IT人材の単価が上がっている、という話は毎年のように聞きます。ただ、実際にいくらが、どこまで上がったのかを数字で確かめようとすると、手元に残るのは事業者ごとの相場表だけということが多いのではないでしょうか。
この記事では、業界団体と省庁が公表している実数を3年分並べて、単価の何が動いたのかを確かめます。結論を先に言うと、従業員1人あたりの人件費は2年で14.1%伸び、その大半が2024年度の1年間に集中していました。同じ2年で1人あたりの売上は8.9%伸びています。
発注を続けるか、自社で採用するか。その判断に使える数字を、順に置いていきましょう。
IT人材の単価を測る3つの数字
IT人材の単価は、事業者ごとの相場表ではなく、業界全体の売上と費用の構成から測れます。使う数字は3つです。
1つ目は、従業員1人当たりの売上高。情報サービス会社の売上を管理部門を含む全従業員の数で割った年間の値で、発注側が払う金額の動きを映します。2つ目は、従業員1人当たりの人件費です。受け取った金額のうち、人に支払われた額を示します。
3つ目が売上高外注費率と売上高人件費率です。売上のうち、どれだけが他社への発注に回り、どれだけが人に回ったかを示します。この3つを年ごとに並べると、単価が上がったのか、上がった分がどこへ行ったのかを追えます。
個々の案件の提示額は交渉で決まるため公表されません。一方、業界の合計値であれば毎年公表されています。
本記事が使うのは、一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)の「情報サービス産業基本統計調査」です。正会員企業を対象に毎年実施され、2025年版は468社のうち300社が回答しました。以下の数値は、極端に売上高の大きい企業を除いた詳細編の集計で揃えています(2024年度は295社)。
なお本記事で単価と呼ぶのは、技術者1人が1か月稼働することへの対価、いわゆる人月単価を指します。業界統計の1人当たりの値は人月単価そのものではないので、単価の動きを間接的に映す指標として使います。個人の年収とは別の数字なので、後半で分けて扱いました。
もう1点、JISAは回答企業が入退会や合併で毎年入れ替わるため、経年変化として使う際には留意するよう注記しています。以下の年ごとの比較は、業界全体の傾向の目安として読んでください。
情報サービス産業の単価は2年でどう動いたか
総額で見ると、単価は上がっています。従業員1人当たりの売上高は2022年度の2,824万円から2024年度の3,074万円へ、2年で約8.9%伸びました。
事業年度 | 1人当たり売上高 | 1人当たり人件費 | 売上高外注費率 | 売上高人件費率 |
|---|
2022年度 | 2,824万円 | 789万円 | 33.10% | 30.89% |
2023年度 | 2,951万円 | 794万円 | 33.86% | 28.51% |
2024年度 | 3,074万円 | 900万円 | 34.18% | 29.10% |
出所:一般社団法人情報サービス産業協会「情報サービス産業基本統計調査」2023年版・2024年版・2025年版の詳細編全体表(回答299社・295社・295社)。万円への換算はOffersが算出。
1人当たり売上高は2年で約9%伸びました。ここまでは「単価は上がっている」という一般的な理解と矛盾しません。
注意したいのは、表の各列が回答企業の加重平均として別々に集計されている点です。売上高に率を掛けても、原典の1人当たりの額とは一致しません。そのため本記事では、列をまたいだ掛け算や引き算はせず、同じ列の年ごとの変化だけを読みます。
1人当たりの人件費は2024年度に大きく伸びた
増えた分の行き先を人件費の列で見ると、2年間の動きは一様ではありません。1人当たり人件費は2022年度の789万円から2023年度は794万円と、ほぼ横ばいでした。
それが2024年度には900万円へ、前年度から13.3%伸びています。同じ年の1人当たり売上高は4.2%の伸びで、売上高人件費率も0.59ポイント上がりました。列ごとの集計なので伸び率どうしを比べることはしませんが、人に回る分が増えた方向は2つの列で揃っています。
売上高外注費率は33.10%から34.18%へ、2年で1.08ポイントの上昇です。売上高人件費率も2024年度に上がっており、人件費と他社への発注に回る割合がともに増えた形でした。
この動きは、発注する側にとって2つのことを意味します。1つは、単価改定の申し入れが、現場の技術者の賃金上昇を反映している可能性があること。もう1つは、売上の約3分の1が他社への発注に回る構造は、3年を通して変わっていないことです。
発注先の業態で、他社への発注に回る割合が変わる
発注先の業態によって、売上のうち他社への発注に回る割合は変わります。JISAの調査は回答企業を4つの業態に分けており、外注費率と人件費率の差がはっきり出ました。以下の表でSIサービス型と呼ぶのは、システムインテグレーション(SI)を主たる業務とする会社です。
業態(回答社数) | 売上高外注費率 | 売上高人件費率 |
|---|
SIサービス型(92社) | 38.95% | 26.94% |
ソフトウェア開発型(146社) | 29.69% | 31.76% |
ITアウトソーシング・クラウド・情報処理型(42社) | 25.51% | 33.49% |
その他の情報サービス(15社) | 23.25% | 30.76% |
出所:一般社団法人情報サービス産業協会「2025年版 情報サービス産業基本統計調査」詳細編全体表(回答295社・2024年度)。
SIサービス型とITアウトソーシング型の外注費率は13.44ポイント開いています。前者は受注した金額のうち4割近くを他社への発注に充てており、人件費率は4業態で最も低い26.94%でした。
もっとも、これは商流の良し悪しを示すものではありません。大規模なシステム構築では複数社の体制を組むことに意味があり、外注費率の高さはその設計を反映しています。
判断に使えるのは次の点です。長期にわたって同じ人に同じ業務を任せるのであれば、中間の層を経由し続ける必然性は薄くなります。逆に、短期で人数を増減させたい局面では、その層が果たす役割が大きくなるでしょう。
見積もりを受け取ったときは、業態を踏まえて内訳を尋ねるとよいでしょう。自社で直接雇用している技術者が担当するのか、再委託先の技術者が入るのかは、契約前に確認できる事項です。
人件費率は2024年度に反転した
支払った金額のうち人に回る割合は、直近で増加へ転じました。売上高人件費率は2022年度の30.89%から2023年度に28.51%まで下がり、2024年度は29.10%へ戻っています。
2023年度と比べた差は0.59ポイントです。2022年度の水準には届いていませんが、前年度の低下からは持ち直しました。1人当たりの額で見た人件費が13.3%伸びたこととも、向きが揃っています。
同じ時期には制度の動きもありました。内閣官房と公正取引委員会は2023年11月29日に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表し、労務費の転嫁に係る価格交渉について発注者と受注者それぞれに求められる行動を12の行動として示しています。
一方、営業利益率は10.39%・10.06%・10.15%と、3年を通して10%前後で動いていません。同じ2023年度から2024年度にかけて、売上高材料費率は9.97%から8.19%へ下がりました。人件費率と外注費率が上がる一方で、営業利益率はほぼ同じ水準を保っています。
発注側から見れば、単価改定の申し入れを受けたときの判断材料がここにあります。人件費率が業界平均を大きく下回る取引先であれば、改定分が現場の技術者へ届いているかを確認する根拠になるでしょう。
正社員として雇う場合の年収水準
外注の単価と並べるべきもう一方の数字が、同じ人材を正社員として雇うときの年収です。厚生労働省は「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業 調査報告書」で、正社員のみを対象にした職種別・スキルレベル別の年収を公表しました。括弧内は各セルの回答数です。
職種 | レベル1〜2 | レベル3 | レベル4 | レベル5以上 |
|---|
企画立案・プロジェクト管理 | — | 750万円(53) | 800万円(153) | 900万円(196) |
設計・構築 | 500万円(187) | 550万円(258) | 635万円(288) | 700万円(186) |
運用・保守 | 500万円(53) | 550万円(67) | 650万円(73) | 850万円(36) |
出所:厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業 調査報告書」(令和6年3月)の年収中央値。
回答数が数十件のセルは幅が出やすいため、水準の目安として読むのが適切です。
スキルレベルはIPA(情報処理推進機構)の「ITスキル標準(ITSS)」に基づく区分で、数字が大きいほど高度な役割を担います。同じレベルでも、企画立案・プロジェクト管理の水準が最も高く、次いで運用・保守が続きました。
3職種のうち回答数が最も多い設計・構築の、レベル3では、第1四分位数が450万円、第3四分位数が700万円です。中央値の550万円だけを見て提示額を決めると、市場の上側にいる候補者には届きません。
役職で見ると幅はさらに広がります。設計・構築の担当者・一般社員レベルが500万円、主任・係長・課長補佐・代理レベルが650万円、課長レベルが670万円、部長・本部長レベル以上が800万円でした(いずれも年収中央値)。担当者から主任層で150万円上がる一方、主任層と課長の差は20万円にとどまり、部長層で再び130万円の段差が付いています。
この構造は提示額を決めるときに影響します。最も大きく上がるのは主任相当の役割を任せる段階なので、課長の肩書きを付けるかどうかより、チームを率いる役割を担うかどうかで条件を組み立てる必要があるでしょう。
提示額を市場水準に合わせても、募集条件や選考体制が弱ければ採用は進みません。エンジニア採用力チェックでは、募集条件や選考体制を項目ごとに採点し、現状の採用力を把握できる仕組みです。
単価を押し上げている要因
単価の上昇に関わる動きとして、需給・制度・職種の3つが挙げられます。いずれも単価との因果を統計が直接示しているわけではないため、背景として押さえておく材料です。
需給のギャップは拡大が見込まれている
経済産業省の「IT人材需給に関する調査」は、IT需要の伸びを年平均2.7%程度、労働生産性が年0.7%上昇することを前提に、需給ギャップを2018年の22万人から2020年30万人、2025年36万人、2030年45万人と試算しました。
同じ表には、前回2016年調査の2030年時点の値として59万人が並記されています。さらに、年3.54%の労働生産性上昇を実現した場合には2030年時点で需要と供給が均衡する、との記述もありました。
不足の見通しは前提の置き方で変わります。何万人不足するかという数字だけを単価上昇の根拠にすると、読み違えることになるでしょう。不足が起きる仕組みそのものはIT人材不足はなぜ起きる?背景と企業がとれる対策で扱っています。
制度が単価改定の交渉を位置づけた
前述の労務費転嫁の指針は、労務費の転嫁に係る価格交渉について発注者と受注者の行動を示しました。2024年度に1人当たり人件費が大きく伸びたことと、時期は重なります。
発注側にとっては、単価改定の申し入れがありうることを前提に、複数年の予算を組んでおくのが安全です。
人数に加えて、職種でも差がある
経済産業省の同じ調査では、従来型のIT人材と先端IT人材を分けて試算しており、リスキリングによる構成変化も検討項目に含まれています。厚生労働省の調査でも、同じスキルレベルの中で職種によって年収の水準が分かれることが確認できました。
つまり、人材の水準は市場全体で一様ではありません。どの職種の人材を必要としているかによって、年収の水準は分かれます。
発注と採用のどちらを選ぶかの判断材料
外注を続けるか採用に切り替えるかを決めるのは、単価の総額ではなく継続期間と業務の性質です。ここまでの数字を使うと、次の3点で比較できます。
第1に、支払総額の比較です。仮に人月単価100万円の体制を1年継続すると、支払いは1,200万円になります。設計・構築のレベル3の年収中央値は550万円なので、法定福利費や採用費を上乗せしても差が残るかを、自社の実際の単価と採用費で計算してみる価値があります。
第2に、支払いの内訳です。業界全体で売上の34.18%、SIサービス型では38.95%が他社への発注に回っているという数字は、支払った金額の一部がさらに別の会社へ流れることを示します。長期にわたる業務であるほど、この中間の層に払い続ける意味は薄くなるでしょう。
第3に、切り替えのコストです。採用には空席期間があり、内製へ移すには引き継ぎが要ります。短期のスポット業務や、専門性が高く社内で再現しにくい領域であれば、外注のままの方が合理的でしょう。
工程ごとにどこから内製へ移すかは内製化とは?完全内製4.5%と工程別の進め方で、採用にかかる1件あたりの実額は採用単価の定義と、公的統計でわかる1件あたりの実額で扱っています。
この記事の要点
IT人材の単価について、本記事が確かめたのは次の3点です。
- 従業員1人当たり売上高は2022年度2,824万円から2024年度3,074万円へ2年で8.9%伸びた
- 1人当たり人件費は789万円から900万円へ14.1%伸び、その大半が2024年度の1年間(13.3%)に集中した。売上高外注費率は33.10%から34.18%へ緩やかに上がった
- 正社員として雇う場合、設計・構築のレベル3の年収中央値は550万円で、発注を続ける場合と支払総額を比べるときの基準になる
単価の相場表は交渉の出発点にはなります。ただしそれだけでは、発注と採用のどちらを選ぶかは決まりません。業界全体の実数と自社の必要期間を突き合わせたうえで判断することをおすすめします。