研修の内製化を考え始めると、メリットとデメリットの一覧はすぐに見つかります。けれど、実際に人事が決めなければならないのは、どの研修を社内に移すか、誰に教えさせるか、費用の出方がどう変わるかの3つです。
この3つには、公的な物差しがあります。厚生労働省が毎年行う能力開発基本調査と、研修の費用を助成する人材開発支援助成金の要件です。助成金の要件は、社内の誰が講師になれるか、内製した研修のどの費用が助成されるかまで定めている。
外部の研修会社に見積もりを頼む前に、この2つで内製の範囲を絞っておくと、社内講師に頼む研修と外に出す研修の線がはっきりします。
研修の内製化は、自社で企画・主催する形への切り替え
研修の内製化とは、研修会社に企画から運営まで任せていた社員研修を、自社が企画し主催する研修に切り替えることです。講師まで社員が務める形が典型ですが、講師だけ外部から招く形も、本稿では内製の一種に数える。
本稿のこの整理は、厚生労働省の人材開発支援助成金の区分を借りている。同助成金では、申請する事業主が自ら主催し、事業内で集合形式で行う訓練が「事業内訓練」、教育訓練機関が企画し主催する訓練が「事業外訓練」です。部外講師を使ったり、社外の会場で開いたりしても、自社が企画し主催していれば事業内訓練に当たります。
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版(令和8年8月3日版)。
本稿では、講師が社員かどうかではなく、誰が中身を決めて主催するかで内製かどうかを分ける。この区分を使うと、研修の形は次の3つに整理できます。
研修の形 | 企画・主催 | 講師 | 助成金での区分 |
|---|
完全な内製 | 自社 | 社員(部内講師) | 事業内訓練 |
講師だけ外部 | 自社 | 社外の講師(部外講師) | 事業内訓練 |
外部委託(公開講座・研修会社の講座) | 研修会社などの教育訓練機関 | 研修会社の講師 | 事業外訓練 |
なお、システム開発を社内で担う意味の内製化は、別の記事「内製化とは?完全内製4.5%と工程別の進め方」で扱っています。本稿が扱うのは社員研修の内製化です。
正社員にOFF-JTを行った事業所の76.4%が自社で開催
職場を離れて行う研修(OFF-JT)では、自社で開く研修がすでに主流です。厚生労働省の令和7年度能力開発基本調査で、正社員にOFF-JTを行った事業所が使った実施機関は、自社が76.4%で最も多く、民間教育訓練機関が41.4%でした(複数回答)。
前年の令和6年度調査では、正社員の自社が75.2%、民間教育訓練機関が42.0%でした。自社で開く割合は1.2ポイント上がっています。
実施機関(複数回答) | 正社員 | 正社員以外 |
|---|
自社 | 76.4% | 83.3% |
民間教育訓練機関(研修会社・セミナー等) | 41.4% | 18.7% |
親会社・グループ会社 | 25.7% | 20.0% |
職業能力開発協会・公益法人・業界団体 | 18.6% | 10.1% |
出所:厚生労働省『令和7年度 能力開発基本調査』調査結果の概要 図28(令和7年10月1日時点)。
複数回答なので、自社で開きながら一部を研修会社に出している事業所が多いと読めます。内製化は全部を社内に移すか否かの二択ではなく、どの研修を社内に残すかの配分の問題です。
実施した研修の中身は、新人と中堅の階層別研修が上位
同じ調査で、実施したOFF-JTの内容は「新規採用者など初任層を対象とする研修」が75.7%で最も多い結果でした。「新たに中堅社員となった者を対象とする研修」が49.3%、「マネジメント(管理・監督能力を高める内容など)」が46.9%で続きます。
調査は常用労働者30人以上の事業所が対象で、事業所調査は7,194事業所に配り、有効回答率は54.2%です。調査の概要は厚生労働省の報道発表(令和8年7月31日)に載っています。
階層別の研修は毎年同じ時期に繰り返し開くため、社内で教材を持つと2年目以降の準備が軽くなる。内製の候補に最初に挙がりやすいのはこの層です。
内製化のメリットは、自社の仕事に寄せた中身にできること
研修を内製化する一番のメリットは、自社の業務・制度・顧客の事情に合わせた中身にできることです。研修会社の講座は多くの企業に共通する内容で組まれるため、受講者が自社の仕事に置き換える手間が残ります。
受講する側も、自社の仕事に直結する中身を求めている。令和7年度能力開発基本調査の個人調査では、OFF-JTを受講するうえで会社に求めることがあると答えた正社員が80.1%でした。
その内訳は「職務の遂行に必要なスキル・知識等に関する情報提供」が64.3%、「OFF-JTを通じて身に付けることができるスキル・知識等の提示」が42.6%、「受講者の意向や課題に応じて個別最適化された研修内容」が33.0%です(図75・図76)。社内講師なら、自社の過去の案件や失敗例を教材にでき、受講者ごとの課題にも合わせやすくなります。
ほかに挙がるメリットは次のとおりです。
- 研修を開くたびに払う外部への費用が減り、開く回数が多い研修ほど差が大きくなる
- 研修の設計と教え方のノウハウが社内に残る
- 講師を務める社員が、教えるために自分の知識を整理し直す機会になる
- 日程や対象者を、その時々の課題に合わせて組み替えやすい
内製化のデメリットは、教える人と準備の時間が要ること
研修を内製化する最大のデメリットは、教える人と準備の時間を社内で確保しなければならないことです。外部に任せていた企画・教材作り・講師・運営を、すべて自社の人員でまかなうことになります。
この壁は統計にもそのまま出ている。令和7年度能力開発基本調査で、人材育成に関する問題点(複数回答)の1位は「指導する人材が不足している」の59.5%でした。ほかに「人材育成を行う時間がない」が45.5%、「人材育成の方法がわからない」が10.0%でした(図36から抜粋)。
ほかにも、次の点に注意が要ります。
- 講師役の社員の工数は外部への支払いとして表に出ないため、費用が下がったように見えやすい
- 社内の知見だけで組むと、法令改正や新しい技術など外部の動向が入りにくい
- 教えることに慣れていない社員が講師になると、研修の質がばらつく
講師役の時間は、本来の業務から差し引かれる。内製化の費用は、外部への支払いが減った額ではなく、講師と事務局の時間を足して見積もるのが実態に合います。
社員講師の公的な目安は、実務経験10年以上など3通り
社員を講師に立てるときの公的な目安として、人材開発支援助成金の講師要件があります。事業内訓練で助成を受けるには講師が要件を満たしている必要があり、社員の講師(部内講師)は次のいずれかに当たることが求められる。
部内講師の要件(いずれか1つ) | 中身 |
|---|
職業訓練指導員免許 | 研修の内容に直接関係する職種の免許を持つ |
1級の技能検定 | 研修の内容に直接関係する職種の1級に合格している |
実務経験10年以上 | 研修の科目・職種について専門的な知識・技能を持ち、その分野の職務の実務経験が10年以上ある(講師経験は含まない) |
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版(令和8年8月3日版)。
部内講師は、申請事業主の役員等または申請事業主に雇用されている者を指します。社外の講師(部外講師)は、この3つに加えて、公共職業能力開発施設や大学などに所属する指導員、その分野で指導員・講師の経験が3年以上ある者も要件に当たる。講師経験で要件を満たせるのは、社外の講師だけです。
助成金を使わない研修なら、この要件に縛られることはありません。それでも、誰に教えさせるかを決める目安として役に立つ。専門的な技能を教える研修では、その分野で10年以上の実務経験がある社員がいるかどうかが、内製できるかどうかの最初の分かれ目になります。
教える人がいない分野は、経験者の採用と並べて考える
社内にその分野の経験者が1人もいない研修は、内製化の前に、教えられる人を外から迎えるかどうかを決める必要があります。研修だけで最初の担い手を育てようとしても、教える人も、受講後に相談できる人もいないからです。
部内講師の要件にある実務経験10年以上は、中途採用で迎える経験者が満たしていることもある条件です。たとえばシステム開発やデータ活用の研修を内製したいなら、開発の経験が長いエンジニアを採用し、その人が社内講師を兼ねる形が考えられる。教え手の不足が人材育成の問題点の1位である以上、採用は内製化の計画と一緒に検討する価値があります。
エンジニアの採用を検討するなら、まず候補者から自社がどう見えているかを確かめておくと、採用の打ち手を選びやすくなります。エンジニア採用力チェックは、企業のURLを入力すると公開情報を5指標24項目で採点し、原則1営業日以内にレポートが届くサービスです。
内製研修の助成対象の費用は、講師が社外か社内かで変わる
内製した研修(事業内訓練)でも人材開発支援助成金の対象になりますが、助成される費用は外部の講座を受ける場合と違います。対象の経費に入る講師の謝金は社外の講師に払う分で、社員に払う講師の謝金は経費助成の対象になりません。
同じ案内で、事業内訓練の対象経費と、対象にならない経費は次のように分かれている。
区分 | 主な項目 |
|---|
対象になる経費 | 部外講師への謝金・手当(1時間1万5千円が上限・消費税込み)、部外講師の旅費、会場・設備の借上費、教科書・教材の購入費または作成費、大学等に委託した訓練コースの開発費 |
対象にならない経費 | 繰り返し活用できる教材(パソコンソフトウェア・学習ビデオなど)、eラーニングまたは通信制による訓練の経費、申請事業主と密接な関係にある者(申請事業主が雇用する者を含む)が部外講師となる場合の謝金・旅費 |
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版(令和8年8月3日版)。
内製化でつまずきやすいのは、動画にして繰り返し使う形です。事業内訓練が助成されるのは、通学制と同時双方向型の通信訓練(ライブのオンライン研修)に限られる。社内で録画した研修動画を配るeラーニング型の研修は、事業内訓練としては助成の対象になりません。
社員講師だけの研修では、受講時間への賃金助成が中心
社員講師だけで開く研修では、講師の謝金が経費助成に入らないため、受講者の受講時間に対する賃金助成が主な助成になります。人材育成訓練のOFF-JTでは、所定労働時間内の受講1人1時間あたり800円(中小企業以外は400円)が賃金助成の基本の額です。
中小企業が正社員10人に、職務に関連した専門技能の研修を社員講師で12時間、所定労働時間内に開くと仮定すると、賃金助成は800円×12時間×10人で96,000円になる(同案内の助成額をもとにOffers試算)。経費助成の対象は教材の作成費や会場の借上費など対象経費に入る分で、助成率は基本が45%です(賃金要件等を満たす場合は加算がある)。
研修の時間が10時間以上あること、職務に関連した専門的な知識・技能を習得させる訓練であることなどの要件もあります。外部の講座を受ける場合との実質負担の比べ方は「人事研修の比較|業務範囲・形式・実質負担で選ぶ」に、研修費と助成の上限の事例は「DX研修の費用は1人9万〜100万円、厚労省9事例」にまとめました。
内製と外部委託は、教える人・回数・鮮度で分ける
どの研修を内製するかは、社内に教えられる人がいるか、毎年何回開くか、中身がどれだけ早く古くなるかの3つで決めると判断がぶれません。社内に教える人がいて、何度も開き、中身が変わりにくい研修ほど内製に向きます。
判断の軸 | 内製に向く | 外部に出す方が向く |
|---|
教える人 | その分野の経験が長い社員がいる | その分野の経験者が社内にいない |
開く回数 | 新入社員研修など毎年繰り返す | 数年に1度、少人数で受ける |
中身の鮮度 | 自社の業務手順・制度・商品知識 | 法令改正・新しい技術・資格試験の対策 |
この表は、助成金の要件と調査結果をもとにした判断の目安です。たとえば新入社員研修のうち、会社の制度や業務の流れを伝える部分は内製に向く。一方、ビジネスマナーのように職種を問わない内容は、外部の公開講座でも中身が大きく変わりません。
自社固有の中身ほど、助成金の対象外に当たりやすい
費用を比べるときに見落としやすいのは、内製に向く中身の多くが、人材開発支援助成金の対象外の実施目的に挙がっていることです。同じ案内は、次のような研修を助成の対象外としています。
- 自社の経営方針・部署事業の説明
- 社内制度・組織・人事規則に関する説明
- 自社の業務で用いる機器・端末等の操作説明
- 自社製品や自社が扱う製品・サービス等の説明
- 接遇・マナー講習など、職種を問わず職業人として共通に必要なもの
出所:厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版(令和8年8月3日版)。
制度や商品知識を伝える研修は、内製しても助成なしで見積もる。助成を見込めるのは、職務に関連した専門的な知識・技能を教える研修を、部内講師の要件に当たる社員が10時間以上のライブ形式で開く場合です。
研修を内製化する手順は、研修を絞ってから講師を決める5段階
研修の内製化は、全部を一度に移すのではなく、対象の研修を1つか2つに絞ってから始めるのが確実です。次の5段階で進めます。
- 今ある研修を一覧にする:外部に払っている費用、開く回数、受講人数、講師を研修ごとに並べる
- 内製する研修を選ぶ:前の節の3つの軸で、社内に教える人がいて毎年繰り返す研修から1つか2つ選ぶ
- 講師を決めて準備の時間を確保する:助成金を使うなら部内講師の要件に当たる社員を選び、教材作りと練習の時間を業務の計画に入れる
- 教材と実施方法を決める:助成を使うなら10時間以上・ライブ形式で組み、録画は補助教材にとどめる。助成金の計画届は訓練開始日の6か月前から1か月前までに出す
- 受講後に成果を測る:理解度テストだけでなく、受講後に任せる業務と評価の基準を先に決め、職場での変化で確かめる
研修の効果を人数や到達度で示す考え方は、上場企業の開示をもとに「研修の事例は人数で測る、金融庁が選んだ上場7社の開示」で整理している。手順の5段階目を設計するときの参考になります。
研修の内製化は、主催・講師・助成の3点で範囲を決める
研修の内製化とは、外部に任せていた社員研修を自社が企画・主催する形に移すことで、講師だけ外部から招く形も含みます。厚生労働省の令和7年度能力開発基本調査では、正社員にOFF-JTを行った事業所の76.4%が自社で研修を開いている。
内製する範囲は、教えられる社員がいるか、毎年繰り返す研修か、中身が古くなりにくいかで絞ります。助成金を使うなら、講師は部内講師の要件(職業訓練指導員免許・1級の技能検定・実務経験10年以上のいずれか)に当たる社員から選ぶ。
社員講師だけで開く研修では、講師の謝金は助成の対象経費に入らず、録画を配るeラーニング型も事業内訓練としては対象外です。自社の制度や商品の説明も助成の対象外の実施目的に挙がっています。助成を前提にするなら、専門的な知識・技能の研修をライブで開き、受講時間への賃金助成を見込んで費用を比べてください。