最終面接が終わり、「社内稟議にかけます」と言われたまま1週間が過ぎる。
この状態にいる人が最初に調べるのは「どれくらいの確率で落ちるのか」です。そして、いくつかの数字に行き当たります。30%から50%。20%から30%。IT関連職種では約35%。最終面接の合格率は80%前後。
これらの数字をたどっても、稟議の通過率を測った調査には行き着きません。
この記事は2つのことを出します。1つは、出回っている確率の数字がどこから来たのかを確かめた結果です。もう1つは、確率の代わりに使える材料として、法律の条文と公的統計で確かめられる線を引くことです。
読者は2種類を想定しています。稟議の結果を待っている候補者と、稟議で候補者を取りこぼしている採用側です。前半は前者、後半は後者に向けて書いています。
転職稟議が決めているのは、採否ではなく条件と責任の所在
転職稟議は、面接を通過した候補者1人について、採用してよいかを社内の決裁ラインで承認する手続きです。「内定稟議」「採用稟議」とも呼ばれます。
ここで承認されるのは採否の判断だけではありません。実務上は次の3つがまとめて1つの起案になります。
- 提示する年収・等級・役職
- 受け入れる部署と入社予定日
- 人件費の予算枠に収まっているか
つまり稟議は、面接官が「この人を採用したい」と判断した候補者を、会社としての金銭的な約束に変換する工程です。面接で評価が固まっていても、条件面が予算と合わなければ起案は差し戻されます。
採用計画そのものを通す稟議は、これとは別の工程です。年間の採用枠や予算を承認する起案の書き方と通し方は、採用稟議が通らない理由は?通すためのコツと注意点を解説にまとめています。本記事は、その枠の中で候補者1人の採否を決める場面だけを扱います。
出回っている確率の数字は、一次調査に行き着かない
「稟議での不採用確率は30%から50%」という数字を見かけたら、その直前の一文を読んでください。多くの場合「過去の事例を見てみると」「一般的には」といった前置きが付いています。調査名も、調査時期も、母数も付いていません。
「最終面接の合格率は80%前後」は少し形が違い、出所として示された解説記事には、自社サービスの利用者を集計したものであることと集計期間が書かれています。ただし母数は無く、対象も転職支援サービスの利用者に限られます。最終面接の通過率であって、稟議の通過率でもありません。
数字は出どころごとに違い、示す範囲も重なりません。共通しているのは、母数が示されていないことと、どれも稟議の通過率そのものを測っていないことです。出所を確かめずに書かれた数字が、引用の連鎖で権威を得ていくのがこの領域で起きていることです。
公的統計に「稟議の通過率」は存在しない
そもそも、この確率を測れる立場にいるのは各社の人事だけでしょう。稟議に何件かけて何件が差し戻されたかは社内の決裁記録にしか残らず、外部に集計する仕組みがありません。
国が公表している雇用関係の統計を見ても、採用プロセスの途中段階を分解した数字はありません。測られているのは求人と求職の突き合わせの結果だけです。
したがって、確率を知ろうとすること自体が行き止まりです。代わりに使える材料を3つ挙げます。
確率の代わりに使える判断材料は3つある
材料1 公的統計で分かるのは「求人が埋まる割合」まで
厚生労働省の職業安定業務統計は、その月の就職件数を同じ月の新規求人数で割った値を「充足率」として公表しています。稟議の通過率ではありませんが、採用が最後まで到達する頻度の感覚をつかむ材料にはなるはずです。
区分(令和8年7月) | 新規求人数 | 就職件数 | 充足率 |
|---|
全数(パートタイムを含む) | 826,561人 | 87,409件 | 10.6% |
正社員 | 411,725人 | 33,950件 | 8.2% |
出所:厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年7月分)」(職業安定業務統計・令和8年8月28日公表・新規学卒者を除く区分)。
同じ月の新規求職申込件数 369,159件に対する就職件数は 87,409件で、就職率は 23.7% です。
この数字は、新規求人数に対して当月の就職件数が1割前後にとどまることを示しています。個別の求人が最後まで到達した割合ではなく、稟議の通過率でもありません。読み取れるのは、募集が成立するところまで進むものが全体の一部にとどまるという傾向までです。最終面接の後はその工程のほぼ終点にあたるので、ここまで残った候補者にこの割合をそのまま当てはめることはできません。
材料2 内定が法的に成立するのは、書面が届いたときではない
「オファーレターが届くまでは内定ではない」という説明があります。実務上の目安としては正しいのですが、法律の線はそこではありません。
労働契約法第六条は、労働契約の成立をこう定めています。
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
出所:e-Gov法令検索「労働契約法」(平成十九年法律第百二十八号・2020年4月1日施行版)。
基準は合意であって、書面の交付ではありません。書面は合意を証拠として残すためのものです。
この違いが大きな差を生むのは、内定が取り消されたときです。厚生労働省は採用内定の扱いについて、「採用内定により労働契約が成立したと認められる場合には、採用内定取消しは解雇に当たり、労働契約法第16条の解雇権の濫用についての規定が適用されます。」と説明しています(厚生労働省「東日本大震災に伴う労働基準法等に関するQ&A(第3版)」採用内定者への対応について)。
その労働契約法第十六条は次のとおりです。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
つまり線は「稟議の前か後か」ではなく、「合意が成立したと認められる状態に達しているか」で引かれます。口頭で条件を提示され、それを承諾していれば、書面が未着でも合意が成立していたと判断されうる場面があります。
逆に言えば、稟議中というのは合意の前の段階です。この時点では見送りが起きても契約上の問題は生じません。落ち着かない状態が続くのは、法的に守られていない区間にいるからです。
材料3 決裁のかたちは、会社の規模と権限の置き方で決まる
待ち時間の長さを分けているのは、候補者の評価ではなく決裁のかたちです。ここは会社ごとに構造が違います。
決裁の型 | 起きること | 待ち時間の決まり方 |
|---|
面接官が決裁者を兼ねる | 面接の場で実質的に決まる | 承認の段が無い |
部門長が起案し役員が承認する | 起案の作成と回付が挟まる | 承認者の人数ぶん延びる |
役員会・取締役会にかける | 開催日まで動かない | 開催サイクルに縛られる |
決裁権限規程で「年収◯◯万円以上は役員決裁」と定めている会社では、提示額が閾値をまたぐかどうかで待ち時間が変わります。同じ会社の同じポジションでも、候補者によって所要日数が違うのはこのためです。
待たされていること自体は、評価が低いことの証拠になりません。
稟議で見送りになる理由は、候補者の評価以外にもある
採用側の意思決定から見ると、稟議で起案が通らない理由は次の5つに整理できます。このうち候補者本人に原因があるのは2つだけです。
理由 | 原因の所在 |
|---|
提示条件が予算枠を超えている | 会社側 |
採用計画そのものが変更・凍結された | 会社側 |
面接での評価が決裁者に伝わっていない | 会社側 |
同じポジションでより条件の合う候補者が現れた | 相対評価 |
経歴・在籍の確認で申告との食い違いが出た | 候補者側 |
3つ目は起案書の問題です。面接官が高く評価していても、起案書に「なぜこの人でなければならないか」が書かれていなければ、決裁者には判断材料がありません。決裁者は候補者に会っていないことが大半です。
この材料を自社の選考のどこで取りこぼしているかは、エンジニア採用力チェックで5指標24項目の採点結果として受け取れます。
採用が各段階で落ちること自体は常態です。Offers 上で企業から候補者へ送ったオファーの承諾率は、値が取れた9業界の平均で 12.3%(アパレル/ファッション・30社)から 22.9%(AI/LLM・15社)の範囲にあります。
出所:Offers 採用事例レポート(株式会社overflow・Offers 事例DB・n=288・2025年1月26日時点)。
分母はオファーの送付数であって内定通知数ではないため、この数字を稟議の通過率として読むことはできません。ここで言えるのは、接触から入社までの各段階で候補者が離れていくのが普通であり、最後の決裁だけを特別な関門と見る理由はないということです。
稟議の結果を待つ間にできることは3つ
候補者側の対策は、待ち時間を短くすることではありません。待ち時間が長引いたときの損失を減らすことです。
- 結果の連絡予定日を明示的に確認する。「いつ頃までにご連絡いただけますか」と聞くだけで、社内の決裁サイクルがある程度分かります
- 他社の選考を止めない。稟議中は合意の前の段階なので、並行して進めることに問題はありません
- 条件面の認識を先に揃えておく。希望年収を早い段階で伝えておけば、予算枠との不一致は起案の前に判明します
先に確認した連絡予定日を過ぎたら、催促してよい段階です。決裁が止まっているのか、社内で別の候補者と比較しているのかは、聞かなければ分かりません。
なお、内定を辞退する側の話や、企業が辞退を防ぐために打つ手は内定辞退防止とは?辞退率15.0%の実態と対策で扱っています。
決裁で取りこぼさない設計は、稟議の前に置く
ここからは採用する側の話です。稟議で候補者を失う会社には、共通する構造があります。決裁のルールを、選考を始めた後で確認していることです。
やることは3つです。
- 決裁の閾値を選考開始前に確認する。想定年収レンジのどこから役員決裁になるかを先に押さえれば、待ち時間は事前に見積もれます
- 起案に必要な材料を面接の段階で集める。決裁者が知りたいのは「この人でなければならない理由」であり、それは面接の場でしか取れません
- 待ち時間の見込みを候補者に伝える。「1週間ほどかかります」と先に言うだけで、沈黙が不信に変わるのを防げます
工程のどこで何を決めるかを設計し直したい場合は、採用フローとは?6工程の設計手順と法令要件に工程別の手順をまとめています。段階ごとの通過率の測り方は採用の歩留まり|計算式と段階別の基準値の置き方を参照してください。
条件提示のときに明示する義務がある
決裁が下りて条件を提示する段階では、労働基準法第十五条第一項が労働条件の明示を義務づけています。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(以下略)
出所:e-Gov法令検索「労働基準法」(昭和二十二年法律第四十九号・2026年7月17日施行版)。
同条第二項は、明示した条件が事実と違っていた場合、労働者は即時に契約を解除できると定めています。稟議で調整した条件と、実際に提示する書面の内容がずれていないかは、提示の前に突き合わせてください。求人票の段階での書き方は求人票とは?記載事項と食い違いを防ぐ書き方にまとめています。
確率を調べるより押さえたい3点
転職稟議で落ちる確率を示す公的な数字は存在せず、出回っている数字にも一次調査に辿れる出所はありません。確率を調べるより、次の3つを押さえるほうが判断できます。
- 稟議中は労働契約の合意が成立する前の段階であり、法的に守られていない区間にいる
- 待ち時間の長さは候補者の評価ではなく、会社の決裁権限の置き方で決まる
- 稟議で起案が通らない理由の多くは、候補者本人ではなく会社側と起案書の側にある
採用する側にとっては、決裁の閾値と起案に要る材料を選考開始前に確定させることが、そのまま取りこぼしを減らす手当てになります。