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組織

ジョブ型雇用の失敗、先行20社の記録が示す原因

ジョブ型雇用の失敗、先行20社の記録が示す原因
鈴木 裕斗監修者

株式会社overflow / 代表取締役 CEO

鈴木 裕斗

株式会社サイバーエージェントに新卒入社。広告営業を経て、Amebaプラットフォームの管轄責任者に就任。その後、スタートアップ企業に入社、代表取締役就任を経て2ヶ月後に株式会社ディー・エヌ・エーにM&A、子会社化。子会社代表取締役とDeNA広告部長を兼任。2017年6月、株式会社overflowを創業。2018年から2020年9月末までエキサイト株式会社の社外取締役を兼任。

ジョブ型雇用がうまくいかない理由として、説明不足、評価基準の曖昧さ、企業文化との不一致の3つが挙げられることが多くあります。どれも間違ってはいません。ただ、この3つを避けようとして丁寧に進めた会社でも、同じところで止まります。

止まる場所には理由があります。日本の法律は、職務が変わったからといって賃金を下げたり雇用を終わらせたりすることを、会社の判断だけでできる仕組みにしていません。先行して導入した企業が何をしたかの記録を読むと、そこに合わせた設計が並んでいます。

この記事では、政府が公表した先行企業の記録と法律の条文をたどって、失敗と呼ばれている現象が実際には何なのかを整理します。

この記事が扱う範囲

扱うのは次の3点です。

  • 先行企業の記録に実際に現れているつまずき
  • そのつまずきを生んでいる法制度上の制約
  • 導入前に決めておくべきこと

ジョブ型が日本の雇用慣行に合うのかという議論はジョブ型は日本に合わない?企業が抱える課題と解決策を解説に、反対論として挙げられる論点の整理はジョブ型雇用に反対する理由とは?日本企業の課題と対策を解説にまとめてあります。導入企業の一覧と成功例はジョブ型雇用を導入している企業は?成功事例も合わせて解説を参照してください。本記事では重複させません。

先行20社の記録は、どこで手を緩めたかを書いている

2024年8月28日、内閣官房・経済産業省・厚生労働省が「ジョブ型人事指針」を公表しました。すでにジョブ型人事を導入している20社が、制度の骨格と導入プロセスを開示した資料です。

この指針の中身は、成功事例集とは違います。各社が自分の言葉で、どこを妥協し、どこで苦労しているかを書いています。失敗の原因を探すなら、想像で書かれた事例よりこの記録のほうが手がかりになるはずです。

階層で線を引いた企業が20社中9社ある

指針に載る20社のうち、9社が線を引いています。非管理職の全部または一部を、職務基準ではない制度に残すと明記した企業です。残る11社は階層で線を引いていません。

出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日・n=20・分類は各社の「導入範囲」の記述をもとにOffersが判定)。

線の引き方

企業

管理職のみ、または一部領域のみ

中外製薬/三菱マテリアル/ENEOS/三井化学/三菱UFJ信託銀行/東洋合成工業

全社員だが一部の職種・階層を外す

オムロン/資生堂/ライオン

階層で線を引いていない

富士通/日立製作所/アフラック生命保険/パナソニック コネクト/レゾナック・ホールディングス/ソニーグループ/KDDI/リコー/テルモ/オリンパス/メルカリ

線を引いた理由は、9社のうち7社までが同じです。育成の途中にある社員を職務で縛ると、経験の幅が広がらない。そう判断しています。東洋合成工業は「製造業の若手社員には、本人の成長のために、幅広い経験を積む過程が必要である」とし、非管理職まで導入すると人材育成につながりにくいと述べています。残る2社のうち、三菱マテリアルは製造現場の社員に合う制度をこれから検討するとし、ライオンは1人が複数の領域をカバーする実態に合わせて柔軟性を残したと書いています。

三菱UFJ信託銀行は、この線引きを制度として明示しました。資産運用やデジタル関連の一部領域だけをジョブ型にし、それ以外はメンバーシップ型のまま残す「一国二制度」と呼んでいます。

この線引きは、二重運用の負担として現れます。管理職だけをジョブ型にした状態でも、外から見れば「ジョブ型を導入した会社」でしょう。しかし中では制度が2本走っています。指針の9社が外した層に別の等級制度を用意しているのは、そのためです。

等級を下げても、報酬はその場では下げていない

より大きいのは報酬の扱いです。指針の20社のうち18社が、等級が下がっても報酬をその場では下げきらない仕組みを明記しています。明記が無いのは2社だけです。

出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日・n=20・各社の記述をもとにOffersが集計)。

会社

記述されている仕組み

富士通

非管理職は下位等級への変更後3年間、減額幅を一定範囲に抑える(平時の等級変更にも適用)

オムロン

管理職は月額5万円以上の減額のとき、減額幅を毎年5万円まで(平時の等級変更にも適用)

ソニーグループ

賃金の減額幅を1年で5%まで(平時の運用と同様と明記)

リコー

変更の次年度から毎年一定割合ずつ減額する(導入時も平時も同様と明記)

ENEOS

グレード給が減るとき1年目は100%、2年目は50%の調整給(平時のグレード変更に適用)

ライオン

減額は3年、増額は2年をかけて段階的に変更する(制度導入時の移行措置として記述)

三井化学

減額幅を評価に応じて年1〜3%程度に抑える(平時の等級変更に適用)

書き方は各社で違います。「激変緩和措置」という語が出てくるのが15社で、この語を使わない3社は、日立製作所が「調整給」、テルモが「経過措置」、三井化学が「緩和措置」と書いています(語の集計はOffersによる)。呼び方は違っても、やっていることは同じです。制度を入れ替える場面に限っても、賃金は数年がかりでしか動いていません。

この事実は、ジョブ型に期待されがちなものを一つ否定します。職務の価値に応じて賃金が即座に動く制度を想定していると、手に入るのは数年がかりで動く制度です。人件費の圧縮を目的にすると、その差で計画が崩れます。

逆の心配についても、指針に実績が1件だけ載っています。富士通は、自律的なキャリア形成を促す施策で退職者が増えるのではないかという懸念があったとしたうえで、「実際には退職率は変わっていない」と書きました。転職を考えていた社員が社内の別の職務への挑戦を選ぶ動きも生じたとしています。1社の記述なので一般化はできませんし、数値も示されていません。それでも、導入後の離職について書いた記述は、この記録の中にこれだけです。

企業自身が書いている、うまくいっていない部分

指針には、各社が現在進行形で抱えている問題も載っています。以下はいずれも原典からの引用です。

出所:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(令和6年8月28日)。

会社

記述

オムロン

「絶対評価の理由をきちんと自分の言葉で伝え、必要に応じて PIP を適切に遂行できるマネージャーは多くなく、会社としても苦しみながら対応している」

三井化学

「降給・降格に関しては、厳しい運用はできておらず、降格については明確な基準を整備できていないのが実態」

リコー

「未だに「人事部に決めてほしい」といった意見も聞こえてきており、各部門が制度の運用を自らの責任・自分事として捉えてもらうことには難しさを感じている」

KDDI

「反省点としては、制度設計を行った人事部が、そのまま社員への制度説明を担っていたことが挙げられる」

ライオン

「努力して重要な職務に従事してくれている社員の処遇を十分に上げ切れていないケースがあり、労働組合とも今後の対応方針を協議している」

東洋合成工業

「制度を導入しただけでは社員は育たない」

表の1行目にある PIP(Performance Improvement Plan・業績改善計画)とは、評価が一定の水準に届かない社員と上司が改善目標を決めて取り組む手続きを指します。並べてみると、共通しているのは運用の側です。等級表も職務記述書も作れています。止まっているのは、それを使って人に評価を伝える場面です。

オリンパスは、この状態を「本来のジョブ型人事で目指したい状態が徹底できていない部分もある」と書いたうえで、まだ人の顔を見て職務を割り当てている事例があると述べました。レゾナック・ホールディングスが苦慮していると書いたのは、業績改善計画が「PIP=降格」と受け取られがちな点です。

協議に何年かけたかは書いてある

導入プロセスについては、期間が具体的に書かれています。KDDIが全社的な制度導入までに設けた協議期間は2年で、導入前の1年は労働組合と週次で打合せをしたと記述しました。

レゾナック・ホールディングスは、事業統合と同時の導入だったため協議の時間が限られ、1年程度あればより細かな協議ができたと振り返っています。労働組合が無いリコーの課題は、社員とどう対話するかでした。月次の中央懇談会を、制度の説明と意見聴取の場に使っています。

説明が足りずに失敗する、という説明はよく見かけます。ただ先行企業が費やした期間を見ると、足りているかどうかの基準は年単位です。数か月の説明会で片づく規模の変更ではないということになります。

日本の法律が、職務と処遇の連動を制限している

先行企業が報酬をゆっくりしか動かさないのは、慎重さの問題だけではありません。法律の側に制約があります。

ここで扱うのは条文と判例が何を要求しているかだけです。日本の雇用慣行にジョブ型が合うのかという議論はジョブ型は日本に合わない?企業が抱える課題と解決策を解説が扱っているので、そちらを参照してください。

就業規則を変えるだけでは、賃金を下げられない

労働契約法第9条は「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」と定めています。

例外を定めるのが第10条です。変更後の就業規則を周知したうえで、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的であれば、変更が労働契約の内容になります。

つまり賃金を下げる方向の制度変更は、合理性の判断を通らなければ効力を持ちません。判断材料には労働組合との交渉状況が明示されています。KDDIが2年の協議期間を置き、週次で労働組合と打合せをしたことは、この条文が求める要素と符合します。ただし各社が理由として労働契約法を挙げているわけではないので、ここは符合として読んでください。

職務が無くなっても、それだけでは解雇できない

労働契約法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定めます。

この条文は職務の有無を要件にしていません。担当していた職務が組織から消えたことは、それ自体では合理的な理由になりません。

ジョブ型を、職務が無くなれば雇用も終わる仕組みだと理解していると、この一点で設計が崩れます。日本で導入できるのは、雇用を維持したまま職務と等級だけを動かす仕組みです。先行企業が社内公募やキャリア支援を制度と同時に整備しているのは、動いた人の行き先を社内に用意する必要があるからです。

職務を限定すると、会社が一方的に配置転換できなくなる

配置転換ができなくなるのは、職務を限定する合意がある場合に限られます。この条件を最高裁判所第二小法廷が示したのが、令和6年4月26日の判断です。

判決要旨は「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。」というものです。

事案は、福祉用具の改造・製作と技術開発を担当する技術職として雇用された労働者について職種限定合意があり、その業務を廃止するにあたって同意を得ずに総務課へ配置転換を命じたものでした。一審と原審は、解雇を回避するための配置転換であるとして権利の濫用にあたらないと判断しました。最高裁はこれを破棄して差し戻しています。

この判断は、ジョブ型の設計に二方向から影響します。職務を限定して採用すれば専門人材は集めやすくなる一方、会社は一方的な配置転換の手段を失うことになりました。職務が無くなったときに動かす先は、合意を取りながら用意しておく必要があるでしょう。

2024年4月から、業務の「変更の範囲」を明示する義務がある

2024年4月から、労働契約を結ぶすべての場面で、就業場所と業務内容に加えてその「変更の範囲」を明示することが必要になりました。根拠は労働基準法施行規則5条の改正です。

この明示は、どこまで職務を限定したことになるのかの記録として残ります。求人の段階で書いた内容も同じ問題につながるので、求人票とは?記載事項と食い違いを防ぐ書き方も合わせて確認してください。

自社が求人でどこまで職務を絞れているか、絞った結果どこに負荷が寄っているかは、エンジニア採用力チェックで確認できます。

報酬を即座に動かしている2社は、前提が違う

20社のうち2社だけは、報酬の減額を緩める仕組みを書いていません。メルカリと三菱UFJ信託銀行です。

メルカリは、低い評価が続けば降格になると明記し、降格になった社員は自ら退職を選ぶことが多いと書いています。同社は一般社員から経営陣までを一つの制度で処遇しており、役職によって制度を変えることもしていません。指針が記す移行前の姿は日本のベンチャー企業によくある人事制度で、年功による処遇があったとは書かれていません。

三菱UFJ信託銀行は、ジョブ型の対象を一部領域に絞りました。対象になった社員の報酬は、外部の市場水準を踏まえて決まり、勤続年数は考慮されません。市場価値に応じて報酬が下がる可能性も制度として認めています。範囲を狭くしたぶん、その中では制度を素直に動かせる形です。

この2社が示しているのは、報酬を即座に動かすには前提が要るということです。移行の落差が無いか、対象を絞るか。既存の全社員を抱えたまま即時性だけを持ち込むと、緩和措置が必要になり、期待した速度は出ません。

失敗の正体を3つに整理する

ここまでを、症状と実際に起きていることの対応で並べ直します。

よく語られる症状

実際に起きていること

社員の不満が高まり離職が増える

処遇が下がる人が出る変更には、合理性の判断が要る(労働契約法第10条)。先行企業はそこに年単位の協議と緩和措置を置いた

評価基準が曖昧で運用できない

基準の文章ではなく、低い評価を本人に伝える場面で止まっている

期待した人件費の効果が出ない

報酬が動くのは数年がかりで、制度そのものが即時の変動を想定していない

3つに共通するのは、制度の設計ではなく、制度が動く速度の見積もりです。ジョブ型は職務と処遇の対応を明確にする仕組みで、その対応を即座に反映させるところまでは含みません。反映の速度は法律と合意が決めます。

この記録から言えるのは、20社のうち18社が速度を落とす設計を置いたところまでです。指針が載せているのは導入を続けている企業だけなので、止まった会社の姿はそこにありません。それでも、既存の全社員を抱えたまま即時性だけを持ち込んだ例は現れていません。

導入前に決めておく3つのこと

失敗を避けるために決めておくことは、そう多くない。次の3つです。

第1に、どの層を対象にするかです。管理職だけにするなら、二重の制度を何年運用するのかも同時に決めます。指針の9社は線を引いたうえで、外した層に別の等級制度を用意していました。

第2に、報酬が下がる人に何年かけるかです。1年なのか3年なのかで、必要な原資も、労働組合との交渉に必要な期間も変わります。ライオンは賃金原資そのものは維持したと記述しています。

第3に、低い評価を誰が本人に伝えるかです。ここが動かなければ、等級制度は運用されずに残ります。オムロンが苦しんでいると書いているのも、三井化学が明確な基準を整備できていないと書いているのも、この地点です。

3つとも、制度を作る前に答えを出せます。作ってからでは動かせません。

失敗の正体は、制度ではなく動く速度の見積もり違い

ジョブ型雇用の失敗は、説明不足や文化の不一致という言葉でまとめられることが多いのですが、先行企業の記録を読むと、より具体的な場所で止まっています。

政府が公表した20社のうち9社は階層で線を引き、18社は等級が下がっても報酬をその場では下げていません。企業自身が書いている課題も、評価を人に伝える運用に集中していました。

その背景には、合意なしに不利益な変更ができないこと、職務が消えても解雇の理由にはならないこと、職務を限定すれば一方的な配置転換ができなくなることという、日本の法制度の枠組みがあります。続いている企業は、いずれもこの枠の内側で設計していました。枠の外を前提にした設計が続いた例は、この記録には出てきません。

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