | 57.6% |
電子メール | 57.4% | 56.8% |
給与、財務会計、人事 | 56.3% | 52.1% |
eラーニング | 25.3% | 22.7% |
出所:総務省「令和7年通信利用動向調査の結果」(2026年5月29日公表・クラウド利用企業 令和7年 n=2,133 / 令和6年 n=1,937)。
したがって、事例に出てくる「給与、財務会計、人事の業務をクラウドに移した」という取り組みは、いま読む価値としては先進性ではありません。クラウドを使う企業の過半が済ませた工程を、自社がまだ終えていないかを測る物差しです。
ただし56.3%は、原典では「給与、財務会計、人事」を束ねた1つの選択肢で、財務会計だけに使う企業も含みます。分母もクラウドを使う企業に限られます。
クラウドを一部でも利用している企業は83.5%でした(同調査・n=2,486)。資本金1億円以上の層はいずれも9割を超える一方、5,000万円未満の層は7割台から8割台にとどまります。
この調査の企業調査は、常用雇用者規模100人以上の企業を対象にしています。従業員が数十人の組織がこの水準と自社を比べると、実際より遅れて見えてしまうでしょう。
働く場所の選択肢も、中途採用の条件そのものです。テレワークを導入している企業は50.1%でした(同調査・n=2,488)。導入した企業が挙げた目的のうち「人材の雇用確保・流出の防止」は23.9%で、前年の20.3%から増えています(テレワーク導入企業 令和7年 n=1,371 / 令和6年 n=1,235)。危機対応として始まった制度が、人材を確保する手段としても位置づけられてきた経過が読み取れます。
採用DXの効果は、着手前に工程ごとの指標と導入前の値で測る
採用DXの効果は、着手の前に工程ごとの指標を1つずつ決め、導入前の値を記録しておかないと測れません。IPAの調査では、DXに取組む企業のうち成果指標を「設定している」と答えた企業は23.9%で、前年度と大きな変化はありませんでした。
設定していない企業の理由は、「評価指標の設定方法がわからない」が36.0%で最も多く、前年度の28.7%から上がりました。「評価指標はこれから定める」も33.4%あります。
指標を設定している企業でも、対象は社内の効率化に寄っていました。
成果指標の対象 | 設定している企業に占める割合 |
|---|
内向きの業務改革(社内の効率化) | 80.0% |
システム改革(AI・データ利活用の度合い等) | 55.4% |
外向きの業務改革(新たなビジネスや顧客価値の創出) | 33.5% |
経営改革(デジタル事業売上高、市場シェア等) | 16.3% |
出所:情報処理推進機構(IPA)「DX動向2026」(2026年7月30日発行・成果指標の設定率はDXに取組んでいる企業、指標の対象は成果指標を設定している企業からの回答)。
採用DXの事例が作業時間の削減の話に寄りやすいのも、同じ構図です。社内の効率化は測りやすい一方、採用した人が入社後にどう働いたかは、指標を決めておかないと記録が残りません。成果指標の置き方の全体はDXのKPI|成果指標の置き方と設定率23.9%の実態にまとめました。
採用の工程ごとに置く指標
採用DXでは、変える工程ごとに指標を1つ決め、導入前の3か月ほどの値を残してから着手します。
変える工程 | 置く指標 | 事例の数字と比べるときの注意 |
|---|
母集団形成 | 応募数、スカウトへの返信数 | 期間と、募集したポジションの難しさを揃える |
選考 | 面接回数、応募から内定までの日数 | 面接の回数と、各回で何を確かめたかを揃える |
内定から入社まで | 内定承諾の数、入社までの日数 | 内定を出した人数を分母にして比べる |
採用業務の工数 | 担当者が採用に使った時間 | 兼任か専任かを揃える |
コアソフトの事例が比べやすいのは、応募から面接、内定承諾までの数が同じページに並んでいるからです。自社でも同じ並びで数を残すと、事例との差がどの工程で開いているかが分かります。
面接回数は、事例と比べる前に自社の値を出す
面接回数を減らした事例を参考にする前に、自社の面接回数がどこに位置するかを確かめます。Offers に掲載された正社員求人のうち選考ステップを記載した求人では、面接を2回置く求人が53.2%で最も多く、1回は13.0%、3回は18.6%でした(Offers(株式会社overflow)調べ・選考ステップを記載した正社員求人 n=2,380・2023年10月〜2026年9月公開)。
面接を原則1回に絞ったコアソフトの選考は、この中では13.0%の側に入ります。面接を減らす事例を真似するなら、減らした回で確かめていたことを、残す回やカジュアル面談のどこへ移すかを先に決めておくのが順序です。
応募から入社までの各段階の数値を1枚で管理できる「採用KPI管理テンプレート」は、お役立ち資料から受け取れます。
スキルの報酬反映は32.3%で、採用事例は再現しにくい
専門人材を中途採用で迎えても、スキルが処遇に結びつかない会社では、事例と同じ成果は出にくくなります。IPAの調査で、高いスキルを持っていることが報酬に反映されていると答えた企業は32.3%でした。
労働環境・人材育成の状況 | 「できている」の回答率 |
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新しいスキル等を習得することが奨励される | 54.0% |
学習を支援する制度やプログラムが充実している | 35.1% |
高いスキルを持っていることが報酬に反映される | 32.3% |
出所:IPA「DX動向2026」(2026年7月30日発行・図表2-13)。
学ぶことは奨励されるが、支援する制度は整っておらず、身につけても報酬には反映されない。同調査はこの落差を、スキルに対する要求と育成・評価とのギャップと表現しています。
DX銘柄2026の3社が採用と社内の制度を同じ欄に並べていたのも、この落差と表裏の関係にあります。エンジニアやデータサイエンティストを採用しても、等級や評価の定義が旧いままなら、入社後の処遇で事例との差が開くのです。採用の計画と同じ時期に、何ができる人を高く処遇するのかを言語化しておきます。
採用DXの事例を自社に持ち帰る4つの手順
採用DXの事例は、工程と目的で仕分け、出所と時点を確かめ、指標を決め、人に残す工程と処遇を決める順に使うと、自社の次の一手になります。
第1は、事例を工程と目的で仕分けることです。母集団形成の話なのか、選考の話なのか、DXを担う人材の確保の話なのかを決め、自社がいま詰まっている工程の事例だけを残します。
第2に、出所と時点を確かめます。提供側の導入事例で優先するのは、体制と任せた工程と数字が読み取れるものです。DX人材の採用であれば、DX銘柄の選定企業レポートのように企業自身の説明が載る資料まで辿れます。
第3に、着手の前に指標を1つ決めます。DXに取組む企業でも成果指標を設定しているのは23.9%なので、決めている側が少数です。応募数、面接回数、応募から内定までの日数のいずれかで構いません。
第4に、人に残す工程と、迎えた人の処遇を決めます。事例の2社は面談と面接を社内に残しました。専門人材を迎えるなら、評価と等級の見直しを採用の計画と同じ表に載せます。
人事業務のどこにAIを入れるかはAI人事とは?人事のAI利用39%、5領域と法規制で扱いました。
自社のエンジニア採用の現在地を外から確かめるなら、エンジニア採用力チェックが使えます。企業のURLを入れると、公開情報をAIが5指標24項目で採点し、1営業日以内にレポートが届く仕組みです。
事例より先に、自社の採用の数字を置く
採用DXの事例は、真似する対象としてより、自社の位置を測る物差しとして使うほうが実務に届きます。
給与、財務会計、人事の業務をクラウドに移す取り組みは、クラウドを使う企業の56.3%が済ませた水準です。ここが終わっていないなら、先進事例を検討する前に遅れの解消から着手します。
一方で、成果指標を設定しているのはDXに取組む企業の23.9%、スキルが報酬に反映されている企業は32.3%です。事例が自社で再現しない理由の多くは、道具の選び方よりもこの2つの側にあります。
導入の検討に入る前に、変える工程の指標を1つ決め、迎える人の処遇の定義を見直す。この2つを先に置いた組織ほど、事例と同じ結果に近づきます。