スカウトを送るとき、年収欄に入れる数字を誰がどう決めているか。社内で説明できる状態になっている会社は多くありません。
求人票の年収レンジをそのまま流用するか、現場が「このくらいなら」と口頭で出した数字を置くか。どちらも根拠が社外にないので、返信が来なくても原因の切り分けができません。
この記事では、スカウトの提示年収を決めるための材料を3つそろえます。転職した人の賃金が実際にどれだけ動いているか、年齢ごとに水準がいくらか、そしてその2つから提示レンジをどう組むか。数値はすべて厚生労働省の統計から取りました。中途採用の実務を想定しています。
提示年収は現年収に上げ幅を足して決める
スカウトの提示年収は、候補者の現年収を起点に上げ幅を足す形で決まります。求人票のレンジは母集団を広く取るための枠であって、個別のスカウトで出す数字ではありません。
この順序が要るのは、候補者側の判断が相対評価だからです。いま受け取っている金額より上かどうかで、返信するかを最初に切り分けます。絶対額としての水準は、その次に見られます。
では上げ幅はどこまで見ればよいのか。ここが社内の合意で止まりやすい場所です。
手がかりになるのは、実際に転職した人の賃金がどう動いたかの統計です。国が毎年測っており、年齢階級別と雇用形態別の内訳まで公開されています。
転職者の4割が賃金を増やし、大半は1割以上の増加
厚生労働省の調査では、転職して入職した人のうち前職より賃金が増えた人は約4割です。そして増えた人の内訳を見ると、1割未満の小幅な増加より、1割以上の増加のほうが多くなっています。
令和7年(2025年)上半期の内訳は次のとおりです。
前職の賃金と比べた変化 | 割合 |
|---|
1割以上の増加 | 26.7% |
1割未満の増加 | 12.7% |
増加(計) | 39.4% |
変わらない | 25.5% |
1割未満の減少 | 9.5% |
1割以上の減少 | 22.0% |
減少(計) | 31.5% |
出所:厚生労働省「令和7年上半期雇用動向調査結果の概況」表5(令和7年12月23日公表・2025年1〜6月)。
計は賃金変動状況が不詳の人を含むため、増加・変わらない・減少を足しても100%にはなりません。
ここから読み取れることが2つあります。
1つは、増加が減少を7.9ポイント上回っていること。転職市場全体としては、賃金が上がる方向に動いています。
もう1つは、増加した人の中身です。増加39.4%のうち26.7%が1割以上の増加で、増加した人の3分の2を超えます。つまり賃金が上がる転職は、数万円の微増ではなく1割単位で動いていることが多いという意味です。
この構造が、提示年収を決めるときの最初の目安になります。現年収に対して1割に届かない提示は、統計上の「増加」の中でも少数派の側に入ります。
増加が減少を上回るようになったのは、この数年のことである
この水準は昔からのものではありません。10年前は、賃金が減る転職のほうが多い状態でした。
時点 | 増加 | 減少 | 原典の記述 |
|---|
平成28年(2016年)上半期 | 34.6% | 35.4% | 減少が増加を0.8ポイント上回る |
令和3年(2021年)上半期 | 34.2% | 36.6% | 減少が増加を2.4ポイント上回る |
令和6年(2024年)上半期 | 40.0% | 28.9% | 増加が減少を11.1ポイント上回る |
令和7年(2025年)上半期 | 39.4% | 31.5% | 増加が減少を7.9ポイント上回る |
出所:厚生労働省の各年の雇用動向調査結果の概要・概況(平成28年上半期は表6、令和3年上半期は表8、令和6年・令和7年上半期は令和7年上半期の表5)。
2021年上半期の時点でも、減少が増加を2.4ポイント上回っていました。関係が入れ替わったのは2022年上半期で、そのときの差は0.8ポイントです。はっきり開いたのは2023年上半期の5.4ポイントからでした。
社内に「転職で年収が下がる人も多い」という前提が残っているなら、それは2021年頃までの市場の姿です。いま同じ前提で提示額を組むと、市場の実勢より低い側に寄ります。
正社員どうしの移動では上げ幅がさらに出る
全体の数字には、パートタイムからの移動や有期雇用への移動も混ざったままです。正社員の中途採用でスカウトを送るなら、同じ条件どうしの移動だけを抜き出したほうが実態に近くなります。
移動の型(令和7年上半期) | 増加 | うち1割以上の増加 | 減少 | 増加-減少 |
|---|
一般労働者 → 一般労働者 | 40.5% | 28.0% | 31.7% | 8.8ポイント |
うち雇用期間の定めなし → 定めなし | 43.6% | 28.9% | 28.1% | 15.5ポイント |
パートタイム → パートタイム | 36.1% | 19.0% | 22.6% | 13.5ポイント |
出所:厚生労働省「令和7年上半期雇用動向調査結果の概況」表6。
雇用期間の定めのない一般労働者どうしの移動、つまり正社員から正社員への転職では、増加が43.6%まで上がります。増加と減少の差も15.5ポイントで、全体の7.9ポイントの2倍近くです。
年計でも傾向は同じで、令和6年の同じ区分は増加42.0%・減少25.7%、差は16.3ポイントでした。
正社員の中途採用で使う目安としては、全体の39.4%ではなくこちらの43.6%を見るほうが正確です。おおよそ2人に1人弱が賃金を上げて移っており、そのうち3分の2近くが1割以上の上げ幅で動いています。
年齢階級によって上げ幅の相場は変わる
一律の上げ幅を全候補者に当てるやり方は、年齢が上がるほど実態から外れます。賃金が増える割合は40代のあいだは高い水準で続き、50代に入ると大きく下がるためです。
年齢階級(令和7年上半期) | 増加 | うち1割以上の増加 | 変わらない | 減少 |
|---|
25〜29歳 | 45.9% | 32.5% | 25.1% | 27.2% |
30〜34歳 | 47.0% | 28.5% | 21.4% | 29.5% |
35〜39歳 | 43.2% | 32.8% | 24.5% | 25.2% |
40〜44歳 | 47.7% | 30.2% | 26.0% | 23.5% |
45〜49歳 | 41.1% | 28.4% | 29.9% | 28.1% |
50〜54歳 | 26.5% | 16.1% | 27.1% | 44.7% |
出所:厚生労働省「令和7年上半期雇用動向調査結果の概況」表5。
20代後半から40代までは、増加が4割台前半から後半で安定しています。1割以上の増加も3割前後で推移し、年齢による差はそれほど大きくありません。
変化が出るのは50代です。50〜54歳では増加が26.5%まで落ち、減少が44.7%で逆転します。1割以上の増加も16.1%どまりです。
ただし年齢が1つの区分で切れているぶん、振れも出ます。令和6年(2024年)1年間で見ると50〜54歳の増加は39.0%で、上半期だけを見た2025年の26.5%より高い水準でした。単年の上半期の数字だけで方針を固めず、年計とあわせて見てください。
実務への落とし方はこうなります。40代までは1割以上の上げ幅を標準の設計に置き、50代前半から先は横ばいから小幅増を基準にして、上げ幅ではなく役割や裁量で訴求を組み立てます。
水準の実額は賃金構造基本統計調査で確かめる
上げ幅が決まっても、自社の水準が市場のどのあたりにあるかがわからなければ、レンジの置き場所は決まりません。年齢階級ごとの賃金の実額は、国の統計で毎年公表されています。
年齢階級(男女計) | 所定内給与額(月額) | 対前年増減率 |
|---|
20〜24歳 | 242,800円 | +4.4% |
25〜29歳 | 279,400円 | +4.6% |
30〜34歳 | 312,300円 | +4.3% |
35〜39歳 | 340,600円 | +3.6% |
40〜44歳 | 364,300円 | +3.7% |
45〜49歳 | 377,900円 | +1.4% |
50〜54歳 | 388,800円 | +2.2% |
出所:厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査 結果の概況」第2表(令和8年3月24日公表・2025年6月分)。
一般労働者全体の平均は340,600円で、前年比3.1%増でした。平均年齢は44.4歳、平均勤続年数は12.7年です。
この数字をそのまま12倍しても年収にはならない
ここで注意が要ります。この調査の「賃金」は、6月分として支払われた所定内給与額の平均値です。賞与も時間外手当も含みません。
したがって340,600円を12倍した約409万円は、この統計が示す年収ではありません。賞与のある会社なら実際の年収はこれを上回り、みなし残業を含む提示額とも土台が違います。
使い方は水準そのものではなく、年齢階級ごとの相対差を見ることです。25〜29歳の279,400円を起点にすると、35〜39歳は340,600円で約1.22倍、45〜49歳は377,900円で約1.35倍になります。この傾きが、社内の等級設計とずれていないかを確かめる材料になります。
もう1つ見ておきたいのが対前年増減率です。20代後半から30代前半は4%台で上がっているのに対し、45〜49歳は1.4%にとどまります。若手側の水準が速く動いているので、去年つくった提示レンジを今年そのまま使うと、若い層ほど実勢から離れます。
なお男女計の数字を使ったのは、社内の等級設計と突き合わせる用途だからです。男性は55〜59歳の445,600円がピークで、女性は45〜49歳と55〜59歳の305,700円が最高値と、賃金カーブの形が異なります。
提示レンジは3つの数字から組む
ここまでの材料を、実際のレンジに落とします。使う数字は3つです。
下限は、候補者の推定現年収と同額に置きません。統計では「変わらない」が25.5%あり、この層は転職の理由を賃金以外に持っています。賃金を動機にスカウトを送るなら、下限は現年収を上回る位置からが前提です。
中央値には、現年収の1割増を置きます。正社員どうしの移動で1割以上の増加が28.9%あり、増加した人の中では最も厚い層だからです。
上限は、社内の同等級の上限から決めます。市場の実勢ではなく、既存社員との整合で切るのが原則です。ここを市場側に寄せると、入社後の賃金の逆転が起きます。
3つを置いたあとに確かめることが1つあります。組んだレンジの幅が、統計の年齢階級間の傾きと逆を向いていないかです。統計は月額なので年収レンジの下限とそのまま比べられませんが、「35〜39歳より45〜49歳を低く置いている」のような傾きの反転は、月額のままでも見つかります。
レンジの幅は、広げるほど母集団が増えるかわりに候補者側の読み取りが曖昧になります。候補者が最初に見るのは下限側です。幅が200万円を超えるなら、求人を2つに分けて送り分けるほうが下限を高く示せます。
提示レンジを組む前に、自社が市場のどのあたりにいるのかを把握しておくと判断が速くなります。エンジニア採用力チェックは、待遇を含む採用要件の設計状況を24項目で点検する診断です。
スカウト文面での年収の書き方
決めたレンジを文面にどう出すかで、返信の質が変わります。
金額を出さない選択は避けてください。候補者は複数のスカウトを並行して受け取っており、条件が読み取れないものから外していきます。
書き方の型は3つあります。
- レンジで示す(例:600万円〜850万円)。最も一般的で、幅の広さがそのまま曖昧さになります
- 下限を保証する形で示す(例:現年収を下回らない水準から)。現年収が非公開の候補者に届きやすい書き方です
- モデル年収を条件つきで示す(例:入社4年目・マネージャー相当で900万円)。水準の根拠が伝わりますが、その等級に届かない候補者には読み替えが要ります
どの型でも、金額と等級・役割の対応を1行添えてください。金額だけが並ぶと、候補者は自分がどの位置に当たるかを判断できません。
注意が要るのは、ここで示した金額が後工程を縛る点です。スカウトや求人で示した条件を内定の段階で変えるときは、別に手続きが必要になります。賃金の明示として何をどこまで書くかは内定通知書の給与の書き方と必須項目、求人票との差で扱っています。
スカウトの送付や文面設計そのものを外部に委託する場合の料金の考え方はスカウト代行おすすめ10社比較、承諾率2.4倍の料金相場と選び方にまとめました。
提示年収が届かないときに動かす3つの変数
レンジを組んだ結果、市場の実勢に届かないことがあります。予算の上限は簡単には動きません。そのときに検討できる変数は3つです。
1つ目は対象の年齢階級を変えることです。50〜54歳では増加が26.5%まで下がり、減少が44.7%と逆転します(年計では39.0%なので、前節のとおり振れは大きめに見ておいてください)。それでも、横ばいの提示で動く余地が残る層ではあります。予算が動かせないなら、対象側を動かします。
2つ目は賃金以外の離職理由に当てることです。厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」表5によると、転職入職者が前職を辞めた理由のうち「給料等収入が少なかった」は男性10.1%、女性8.3%でした。金額は理由の一部であって全部ではありません。
ただし前年からの動きは見ておく必要があります。男性の同項目は令和5年の8.2%から1.9ポイント上昇しました。賃金を理由に動く人の比率は上がっています。
3つ目は母集団の取り方を見直すことです。スカウトの提示条件で勝てない相手を追い続けるより、条件が噛み合う層に配分を移すほうが早く進みます。設計の全体像はダイレクトリクルーティングとは?採用単価140万円減の仕組みと成功事例にまとめました。
提示年収を決める手順の整理
スカウトの提示年収は、求人票のレンジの流用でも現場の感覚でもなく、現年収に上げ幅を足す形で組み立てます。
上げ幅の目安になるのは、正社員どうしの転職で賃金が増えた人が43.6%、そのうち1割以上の増加が28.9%という実勢です。40代まではこの水準が続き、50代前半で反転します。
年齢階級ごとの実額は賃金構造基本統計調査から確かめられますが、この統計の賃金は6月分の所定内給与額で、賞与も時間外手当も含みません。12倍しても年収にはならない点だけ、社内で共有しておいてください。
提示レンジは下限・中央値・上限の3点で組み、下限は現年収と同額に置かず、上限は社内の等級で切ります。市場の実勢に届かないときは、対象の年齢階級・賃金以外の訴求・母集団の取り方の3つを順に見直します。