人事評価制度の事例を探すと、社名つきの成功談は数多く見つかります。ただ、その話がどこで公表されたものか、自社と同じ条件の会社の話なのかまで書いた記事はあまりありません。
政府のジョブ型人事指針には、富士通やメルカリなど20社の評価制度が企業名つき・同じ項目立てで載っています。各社が何を評価し、結果をどこへつなげているかを並べると、真似できる部分と自社で埋めるしかない部分の境目が見えてきます。
ジョブ型人事指針が企業名つきで載せた評価制度の事例は20社
人事評価制度の実際の設計を企業名つきで読める公的資料の一つが、内閣官房・経済産業省・厚生労働省が令和6年8月28日に公表したジョブ型人事指針です。同指針は、既にジョブ型人事を導入している20社に情報開示を依頼し、各社の評価制度・等級制度・報酬制度・導入プロセスを同じ項目立てで掲載しています。
整理にあたっては令和5年4月から令和6年7月まで、全10回の分科会が開かれました。各社の情報は次の5つの観点で掲載されています。
- 制度の導入目的と、経営戦略上の位置付け
- 導入範囲・等級制度・報酬制度・評価制度などの制度の骨格
- 採用・人事異動・キャリア自律支援・等級の変更などの雇用管理制度
- 人事部と各部署の権限分掌
- 労使コミュニケーションなどの導入プロセス
評価制度は2番目の観点に含まれ、各社の事例でも「評価制度」と「導入プロセス」は別の節として立てられています。同指針の掲載20社はすべてが「評価制度」の節を持ち、20社すべてが「導入プロセス」の節も備えていました。
なお、この指針はジョブ型人事の導入企業を対象にしたものです。評価制度だけを主題にした調査ではないので、日本企業全体の傾向を示す数字としては読まないでください。
掲載20社の評価の軸と反映先の一覧
ジョブ型人事指針の掲載20社のうち17社は、業績や目標の達成度とは別に、行動・バリュー・コンピテンシー(行動特性)を評価の軸に置いています。20社の85.0%にあたります。残る3社は、能力と役割の遂行度で評価するENEOS、行動評価をしないと明記したライオン、専門性の評価で昇降給を決める三菱UFJ信託銀行です。
社名(掲載頁) | 評価の軸 | 主な反映先 |
|---|
富士通(p.3) | インパクト・行動・学びと成長の3項目 | 管理職は賞与、非管理職は基本給の改定と賞与 |
日立製作所(p.18) | 成果と行動の目標管理、3つのコンピテンシー | 報酬、能力開発 |
アフラック生命保険(p.33) | 業績貢献評価と行動評価(ともに絶対評価) | 業績貢献は短期業績賞与、行動は給与改定と中長期インセンティブ |
パナソニック コネクト(p.48) | 業績評価と行動評価、将来のキャリアに向けた目標 | 上司が報酬原資を配分して昇給率を決める |
レゾナック・ホールディングス(p.60) | 業績評価、行動・成長評価、総合評価 | 管理職は業績が賞与・総合が昇給額、非管理職は総合が賞与と昇給額 |
ソニーグループ(p.74) | 実績評価と行動評価 | 実績は業績給、行動はベース給 |
オムロン(p.84) | 目標管理と5つの軸の行動評価(ともに絶対評価) | 総合評価が賞与と確定拠出年金の拠出額、一般職は報酬レンジ内の昇降給 |
中外製薬(p.97) | 目標管理(3〜4個の目標)と行動評価 | 賞与 |
KDDI(p.108) | 成果・挑戦評価、能力評価、人財レビュー | 成果・挑戦は賞与、人財レビューは昇降給・配置・管理職への登用 |
三菱マテリアル(p.121) | 業績考課と行動考課 | 業績考課は賞与、総合考課は年1回の職務給の改定 |
資生堂(p.133) | 管理職は業績と行動を1:1、非管理職は業績のみ | 上位グレードの目標を達成すると昇格要件を満たす |
リコー(p.144) | 業績貢献度と期待行動の発揮度(同一等級内の相対評価) | 昇給と賞与、登用・配置の参考 |
テルモ(p.155) | 目標管理評価とコンピテンシー評価 | 目標管理は賞与、総合評価は職務給の昇給率 |
オリンパス(p.164) | 成果評価・行動評価・総合評価(各5段階) | 成果は賞与、総合は昇降給と昇降格 |
ENEOS(p.174) | 管理職は目標達成度と要素別遂行度、非管理職は能力評価と実績評価 | 管理職は賞与、非管理職は能力が昇降格と能力給・実績が賞与 |
ライオン(p.186) | 業績と組織開発の目標の達成度(行動評価なし) | 絶対評価は昇任の判断、相対評価は非管理職の昇給と賞与 |
三井化学(p.198) | 目標の達成度と10の行動特性による行動評価 | 両方で昇給率と退職金額、賞与は目標の達成度のみ |
三菱UFJ信託銀行(p.207) | 領域ごとの専門性評価(ジョブ型の対象者) | 昇降給 |
東洋合成工業(p.217) | 業績評価と行動評価(半期ごと) | 業績は賞与、総合は昇降給と等級変更 |
メルカリ(p.226) | 期待成果とバリュー発揮行動(各5段階・半年ごと) | 成果は賞与、両方で昇給と昇格 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers整理。
行動系の軸を持たない3社は、理由がそれぞれ違います。ライオンは、以前は「姿勢・意欲」などの項目も評価していたものの、部下が頑張っているという理由で評価が上振れしたため、行動評価をやめて仕事の成果とそこに至るプロセスで評価する形にしました。コンピテンシーは職務・役割定義書に書くだけにとどめています。
ENEOSは、管理職と非管理職で評価の軸そのものが違う会社です。管理職は目標達成度と、目標に入らない定常業務や組織への貢献を測る要素別遂行度で5段階の絶対評価をし、非管理職は能力の充足度と実績の大きさを別々に評価します。三菱UFJ信託銀行は、ジョブ型の対象者を年次の専門性認定会議で評価し、領域ごとに決めた項目の発揮度で昇降給を決めています。
行動系の軸を置く17社の中でも、行動評価を誰に当てるかは同じではありません。資生堂は行動評価を管理職だけに使い、非管理職への導入は今後の検討課題としていました。
賞与と基本給の昇給で別の評価を使う会社が11社
ジョブ型人事指針の掲載20社のうち11社は、評価の軸ごとに結果の反映先を分けています。短期の成果や業績の評価は賞与や業績給へ、行動や能力を含めた評価は基本給の昇給(給与改定・職務給の改定を含む)へつなぐ形です。11社はアフラック生命保険・レゾナック・ホールディングス・ソニーグループ・KDDI・三菱マテリアル・テルモ・オリンパス・ENEOS・三井化学・東洋合成工業・メルカリでした。
評価の結果を昇格・降格や管理職への登用にもつなぐと評価制度や等級の変更の節に書いているのは、このうちソニーグループ・KDDI・テルモ・オリンパス・ENEOS・三井化学・東洋合成工業・メルカリの8社です。ソニーグループは、評価のうちベース給に反映するのは行動評価(実績評価は業績給へ)としたうえで、職務評価が低く改善しない社員を降格することもあるとしています。テルモは管理職のパフォーマンス評価を半期ごとに行い、必要に応じてポストオフ(役職から外すこと)をする運用です。
残るアフラック生命保険・レゾナック・ホールディングス・三菱マテリアルの3社は、等級の上下を職務やポジションの変更に結びつけて書いています。このうちアフラック生命保険は、評価のうち給与改定に使うのは行動評価で、業績貢献評価は短期業績賞与に反映する形です。
分け方の理由まで書いている会社もありました。オリンパスは、その年の成果はその年の賞与で払う一方、基本給の昇給や職責を変える昇格は未来への投資の性質があるとして、成果に加えて正しい行動を含む総合評価が伴うことを求めています。メルカリも、賞与には成果評価を、昇給や昇格には成果と行動の両方の評価を用いることで、短期の成果だけでなく中長期のチャレンジを促すと説明しています。
管理職と非管理職で反映の重みを変える会社もありました。レゾナック・ホールディングスは管理職のほうが業績目標の達成度を処遇に反映しやすい設計にしており、テルモと東洋合成工業は上位の等級ほど業績や目標管理の評価の割合を高めています。
どの軸で評価され、それが等級や報酬にどう跳ね返るのかは、候補者が入社前に知りたい情報の一つでもあるはずです。社外から見える採用情報にどこまで書けているかを確かめるなら、エンジニア採用力チェックが使えます。企業のURLを入力すると、公開されている情報を5つの指標・24項目で採点し、結果をレポートで返すもので、採点項目には採用情報の中の「制度」や、雇用条件の年収比較が含まれます。
処遇ごとに使う評価の回数まで公開しているのは国家公務員の制度
ジョブ型人事指針の20社のうち、評価結果と報酬レンジ内の位置の組み合わせで昇降給の率や額を決めると報酬制度の節に書いたのは、レゾナック・ホールディングス・KDDI・三菱マテリアル・資生堂・テルモ・オリンパス・三井化学の7社です。オムロン(主査)とライオン(非管理職)は評価に応じた昇降給、メルカリはバリュー発揮度に基づく昇給率を書いていますが、レンジ内の位置との組み合わせには触れていません。ソニーグループは逆に、レンジ内の位置の区分をもとに昇降給の額を決める仕組みです。
それでも、何回分の評価を使って昇格や昇給を決めるのかという規則は、ほぼ書かれていません。同指針の20社の本文を検索すると、評価の回数を示して処遇との関係を書いていたのはメルカリ1社だけでした。最高評価なら1回の評価で昇格することが多く、低評価が続くと降格になる、という書き方です。テルモも、パフォーマンスが継続して低い管理職は本人と上司で改善計画書をつくると書いていますが、何回分の評価かは示していません。
規則まで公開されている身近な例は、国家公務員の人事評価です。人事院の人事評価と評価結果の活用は、能力評価と業績評価の2本立ての結果を、処遇ごとにどう使うかを明記しています。
処遇 | 判定に使う評価 | 決まるもの |
|---|
昇任・昇格 | 直近2回の能力評価と直近4回の業績評価 | 候補者になれるか |
昇給(毎年1月1日) | 直近の能力評価と直近2回の業績評価の組合せ | 5段階の昇給区分(A〜E) |
勤勉手当(6月・12月) | 直近の業績評価 | 4段階の成績区分 |
出所:人事院「人事評価と評価結果の活用」(2026年10月2日確認)。
人事院のページでは、処遇ごとに参照する評価の回数と区分の段階数が決まっています。民間の20社の事例集からは、同じ粒度の規則は読み取れません。自社で設計するときは、反映先を決めたあと、何回分の評価をどう組み合わせるかまで書き切れているかを確かめてください。
評価記号と分布の扱いは、廃止から分布の固定まで分かれる
ジョブ型人事指針の掲載20社で、評価記号(A・B・Cといった段階)を廃止したと書いているのはパナソニック コネクトです。同社は、期末に記号だけが伝わり、記号が報酬に直結するために「みんな頑張っている」という理由で評価が上振れしていた反省から記号をやめました。代わりに上司へ報酬原資を配分し、部下のパフォーマンスとコアバリューの発揮度に応じて一人ずつ昇給率を決めています。
ただし同社は、制度を変えたあとも評価が高止まりする傾向や、結果だけが伝わり理由が十分に説明されない例が残っていると書いています。マネージャー向けの研修は年3〜4回ほどで、1on1は月1〜2回の頻度です。
記号と分布の扱いを、指針の記述から5社分並べました。
扱い | 会社 | 指針に書かれている運用 |
|---|
記号を廃止 | パナソニック コネクト | 上司が報酬原資を配分し、昇給率を一人ずつ決める |
段階ごとの分布を定める | メルカリ | 2つの軸を各5段階で半年ごとに評価し、段階ごとの評価分布を定める |
記号を残し評価者を鍛える | オリンパス | 日本は各5段階で評価。海外の一部グループ会社には記号を付けない運用を引き続き認める |
機械的な分布は定めない | オムロン | 絶対評価の中で、人事部が評価者ごとの偏りを確認する |
分布の管理を現場へ移す | 三井化学 | 管理社員の高査定者の分布を人事部が管理していたが、2022年から各部署の判断に委ねた |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表)をもとにOffers整理。
オリンパスは、評価結果の中心化(大半が標準かそれを上回る評価になる状態)を、評価者研修を数年実施できていなかったことの結果だと書いています。研修に力を入れた結果、評価の上下のメリハリが中央を境にそれぞれ約15%〜20%ほど出るようになりました。記号をやめた会社と残した会社のどちらも、課題に挙げているのは評価の上振れや中心化で、手当てとして評価者の研修を続けている点は共通しています。
評価記号をやめる判断そのものの論点は、人事評価制度の廃止理由と、公表データで測る運用の課題にまとめました。
上位等級の目標で昇格を決める設計は資生堂とライオン
ジョブ型人事指針の掲載20社のうち、上位等級の目標を立てさせ、その達成で昇格を決める仕組みを評価制度の節に書いているのは資生堂とライオンです。どちらも、本人が一つ上の等級の目標を先に立てて挑戦し、その達成で昇格を判断する形です。ライオンは、一定以上の評価を得ていることを挑戦の条件にしています。
資生堂で上位グレードへの昇格に挑戦する社員は、全目標のうち半分を一つ上の等級の目標にする決まりです。その目標を達成すると昇格要件を満たし、実際に昇格する社員は年々増えていると同指針は記しています。
ライオンの昇任チャレンジ制度は、一定の等級の社員が一定以上の評価を得た場合に、1〜2つ上の等級の職務・役割への挑戦を認めるものです。社員は目標の一定割合をその上位等級に関するものにし、絶対評価で一定水準を取れば昇格します。担当職務を変えずに上位等級の目標を立てる難しさがあったものの、運用の工夫で乗り越えつつあると書かれています。
目標の立て方そのものでつまずいている場合は、目標設定の効果と限界、育成の実感を分ける面談を先に読むほうが早いかもしれません。
評価の納得感を上げる仕組みは、理由の開示と第三者の確認
ジョブ型人事指針の掲載20社が評価の納得感のために書いている仕組みは、大きく2つに分かれます。評価の理由を本人に開示すること、そして上司1人の判断にしないよう第三者の目を入れることです。
仕組み | 会社 | 指針に書かれている運用 |
|---|
評価理由と評価シートの開示 | 三井化学 | 2024年度から、各評価項目の評価点と具体的な理由を面談で伝え、面談後に業績評価シートを本人へ開示 |
相談窓口 | ソニーグループ | 評価に疑問があれば窓口に申し出られ、人事部門が上司と本人の双方に聞き取る。評価が変わった例もある |
段階を踏んだ決定 | 富士通 | 直属の上司とその上位者の2段階を経て、各部署の評価者が集まる会議で本部長が最終評価を決める |
目標の第三者確認 | テルモ | 複数の管理職でつくる目標設定委員会が、目標が等級の水準に照らして妥当かを確かめる |
目標の部門内公開 | ライオン | 各社員の個人目標を部門内で公開し、上司の目標の付け方が見えるようにする |
多面的な評価 | KDDI・メルカリ | KDDIはコアスキルを上司・部下・同僚による360度評価で見る。メルカリは同僚からも評価を受けるピアレビュー制度を置く |
ルールの社内公開 | 東洋合成工業 | 評価制度のルールと手続を社内で公開し、全事業部長が参加する人材育成会議を年3回ほど開く |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表)をもとにOffers整理。
三井化学は、評価理由をどこまで説明するかを以前はマネージャーの裁量に任せていました。理由まで開示する運用に変えたのは、評価の納得度を高めると同時に、本人に評価結果と真剣に向き合ってもらうためだと書いています。
事例を出している20社の従業員規模
事例を自社と比べる前に、掲載企業の規模を押さえておきます。ジョブ型人事指針の各社の企業情報欄には従業員数が印字されているので、20社ぶんを数え直しました。
従業員数 | 社数 |
|---|
1,000人未満 | 1社 |
1,000〜9,999人 | 4社 |
1万〜2万9,999人 | 8社 |
3万〜9万9,999人 | 4社 |
10万人以上 | 3社 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers集計。
同指針の掲載20社の従業員数は、中央値が26,479.5人でした。最小は東洋合成工業の932人、最大は268,655人です。1万人以上が15社あり、20社の75.0%を占めます。従業員数の時点は社ごとに異なり、2023年6月末・2023年12月末・2024年3月末のいずれかです。
同指針が書いているのは、既にジョブ型人事を導入している20社に情報開示を依頼したところまでで、掲載企業の選び方や規模が偏った理由は書かれていません。掲載事例の手順が数百人規模の会社にそのまま当てはまるとは限らない、と見ておくのが無難です。
一方で、同じ20社に1万人未満の会社が5社あります。東洋合成工業(932人)やメルカリ(2,101人・連結)の評価制度は、1万人未満の会社の事例として読めます。
制度を非管理職まで広げているのは15社
ジョブ型人事指針の掲載20社のうち、ジョブ型の制度を非管理職まで広げているのは15社です。ここでは、管理監督者に当たらない層(係長級を含む)を制度の対象に含めているかで分けました。管理職層に限っているのは4社で、残る三菱UFJ信託銀行は階層ではなく専門領域ごとに対象者を選んでいます。日立製作所と三菱UFJ信託銀行は「導入範囲」の節を置いていないため、制度の骨格や報酬制度の節の記述から分類しました。
適用の範囲 | 社数 | 会社 |
|---|
非管理職まで広げている | 15社 | 富士通・日立製作所・アフラック生命保険・パナソニック コネクト・レゾナック・ホールディングス・ソニーグループ・オムロン・KDDI・資生堂・リコー・テルモ・オリンパス・ライオン・三井化学(係長級まで)・メルカリ |
管理職層に限っている | 4社 | 中外製薬・三菱マテリアル・ENEOS・東洋合成工業 |
階層ではなく専門領域で対象者を選ぶ | 1社 | 三菱UFJ信託銀行 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers集計。
管理職層に限っている4社のうち中外製薬・ENEOS・東洋合成工業の3社は、同じ型の理由を書いています。非管理職は幅広い職務を経験しながら育つ段階にあり、職務の大きさだけで処遇すると育成につながりにくい、という説明です。ENEOSは非管理職をジョブ型の等級ではなくコース別の制度にしたうえで、一定の役割を担う社員には役割の大きさに応じた処遇を一部取り入れた形です。残る三菱マテリアルは、非管理職の多くを占める製造現場の社員に合う役割別の制度を、今後の検討課題としています。
三井化学は、職務等級の対象を係長級以上の管理社員とし(管理監督者に当たるのはその上のG3以上の等級)、それより下の一般社員は職能資格制度のままにしています。一般社員は時間をかけて覚えるスキルが多いという、先の3社と同じ型の理由です。職能資格の側でも評価の結果が昇格に直結すると書いていました。
非管理職まで広げた15社のうち、富士通・日立製作所・アフラック生命保険・オムロン・資生堂・テルモ・ライオンの7社は、管理職と非管理職で導入の時期を分けています。富士通は2020年4月に管理職層、2022年4月に非管理職層へ導入し、日立製作所は2014年に本体の管理職の報酬を職務給に一本化したあと、2024年6月から非管理職も職務給に移しました。資生堂は2015年に管理職へ導入し、約3年間の労使コミュニケーションを経て2021年に非管理職へ広げています。ライオンは2023年1月に管理職、2024年1月から非管理職です。
KDDIも3段階で導入していますが、区切りは経験者採用の社員(2020年8月)、続いて経験者採用以外で入社した社員とマネージャー職(2021年4月)、全社(2022年4月)で、階層ではなく採用区分で分けています。逆に、パナソニック コネクト・レゾナック・ホールディングス・ソニーグループ・リコー・メルカリの5社は、階層で分けない方針を明記しています。
15社の中にも、一部の層や職種に別の制度を残す会社が4社ありました。オムロンは主査(非管理職の係長級)未満の若手社員を対象外にし、資生堂は美容職・生産技術職・工場勤務の社員に職能型の制度を維持しています。ライオンは非管理職を職務等級型ではなく役割等級型にし、三井化学は係長級より下の一般社員を職能資格制度のままにしています。富士通も、学歴別の初任給で入社した社員を入社から1年間はジョブ型人事の対象外としてきましたが、2026年4月入社者からは一律の初任給を廃止して入社時から適用すると書いているため、ここには数えていません。オムロン・資生堂・ライオン・三井化学の4社を「線を引いた会社」に数えると、管理職層に限る4社と三菱UFJ信託銀行を合わせて9社です。同じ20社を等級の変更や報酬の扱いから読んだジョブ型雇用の失敗、先行20社の記録が示す原因は、この9社の数え方を使っています。
非管理職まで対象にした制度を探すなら、20社のうち参考にできるのは15社です。一部の層を外さずに全社員へ広げた例に絞ると、残りは11社になります。管理職だけを先に変える前提なら、管理職層に限る4社の書きぶりのほうが近いはずです。
事例1社あたりの記述量と、評価制度に割かれた分量
ジョブ型人事指針の事例は1社あたり中央値8,050.5字で、そのうち評価制度の節は中央値629字でした。20社ぶんの本文を節ごとに数えた結果です。
区分 | 中央値 | 最小 | 最大 |
|---|
事例1社あたりの本文 | 8,050.5字 | 5,374字 | 12,786字 |
うち評価制度の節 | 629字 | 343字 | 1,507字 |
うち導入プロセスの節 | 793字 | 404字 | 1,559字 |
出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日公表・n=20)をもとにOffers集計。
同指針の掲載20社の事例本文は合計164,001字で、そのうち評価制度の節は合計15,092字でした。全体の9.2%にあたります。
事例から読み取れるのは骨格までです。評価項目の名前、評価の段階、結果の反映先、面談の頻度までは上の一覧のとおり書かれています。評価者研修の内容は、ENEOS(評価の目的や評価者の役割を扱う研修を毎年実施)、オリンパス、リコーなど一部の社が書いています。しかし評価シートの様式、段階ごとの配分の比率、運用初年度に出た苦情の処理までは、600字前後の記述には入りません。
事例を読んで「同じ制度にすれば同じ結果になる」と考えると、この書かれていない部分を自社で埋める作業が残るはずです。制度の設計そのものより、書かれていない部分の再現に手間がかかると見ておくのが実際に近いはずです。
評価の結果が実際どう分布し、処遇にどこまで届いているかは、公務部門の公表統計で測れます。組織横断の実数は人事評価とは?分布データで読む制度設計の要点にまとめました。
導入プロセスの節は評価制度の節より長い
ジョブ型人事指針の掲載20社では、導入プロセスの節が中央値793字で、評価制度の節の629字を上回ります。分量の集計でいちばん意外だったのがこの点です。
社ごとに見ると、導入プロセスの節が評価制度の節より長い会社が14社あり、20社の70.0%を占めました。合計でも導入プロセスが16,428字、評価制度が15,092字です。
導入プロセスの節に書かれているのは、労働組合との協議、説明会の回数、段階的な適用範囲の広げ方、移行期間中の処遇の扱いです。評価制度の節より、制度を社内に通す工程の節のほうに多くの行数が割かれています。ただし制度の設計全体と比べると、大小は逆です。等級制度の節は中央値で導入プロセスの節より長く、等級・報酬・評価の3節を足すと20社すべてで導入プロセスの節を上回ります。
分量から言えるのは、多くの社が評価制度と同じかそれ以上の紙幅を、制度を社内に通す工程の説明に割いたというところまでです。どこで改定が止まりやすいかを示すデータではありませんが、事例を読むときに評価項目の一覧だけを抜き出すと、各社が詳しく書いた部分を読み落とすことになります。
事例を自社に持ち帰るときの4つの確認
ジョブ型人事指針の20社の事例を自社の検討材料にするときの確認点は、規模・適用階層・反映の規則・合意形成の4つです。
- 規模を確認する。掲載20社は従業員数の中央値が26,479.5人で、15社が1万人以上。自社と桁が違うなら、東洋合成工業やメルカリのように規模の近い会社から読む
- 適用階層を確認する。非管理職まで広げているのは15社(うち4社は一部の層や職種を外す)、管理職層に限っているのは4社。全社員ぶんの制度を探しているなら、一部の層を外していない11社から読む
- 反映の規則を確認する。11社は評価の軸ごとに反映先を分けているが、何回分の評価で処遇を決めるかまで書いた会社はメルカリしかない。回数と組み合わせは自社で設計する前提で読む
- 合意形成の記述を確認する。14社で導入プロセスの記述が評価制度を上回る。評価項目だけでなく、労働組合との協議や説明会の進め方まで読んでおく
4つを先に当てておくと、事例集の読み方が変わります。探すべきは真似する対象ではなく、自社で埋めるべき差分の数です。
公表事例から取れるものと、自社で埋めるもの
人事評価制度の事例として、ジョブ型人事指針が企業名つきで載せているのは20社です。20社のうち17社が行動・バリュー・コンピテンシーを評価の軸に置き、11社は賞与と基本給の昇給で別の評価を使っています。ライオンのように行動評価をやめた会社、パナソニック コネクトのように評価記号をなくした会社も、同じ資料に並んでいました。
一方で、掲載20社は従業員数の中央値が26,479.5人の大企業が中心で、評価制度に割かれた記述は1社あたり中央値629字、事例本文の9.2%にとどまります。書かれているのは評価の軸と反映先、7社では評価結果とレンジ内の位置による昇降給の決め方までで、シートの様式や配分の比率は入っておらず、何回分の評価を使うかの規則に触れたのもメルカリ1社だけです。
事例は真似する対象としてより、自社で埋める差分を数えるための材料として読むほうが役に立ちます。規模・適用階層・反映の規則・合意形成の4点を先に当てておけば、その使い方ができます。