人事評価制度の事例を探すと、社名つきの成功談はいくらでも出てきます。ただ、その話がどこで公表されたものなのか、自社と同じ条件の会社の話なのかは、たいてい書かれていません。
この記事が出すのは2つです。ひとつは、政府が個社名つきで公表した事例が何社ぶんあるのかという母数。もうひとつは、その事例集を数え直してわかった、掲載企業の規模と記述の粒度です。事例を自社の制度づくりに使えるかどうかは、この2つで決まります。
政府が個社名つきで公表した事例は20社
人事評価制度を含む人事制度の実設計が、企業名つきで公的資料に載っている例はごく限られます。まとまった形で出ているのは、内閣官房・経済産業省・厚生労働省が令和6年8月28日に公表したジョブ型人事指針です。
同指針は、既にジョブ型人事を導入している20社に情報開示を依頼し、その内容を掲載しています。整理にあたっては令和5年4月から令和6年7月まで、全10回の分科会が開かれました。掲載の観点は5つあり、次の3つの塊に整理できます。
- 制度の導入目的と、経営戦略上の位置付け
- 導入範囲・等級制度・報酬制度・評価制度などの制度の骨格
- 雇用管理制度、人事部と各部署の権限分掌、労使コミュニケーションを含む導入プロセスの3点
評価制度は2番目の観点に含まれます。掲載20社のすべてが「評価制度」の節を持ち、20社すべてが「導入プロセス」の節も備えていました。制度の型だけでなく、その型をどう社内に通したかまで同じ資料の中に揃っています。
なお、この指針はジョブ型人事の導入企業を対象にしたものです。評価制度だけを主題にした調査ではないので、日本企業全体の傾向を示す数字としては読まないでください。
事例を出している20社の従業員規模
事例が自社に使えるかどうかは、まず規模で決まります。指針の各社の企業情報欄には従業員数が印字されているので、20社ぶんを数え直しました。
従業員数 | 社数 |
|---|
1,000人未満 | 1社 |
1,000〜9,999人 | 4社 |
1万〜2万9,999人 | 8社 |
3万〜9万9,999人 | 4社 |
10万人以上 | 3社 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers集計。
中央値は26,479.5人でした。最小は932人、最大は268,655人です。従業員1万人以上が15社で、20社の75.0%を占めます。
この偏りは、公表事例の性格そのものを表しています。制度改定に全社の合意形成が要り、グローバル共通の等級を敷き、評価者研修を毎年回せる会社が、開示に応じられる会社でもある。数百人規模の会社が同じ手順をそのままなぞれる前提にはなっていません。
一方で、1,000人未満が1社、1万人未満が5社ある点も見ておく価値があります。規模が小さくても公表に耐える設計はできる、という実例が同じ資料の中にあります。
事例1社あたりの記述量と、評価制度に割かれた分量
次に見たのは分量です。事例集は1社あたりどれくらい書かれていて、そのうち評価制度にはどれだけ割かれているのか。20社ぶんの本文を節ごとに数えました。
区分 | 中央値 | 最小 | 最大 |
|---|
事例1社あたりの本文 | 8,050.5字 | 5,374字 | 12,786字 |
うち評価制度の節 | 629字 | 343字 | 1,507字 |
うち導入プロセスの節 | 793字 | 404字 | 1,559字 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers集計。
20社の事例本文は合計164,001字で、そのうち評価制度の節は合計15,092字でした。全体の9.2%にあたります。
この数字が意味するのは、事例から取れるのは骨格までだということです。評価項目の名前、評価の段階、結果の反映先、面談の頻度までは読み取れます。しかし評価シートの様式、段階ごとの配分、評価者研修の中身、運用初年度に出た苦情の処理までは、600字前後の記述には入りません。
事例を読んで「同じ制度にすれば同じ結果になる」と考えると、この抜けたところで詰まります。制度の設計そのものより、書かれていない部分の再現に手間がかかると見ておくのが実際に近いはずです。
評価の結果が実際どう分布し、処遇にどこまで届いているかは、公務部門の公表統計で測れます。組織横断の実数は人事評価とは?分布データで読む制度設計の要点にまとめました。
評価結果の反映先は20社すべてが書いている
600字前後という薄さのなかでも、共通して書かれている項目があります。評価結果をどこへ反映するかです。
掲載20社のすべてが、評価制度の節に反映先を明記していました。報酬、賞与、昇給、基本給、業績給、ベース給、昇降給、昇格、退職金のいずれか、あるいは処遇という語で接続先を示しています。評価を制度として公表する以上、結果の行き先を書かずに済ませた社は1社もありませんでした。
評価の軸についても偏りがあります。成果や目標達成度と別に、行動・バリュー・コンピテンシーといった軸を置いているのが18社で、20社の90.0%でした。残る2社も、目標達成度と要素別遂行度、あるいは個別領域ごとの専門性評価という形で、成果以外の軸そのものは持っています。
つまり単一の軸で評価している社は、この20社の中にありません。評価軸を2つ以上に分けることと、その結果を報酬か等級のどちらかへ接続することは、公表に耐える設計の最低条件になっていると読めます。
等級と報酬の接続は、社内だけの話では終わりません。どの軸で評価され、それが等級や報酬にどう跳ね返るのかは、選考の場で候補者から必ず聞かれます。自社の採用がどの段階で止まっているかを先に見ておきたい場合は、エンジニア採用力チェックで現状を点検できます。
目標そのものの置き方でつまずいている場合は、目標設定の効果と限界、育成の実感を分ける面談を先に読むほうが早いかもしれません。
記述量が最も厚いのは導入プロセス
分量の集計でいちばん意外だったのは、評価制度より導入プロセスのほうが厚いことでした。
導入プロセスの節は中央値793字で、評価制度の節の629字を上回ります。社ごとに見ると、導入プロセスの節が評価制度の節より長い会社が14社あり、20社の70.0%を占めました。合計でも導入プロセスが16,428字、評価制度が15,092字です。
導入プロセスの節に書かれているのは、労働組合や従業員代表との協議、説明会の回数、段階的な適用範囲の広げ方、移行期間中の処遇の扱いです。制度そのものの設計より、それを社内に通す工程のほうに多くの行数が割かれている。
制度の改定が止まる場所は、たいてい設計ではなく合意形成です。事例を読むときに評価項目の一覧だけを抜き出すと、いちばん手間のかかる部分を落とすことになります。
制度を作り直すのではなく、いまの制度をやめる方向を検討しているなら、論点をまとめたのは人事評価制度の廃止理由と、公表データで測る運用の課題のほうです。
事例を自社に持ち帰るときの3つの確認
ここまでの集計から、事例を自社の検討材料にするときの確認点は3つに絞れました。
- 規模を確認する。掲載20社の従業員数の中央値は26,479.5人で、15社が1万人以上。自社と桁が違うなら、制度の中身より運用体制のほうが移植できない
- 粒度を確認する。公表されているのは1社あたり600字前後の骨格で、評価シートや段階配分は入っていない。抜けている部分は自社で設計する前提で読む
- 合意形成の記述を確認する。14社で導入プロセスの記述が評価制度を上回る。同じ工数配分が自社でも要ると見ておく
この3つを先に当てておくと、事例集の読み方が変わります。探すべきは真似する対象ではなく、自社で埋めるべき差分の数です。
公表事例から取れるものと、自社で埋めるもの
人事評価制度の事例で、政府が個社名つきで公表しているのは20社ぶんです。その20社は従業員数の中央値が26,479.5人で、15社が1万人以上を抱えています。
事例1社あたりの本文は中央値8,050.5字あるものの、評価制度に割かれているのは629字で全体の9.2%にとどまります。書かれているのは評価軸と反映先までで、シートや配分は入っていません。一方で導入プロセスの記述は14社で評価制度を上回り、合意形成の工程のほうが厚く書かれています。
事例は真似する対象ではなく、自社で埋める差分を数えるための材料として読む。規模・粒度・合意形成の3点を先に当てておけば、その使い方ができます。