求人票に離職率を載せるかどうかは、採用担当者が一度は立ち止まるところです。
数字が良ければ強い材料になります。悪ければ書かないほうがよい気もします。そもそも書く義務があるのか、書いた数字に責任は生じるのか。ここがはっきりしないまま、なんとなく書かない選択をしている会社は少なくありません。
この記事は、その迷いを2つの問いに分けて答えます。載せる義務はあるのか。載せるなら何を添えるのか。判断の材料は法令の条文と、厚生労働省が毎年公表している集計から取ります。
対象にするのは、経験者を対象にした中途採用の求人票です。求人票そのものの記載事項は求人票とは?記載事項と食い違いを防ぐ書き方、離職率の計算式は離職率とは?令和7年は13.7%、3指標で読む方法で扱っているので、ここでは繰り返しません。
求人票への離職率の記載は、法律上の義務ではない
結論から書くと、求人票に離職率を載せる義務はありません。法定の明示事項に含まれていないからです。
根拠は職業安定法第五条の三です。第一項は、労働者の募集を行う者などに対し「その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定めます。
ここでいう「その他の労働条件」の中身は、同条第四項を受けて職業安定法施行規則第四条の二第三項が列挙しています(出所:職業安定法および同法施行規則・e-Gov法令検索・令和8年4月1日施行版)。
施行規則が列挙する明示事項は11項目である
# | 明示しなければならない事項 |
|---|
1 | 従事すべき業務の内容(変更の範囲を含む) |
2 | 労働契約の期間 |
3 | 試みの使用期間 |
4 | 有期労働契約を更新する場合の基準 |
5 | 就業の場所(変更の範囲を含む) |
6 | 始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日 |
7 | 賃金の額 |
8 | 健康保険・厚生年金・労災保険・雇用保険の適用 |
9 | 雇用しようとする者の氏名または名称 |
10 | 派遣労働者として雇用しようとする旨 |
11 | 就業の場所における受動喫煙を防止するための措置 |
出所:職業安定法施行規則第四条の二第三項(e-Gov法令検索・令和8年4月1日施行版)。
この11項目に、離職率も定着率も平均勤続年数も入っていません。したがって、載せるかどうかは会社が決めてよい任意の項目です。中途採用の求人票については、書かなかったことを理由に行政から指導を受けることもありません。
逆に言えば、載せない判断にも説明は要りません。「同業他社が書いているから書かなければならない」という制度上の圧力は、中途採用の求人票には存在しないということです。
任意で書いた数字も、提示した条件として扱われる
義務ではないことと、書いても責任が生じないことは別です。ここが判断の分かれ目になります。
職業安定法第六十五条は、同条各号に当たる違反行為をした者を「六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する」と定めています。その第九号が「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を提示して、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供若しくは労働者の供給を行い、又はこれらに従事したとき」、第十号が「虚偽の条件を提示して、公共職業安定所又は職業紹介を行う者に求人の申込みを行つたとき」です(出所:職業安定法第六十五条・e-Gov法令検索・令和8年4月1日施行版)。
条文は「明示義務のある事項について虚偽があったとき」とは限定していません。募集にあたって提示した条件が対象です。任意で書き足した離職率も、募集の場に出した以上は提示した条件の一部になります。
実務で問題になるのは、嘘よりも定義のずれである
とはいえ、意図的に嘘の数字を書く会社はまれです。実務で起きるのは、そこまで極端ではない食い違いのほうです。
たとえば正社員だけで計算した離職率を、全従業員の数字として見えるように書く。3年前の好調な年度の数字を、いつのものか書かずに置いたままにする。定年退職と契約満了を除いた数字を、単に「離職率」と表示する。どれも計算そのものは正しいのに、読み手が受け取る意味とはずれています。
このずれが、次に見る申出の中身につながっていきます。
食い違いの申出が集中しているのは賃金と労働時間
では実際に、求人票のどこが問題になっているのか。厚生労働省がハローワークで受け付けた申出の集計を見ると、輪郭がはっきりします。
令和6年度の申出・苦情等は全国計3,297件でした(令和5年度は3,761件)。内容別の内訳は次のとおりです。
申出等の内容(主なもの) | 令和6年度の件数 |
|---|
賃金に関すること | 929件 |
就業時間に関すること | 661件 |
職種・仕事の内容に関すること | 591件 |
選考方法・応募書類に関すること | 470件 |
休日に関すること | 320件 |
雇用形態に関すること | 274件 |
就業場所に関すること | 207件 |
雇用期間に関すること | 201件 |
社会保険・労働保険に関すること | 152件 |
出所:厚生労働省「令和6年度 ハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数」(令和6年度分)。
この集計は、1件の申出等が複数の内容や要因を含む場合、それぞれの内訳に計上する方式です。
内容別に並ぶ9項目のうち、賃金・就業時間・職種・休日・就業場所・雇用期間・社会保険は、先ほどの明示事項11項目と重なります。一方で選考方法・応募書類と雇用形態は、明示事項の列挙の外にあります。どちらの表にも離職率という項目はありません。つまり、離職率の記載が現時点でトラブルの中心になっているわけではないのです。
申出の要因は「実際と異なる」と「説明不足」に割れている
同じ集計は、申出が起きた要因も分けています。求人票の内容が実際と異なるものが1,478件、求人者の説明不足が932件、言い分が異なる等により要因を特定できないものが373件、求職者の誤解が364件、ハローワークの説明不足が59件でした(出所:同上)。
注目すべきは、求人者の説明不足932件と求職者の誤解364件です。求人票の記載そのものが誤っていたわけではなく、伝わり方が原因で申出に至った例がこれだけ挙がっています。
離職率は明示義務の外にある数字ですから、読み手が定義を補って解釈する余地がその分だけ大きくなります。書くと決めたなら、この「伝わり方」の側に手当てが要るということです。
載せるかどうかは、3つの問いで決まる
判断の材料は出そろいました。義務ではない、しかし書けば提示した条件になる、そして誤解が申出の主要因のひとつである。この3つを踏まえると、載せるかどうかは次の問いに答えられるかで決まります。
問い1 その数字を公的統計と並べて説明できるか
求職者は、示された数字が高いのか低いのかを外の基準と比べます。比較の土台になるのは雇用動向調査です。令和7年の産業計の離職率は13.7%、情報通信業は10.4%でした(出所:厚生労働省『令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況』・2026年8月31日公表)。
自社の数字がこの水準より高いなら、書いた瞬間に説明を求められます。低いなら強い材料になります。境目にあるなら、数字だけを置いても判断材料にはなりません。
問い2 来年も同じ定義で出せるか
離職率は、母集団が小さいほど1人の退職で大きく振れます。従業員30人の会社なら、1人辞めるだけで3ポイント以上動きます。
今年8%と書いて、翌年に14%と書き直すことになるなら、載せないほうが誠実です。単年で見せるのではなく、3年分を並べて出せるかを先に確かめておきます。
問い3 その水準になっている理由を1行で説明できるか
数字は理由とセットでなければ材料になりません。低いなら何をしてきたのか、高いなら何が起きていて今どう手を打っているのか。ここが書けないなら、独り歩きするのは数字だけです。
3つとも答えられるなら載せる価値があります。ひとつでも詰まるなら、求人票ではなく面接の場で説明したほうが伝わるはずです。自社が今どの段階にいるのかを外形的に確かめたい場合は、エンジニア採用力チェックで現在地を点検できます。
載せるなら、数字に4つの情報を添える
載せると決めた場合、書くべきは数字だけではありません。次の4つを添えて初めて、読み手が意味を確定できます。
誰を数えたのか(対象)
同じ会社でも、誰を数えるかで結果は大きく変わります。令和7年の離職率は、一般労働者が11.4%、パートタイム労働者が19.9%でした(出所:厚生労働省『令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況』・2026年8月31日公表)。情報通信業ではその差がさらに開き、一般労働者10.0%に対してパートタイム労働者は21.9%です。
自社の求人票が正社員の募集なら、正社員だけで計算した数字を出し、そのことを書きます。全社の平均値をそのまま置くと、募集している働き方の実態から離れた数字になります。
いつからいつまでを数えたのか(期間)
始点と終点を「2025年1月1日から12月31日まで」の形で書き添えてください。年度なのか暦年なのかも、読み手にはわかりません。
何で割ったのか(分母)
雇用動向調査の定義では、離職率は離職者数を1月1日現在の常用労働者数で割ります。自社が別の取り方をしているなら、その旨も添えてください。分母の置き方で数字がどう動くかは離職率とは?令和7年は13.7%、3指標で読む方法で整理しています。
何を離職に数えたのか(離職の種類)
定年退職、契約期間の満了、会社都合の離職を含むかどうかで、印象はかなり変わるはずです。除いているなら、除いていると書きます。
書き方の例
| 記載例 |
|---|
情報が足りない例 | 離職率8% |
添えた例 | 離職率8.2%(正社員・2025年1月1日から12月31日・期初在籍者を分母・定年退職と契約満了を除く) |
添えた例は文字数が増えますが、読み手が自分で意味を確定できるのが利点です。数字の大小より、定義が書いてあること自体が誠実さの信号になります。
なお、残った人の側から示す選択肢もあります。その場合の注意点は定着率とは?計算式と100−離職率が使えない理由にまとめました。
人材紹介会社の公表義務とは別の話である
最後に、混同されやすい制度に触れておきます。
職業安定法第三十二条の十六第三項は、有料職業紹介事業者に情報提供を義務づけています。対象は、紹介により就職した者の数、そのうち期間の定めのない労働契約を締結した者で離職した者の数、手数料に関する事項などです(出所:職業安定法第三十二条の十六・e-Gov法令検索・令和8年4月1日施行版)。この情報は厚生労働省の人材サービス総合サイトで公開されます。
義務を負うのは人材紹介会社であって、求人を出す会社ではありません。数えているのも、その紹介会社を経由して入社した人が半年以内に辞めたかどうかであって、求人企業全体の離職率ではありません。
「人材紹介会社の離職率が公表されている」という話を聞いて、自社の求人票にも公表義務があると受け取ってしまうと、判断を誤ります。中途採用の求人を出す会社の側に、離職率を求人票へ載せる義務はありません。
判断の要点は3つに絞れる
求人票への離職率の記載について、この記事で示したことは3つです。
第一に、記載は義務ではありません。職業安定法施行規則第四条の二第三項が列挙する明示事項11項目に、離職率は含まれていません。
第二に、任意で書いた数字も提示した条件として扱われます。職業安定法第六十五条は虚偽の広告と虚偽の条件提示に罰則を置いており、その対象は明示義務のある事項に限られていません。
第三に、書くなら対象・期間・分母・離職の種類の4つを添えます。ハローワークの申出の要因では、記載の誤りではない側に求人者の説明不足932件と求職者の誤解364件が挙がっていました。任意記載の数字ほど、この手当てが要ります。
義務がないからこそ、書くと決めたときの書き方が会社の姿勢として読まれます。求人票で離職率を扱う目的は、数字を良く見せることではなく、読み手が自分で判断できる形にすることです。