「人は増やせないが、業務は増え続ける」。多くの人事組織が、採用難易度の上昇と目標人数の増加の板挟みになっています。
その解決策としてAIに期待が集まる一方、現場からは「忙しくて触る余裕がない」「何ができるか分からない」という抵抗の声も上がります。AIは、ただ導入するだけでは定着しません。
本記事は、2026年6月11日に開催したウェビナー「AI活用で採用工数を月200時間削減した組織改革」のレポートです。株式会社kubell ピープルDiv 副ディビジョン長の澤井翔輝氏と、株式会社overflow 代表取締役CEOの鈴木裕斗が登壇しました。
非開発職の人事組織でAI活用を進める5ステップから、GASによる自動化の実例、全社展開の仕組みまで。明日から実践できる組織改革の要点をお届けします。
なぜ人事組織にAI活用が必要なのか──「ツールより設計」という出発点
――鈴木:まず澤井さんが人事に就任された頃の状況から伺えますか。
澤井様:はい。採用難易度はどんどん上がり、会社の成長に合わせて採用目標人数も増え続けます。一方で採用はプロフェッショナルな仕事で、人を簡単に増やせません。
kubellでは2023年から25年で、リクルーター1名あたりの年間採用人数が10名から30名へと3倍に広がりました。母集団形成から戦略設計まで複雑化し、現場が疲弊しやすい構造でした。

重要なのは、頭数として人を増やす前に、業務そのものを再設計することだと考えていました。
――鈴木:いきなり「AIを使おう」とはならなかったのですね。
澤井様:そうなんです。現場は「忙しいのにジェミニと言われても、何ができるか分からないし触りたくない」という抵抗が正直ありました。
なので、まずは業務の可視化から始めよう、ツールを導入するだけでなく組織自体を作っていこう、というのが最初の気づきでした。
AI導入の成否を分けるのは、GeminiかClaudeかというツールの話ではなく、業務・役割・推進体制をどう設計するかだと思っています。
AI活用を進める5ステップ──可視化から自律化まで
――鈴木:具体的には、どう進められたのでしょうか。
澤井様:実践は5つのステップに分解しました。ステップ1が業務の可視化、ステップ2が業務の分解と役割の再定義、ステップ3が取捨選択です。
ステップ4で初めてAI・自動化による効率化、ステップ5で現場が自律的に改善を進める状態を築きました。この順番が非常に重要です。

ステップ1の可視化では業務を全部分解しました。すると、リクルーターは面接を組むだけでなく、媒体選定やKPI設計、広報との連携まで担っていたと分かりました。
ステップ2では、リクルーター業務を「コンサルティング業務」と「オペレーション業務」に二分しました。
コンサルティングは「そもそも採用すべきか」という問いから始める企画設計、オペレーションは日程調整や内定通知書の発行などです。過去は1人が全部担っていたのを、担当を分けました。

実際に業務を一覧化すると、分岐を含めて500行ほどになりました。パス図も作り、やめるものはやめ、コンサルとオペレーションに振り分けていきました。

GeminiとGASで何を自動化したか──書類・日程調整・録画格納
――鈴木:ステップ4の自動化では、何から着手されたのですか。
澤井様:残った業務を、まずGeminiとGAS(Google Apps Script)で効率化しました。日本語で指示しながらGASを実装できるのが良かったです。

1つ目は書類作成の自動化です。内定通知書や業務委託契約書は、転記やコピーのミスが起きやすく、稼働もかかっていたので自動化しました。
2つ目は日程調整と会議室予約です。面接官ごとに「ワンオンワンを被せないで」などの要望が異なるので、そのロジックをシートにまとめ、空き時間の検索と予約をGASで実現しました。
3つ目は録画データの格納です。面接官のフォルダに入る録画を、自動で人事フォルダに格納し直し権限を整理しました。1日10件あると手作業は大変なので、地味にインパクトがありました。
――鈴木:なぜGASを選ばれたのでしょうか。
澤井様:4つ理由があります。会社契約のGoogle Workspace内で全員が安心して使えること、非エンジニアでも自然言語で作れること。
そして、エラーが出てもGeminiに貼り付ければ直してくれるのでメンテナンスコストが低いこと、多くの業務ツールの起点であるスプレッドシートと相性が良いことです。

現場が自走する仕組み──練習ツールと「責めない文化」
――鈴木:現場の方が自分で作れるようになったと伺いました。
澤井様:はい。オペレーション担当が抵抗なく使えるよう、練習用ツールを作りました。プロンプトをGeminiに貼るとGASが生成され、それを実装する手順を体験できます。

これを受けてもらうと「こんなに簡単なら自分たちもやってみよう」となり、日程調整や稟議申請ツールなど、いろんなものを自作してくださいました。
――鈴木:背景には文化もありそうですね。
澤井様:はい。kubellのバリューに「プレイフルチャレンジ」があり、ミスがあっても責めずに挑戦を賞賛します。これが大きかったです。
うまくいったのは、可視化で何をAI化すべきか明確になり、非開発職でも自動化でき、200時間の工数削減と自律的な改善文化が生まれたことです。
一方でつまずいた点もあります。1発でうまくいくことはないのでチューニングが必要でした。個人情報の管理など、致命的になりうる部分は最初からしっかり守ることも重要です。

そして、属人化させずにAI活用を組織の資産にしていくことが、最後の課題でした。
採用組織から全社へ──AI変革プロジェクト「kube-AI」
――鈴木:採用組織での成功を、全社に広げられたのですね。
澤井様:はい。全社で挑むAI変革プロジェクトを「kube-AI」と呼んでいます。AIを単なる業務ツールではなく、組織のOSとして位置づけました。
代表も最終オーナーとして加わり、各ディビジョンから人をアサインして推進しています。

変革の設計にはADKARというフレームワークを使いました。認知し、使いたいという欲求を沸かせ、知識をインプットし、能力を発揮し、定着させる、という流れです。
現状の可視化のため、開発職・非開発職をレベル5段階に分け、低いレベルを減らし高いレベルを増やす動きをしました。

施策で有効だったのが「スターターキット」です。良質なnoteやYouTubeを「これを見てから業務に挑んで」とまとめました。
加えて、推進チャットでセキュリティニュースや好事例を共有し、月次会議「くばるば」では活用事例の共有やAIツールの会社補助、活用者への報奨金も行いました。

人事は「組織OS」を設計する役割へ──人件費+AIコストで考える
――鈴木:今後、人事の役割はどう変わっていくとお考えですか。
澤井様:これは決定事項ではなく、人事責任者の1人としての論点ですが、AIを前提に「どういう人を採り、どう配置するか」を設計することが重要になります。
また、人事が人件費だけを見るのではなく、人件費+AIコストで生産性を見る視点が重要だと考えています。

先日もClaudeの新モデルが発表され、そのトークンコストがエンジニアの時給とほぼ近しいという話が出てきました。
人に投資するのかAIに投資するのか、その掛け合わせをグロスで見て、どのバランスを取るかを人事が考える。そうしてAI時代の組織OSを設計する役割を、人事組織が担っていくと考えています。

AI活用は単なるツールの導入ではありません。業務を可視化して分解し、残ったものをAIで再設計すれば、非開発職でも組織も全社も変えられるはずです。
Q&A|可視化の進め方・セキュリティ・1人でもできるAI活用
――鈴木:可視化や役割整理は「やりたいが大変」という声が多いです。どう進めればよいでしょうか。
澤井様:まずマネージャー自身が「整理とは何か」をインプットすることです。可視化し、分類し、取捨選択する。この概念理解が重要です。
次に、いきなり現場を全部見ると時間がかかるので、一般的な業務フローをAIにリスト化させて仮説を作ります。そのうえで現場に「これは誰が何をやっているか」と確認し、机上の空論にしないことです。
――鈴木:個人情報やセキュリティはどう対応されていますか。
澤井様:選考の最終判断は人間が行い、AIは社内に閉じた環境での初期スクリーニングにとどめています。
Google Workspaceは企業契約で外部に漏れない設定にし、Claudeも全社契約に切り替えて学習をオフにし、利用をモニタリングできるようにしました。さらにスキルをMDMで全社配布し、危険な操作は拒否されるようにしています。
――鈴木:採用担当が1名の場合でも、できることはありますか。
澤井様:あります。ATSのメッセージテンプレート作成や、過去の求人を読み込ませた求人作成は1人でも手頃にできます。
「面倒だな、繰り返しだな」という業務を1つずつAIに壁打ちして効率化すれば、人数が少なくても変革できます。むしろ1人だからこそ着手しやすい面もあります。
――鈴木:浸透までの期間は、見込みとズレはありましたか。
澤井様:最初は半年かかると思いましたが、目の前で楽になった瞬間に皆ポジティブになり、2ヶ月ほどで浸透しました。その後は野良アプリが増え、また概念整理をして収束させているところです。
サービス紹介・告知(kubell・Offersより)
――鈴木:最後に告知です。Offersは「AI時代の採用はOffersから」というAI RPOサービスを展開しています。AI採用・AI HRをテーマにしたカンファレンスも開催予定です。
澤井様:kubellは「働こうをもっと楽しく創造的に」というミッションを掲げています。何かの縁ですので、もしご興味があればぜひご応募ください。一緒にいい社会を作っていきましょう。
おわりに
非開発職の人事組織でも、AI活用は進められます。成否を分けるのはツールの選択ではなく、業務をどう可視化し、分解し、取捨選択するかという設計です。
可視化から自律化までの5ステップを順に踏み、残った業務をAIで再設計すれば、採用工数の大幅な削減と、現場が自走する文化が生まれます。人事は、人とAIが協働する組織のOSを設計する役割へと変わっていきます。
本セッションが、非開発職のAI活用と組織改革のヒントになれば幸いです。