内定を出す段階で給与をどこまで書くべきか、社内で判断が割れやすいところです。内定通知書そのものに、法令上の様式はありません。
一方で賃金の明示は使用者の義務として定められており、書類の名前とは切り離して考える必要があります。
この記事で整理するのは3つです。賃金として明示する項目、そのうち書面で渡さなければならない範囲、そして求人票に出した金額から変えるときに追加で必要になる手続き。いずれも条文と厚生労働省の資料に沿って書いています。中途採用の実務を想定しました。
法令に様式はなく、義務があるのは賃金の明示
内定通知書の様式や記載事項を定めた法令はありません。
義務として存在するのは、労働契約を結ぶときに労働条件を明示することのほうです。労働基準法第15条第1項が、使用者に対し「労働契約の締結に際し」、労働者へ「賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と義務づけています。
同項の後段は、賃金と労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項について、省令が定める方法によることを求めました。
判断の基準になるのは、書類の名前ではなく中身です。
内定通知書に賃金を書き込んでも、労働条件通知書を別に添えても、明示すべき事項が所定の方法で届いていれば義務は満たされます。書類を2枚に分けたこと自体は、免責の理由になりません。
同封書類や送付方法を含む作成手順の全般は採用内定通知書の作成方法。記載内容や同封書類、送付時の注意点などで扱っています。書式と法的効力の全体像、および給与欄に何を書くかの一般論は内定通知書テンプレートの作り方や法的効力とは?にあります。本記事が見るのは、そのうち法令が義務づけている範囲と、求人票から変えるときの手続きだけです。
賃金の明示は施行規則第5条第1項第3号の4項目
労働基準法施行規則第5条第1項第3号が、賃金について明示する内容を1つの号にまとめています。原文は「賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」です。
分解すると4つになります。
明示する項目 | 記載の例 |
|---|
賃金の決定・計算・支払の方法 | 月給制、基本給28万円、通勤手当は実費支給、口座振込 |
賃金の締切り | 毎月末日締め |
賃金の支払の時期 | 翌月25日払い(休業日の場合は前営業日) |
昇給に関する事項 | 昇給あり(年1回・4月) |
このうち書面で渡すことが求められるのは3つです。
同条第3項は、書面による明示の対象を「第一項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)」と定めており、昇給だけが括弧で外されています。
出所:e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」(昭和二十二年厚生省令第二十三号・2026年9月12日確認)。
昇給を伝えなくてよい、という意味ではありません。
明示義務そのものは残るため、書面でなくても伝える必要があります。実務では同じ紙に書いたほうが後の確認は早く、分けて管理する利点はほとんどないでしょう。
書面の代わりにできるのは、本人が希望した場合のファクシミリ送信と電子メール等の送信に限られます(同条第4項)。電子メール等は、受け取った側が記録を出力して書面を作成できるものであることが条件です。
賞与と退職手当は書面義務の対象外
賞与と退職手当は、第3号の賃金からあえて除かれています。別の号に置かれているためです。
項目 | 根拠となる号 | 明示 | 書面の交付 |
|---|
賃金(基本給・各種手当など) | 第1項第3号 | 必要 | 必要(昇給を除く) |
退職手当 | 第1項第4号の2 | 定めがあれば必要 | 対象外 |
賞与・臨時に支払われる賃金・最低賃金額 | 第1項第5号 | 定めがあれば必要 | 対象外 |
第1項のただし書きが「第四号の二から第十一号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない」としています。
制度として持っていなければ明示は要りませんが、持っているなら伝えなければなりません。
第5号は、4つを並べて挙げた号です。臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与、施行規則第8条各号の賃金、最低賃金額の4つで、第8条各号は臨時に支払われる賃金の内訳ではありません。
その第8条各号が指すのは、次の3つです。
第8条各号の賃金 | 条文の要約 |
|---|
精勤手当 | 1か月を超える期間の出勤成績によって支給されるもの |
勤続手当 | 1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給されるもの |
奨励加給または能率手当 | 1か月を超える期間にわたる事由によって算定されるもの |
書面から外せるとしても、賞与は金額の期待が分かれやすい項目です。支給条件と時期まで書いておけば、入社後の齟齬は減ります。
固定残業代は3つに分けて書く
固定残業代を採用している場合、月給の総額を1つ書くだけでは足りません。
厚生労働省のリーフレットは、募集や求人申込みの際の賃金欄について、次の3つに分けた記載を求めています。
記載の順序 | 書く内容 |
|---|
(1) | 基本給 ●●円((2)の手当を除く額) |
(2) | ■■手当(時間外労働の有無に関わらず、●時間分の時間外手当として▲▲円を支給) |
(3) | ×時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給 |
出所:厚生労働省「2024年4月から、労働者の募集や職業紹介事業者への求人の申込みの際、明示しなければならない労働条件が追加されます。」(2026年9月12日確認)。
これは募集・求人申込みの段階に課されたルールです。ただ、内定時に渡す書面を同じ粒度で揃えておくと、求人票の記載と1行ずつ対応させられます。
月給の総額だけを提示し、あとから一定時間分の残業代が含まれていると説明する形は避けたほうが無難です。基本給がいくらなのか分からないまま、入社の判断をさせることになります。
試用期間中の賃金が本採用後と異なるなら、その両方を書きます。同リーフレットの記載例も、月給25万円としたうえで試用期間中は月給20万円と併記する形です。
求人票の金額から変えるときは、職業安定法の変更明示が別に要る
ここが最も見落とされやすいところです。
労働基準法とは別に、職業安定法が求人者へ明示義務を課しています。同法第5条の3第3項は、当初明示した労働条件を変更して労働契約を結ぼうとする場合に、その内容を明示することを求めました。
職業安定法施行規則第4条の2第1項は、対象となる場面として3つを挙げています。当初の明示の範囲内で特定する場合、当初の明示を削除する場合、新たに追加する場合です。
厚生労働省の資料は、基本給を例に4つの類型を示しました。
類型 | 資料に示された例 |
|---|
当初と異なる内容を提示する | 基本給30万円/月 から 基本給28万円/月 へ |
当初の範囲内で特定する | 基本給25万円〜30万円/月 から 基本給28万円/月 へ |
当初の条件を削除する | 基本給25万円/月と営業手当3万円/月 から 基本給25万円/月 へ |
当初になかった条件を提示する | 基本給25万円/月 から 基本給25万円/月と営業手当3万円/月 へ |
出所:厚生労働省・都道府県労働局「労働者を募集する企業の皆様へ」(2017年作成・2026年9月12日確認)。
2つ目に注意が要ります。
求人で幅を持たせた金額を、内定の段階で1点に確定させる行為も対象に含まれます。減額していないから対象外、という整理にはなりません。
方法にも指定があります。同資料は、当初の明示と変更された後の内容を対照できる書面を交付する方法が望ましいとしました。労働条件通知書において、変更された事項に下線を引く方法、着色する方法、脚注を付ける方法も挙げています。
時期は、労働条件が確定した後に可能な限り速やかにとされました。相手が変更内容を認識したうえで、契約するかどうかを考える時間を確保するためです。
変更した理由を質問された場合に、適切に説明することも求められています。継続して募集中の求人票や募集要項が古い条件のまま残っていないかも、あわせて確認します。
求人票側の記載事項と食い違いの防ぎ方は求人票とは?記載事項と食い違いを防ぐ書き方にまとめました。
求人票から内定通知書までの流れのどこに抜けがあるかは、エンジニア採用力チェックで項目別に確かめられます。
明示した賃金が事実と違えば、労働者は即時に契約を解除できる
書いた内容と実際が違ったときの効果も、条文に書かれています。
労働基準法第15条第2項は「前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる」と定めました。予告期間は要りません。
第3項も見ておきます。この即時解除があった場合に、就業のために住居を変更した労働者が契約解除の日から14日以内に帰郷するときは、使用者は必要な旅費を負担しなければなりません。転居を伴う採用では、金銭の負担まで発生します。
施行規則第5条第2項も、明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならないと定めた条文です。
職業安定法の側にも制裁があります。厚生労働省の資料は、変更明示が適切に行われていない場合や当初の明示が不適切だった場合について、行政による指導監督・改善命令・勧告・企業名公表や罰則等の対象となる場合があると説明しています。
変更明示を行ったとしても、当初の明示が不適切であったことは治りません。
労働条件の相違で最も多い申出は賃金に関するもの
どこで食い違いが起きているかは、公的な集計から読めます。
厚生労働省は、ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数を毎年公表しています。令和6年度の申出・苦情等は全国で3,297件、前年度の令和5年度は3,761件でした。
内容別で最も多いのが賃金です。
申出等の内容 | 令和6年度 | 令和5年度 |
|---|
賃金に関すること | 929件(20.2%) | 1,108件(21.6%) |
就業時間に関すること | 661件(14.4%) | 711件(13.9%) |
職種・仕事の内容に関すること | 591件(12.9%) | 644件(12.6%) |
選考方法・応募書類に関すること | 470件(10.2%) | 642件(12.5%) |
出所:厚生労働省「令和6年度 ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数」(2026年9月12日確認)。
1件の申出に複数の内容が含まれる場合は、それぞれの内訳に計上されると資料が注記しています。割合の分母は申出件数そのものではなく、内容別に数え直した件数になります。
要因別の件数も公表されました。
要因 | 令和6年度 |
|---|
求人票の内容が実際と異なる | 1,478件 |
求人者の説明不足 | 932件 |
言い分が異なる等により要因を特定できないもの | 373件 |
求職者の誤解 | 364件 |
2番目が説明不足である点は、書面の作り方だけの問題ではないことを示しています。書いた金額が何を含み何を含まないのかを、渡す場で口頭でも合わせておくのが実務です。
内定通知書の給与欄を出す前に確認する7点
最後に、書面を出す前に見る項目をまとめました。
確認する点 | 見落としの型 |
|---|
基本給の額が手当と分かれているか | 総額だけを書き、内訳を口頭で補う |
賃金の決定・計算・支払の方法が書かれているか | 金額だけ書き、月給制か年俸制かが読み取れない |
賃金の締切りと支払の時期が書かれているか | 支払日は書くが締切日が抜ける |
昇給の扱いが書かれているか | 書面義務がないことを理由に触れない |
固定残業代が3つに分かれているか | 手当の時間数と額、超過分の追加支給が抜ける |
試用期間中の賃金が別なら両方あるか | 本採用後の金額だけを書く |
求人票から変わった箇所が分かるか | 変更明示をせず、新しい条件だけを渡す |
最後の1行が抜けやすいところです。
賃金の額そのものが正しくても、当初の明示から動いた事実が相手に見えていなければ、変更明示としては足りません。
内定を出した後の辞退を減らす打ち手は内定辞退防止とは?辞退率15.0%の実態と対策で別に扱っています。