DXのKPIは、DX戦略がどこまで進み、どんな成果につながったかを測る指標です。業務の自動化率や顧客数の例を並べた解説は多い一方、経営としてどの指標を必ず持つべきかの線引きは、国の指針を見ると整理しやすくなります。
経済産業省の指針は、指標を「企業価値」「効果」「進捗」の3種類に分けています。この記事は、その3種類を軸に国内企業の実態とDX人材の指標を並べ、経営者とDXを担う人事が決めておく順に置きました。
DXのKPIの定義と、経産省が示す3種類の指標
DXのKPIは、経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月改訂)が「DX戦略の達成度を測る指標」と呼ぶものです。同コードは指標として、①企業価値創造に係る指標、②DX戦略の実施で生じた効果を評価する指標、③DX戦略の計画の進捗を評価する指標の3つを挙げています。
同コードは、定量指標のほかに、達成したか否かが判断できる定性指標も指標に含めました。数字にしにくい取組でも、「いつまでに何ができたか」で判定できれば指標になります。
種類 | 何を測るか | 指標の例(Offersが作成した例示) |
|---|
①企業価値創造に係る指標 | 企業が目標設定やモニタリングに使う財務指標 | 売上高、営業利益率、デジタル事業の売上高 |
②効果を評価する指標 | DX戦略の実施で生じた効果 | 処理時間の削減、問い合わせの解決率、新サービスの利用者数 |
③進捗を評価する指標 | DX戦略に定めた計画の進み具合 | システム移行の完了率、データ基盤に載せた業務の数、人材の配置数 |
出所:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月19日改訂)をもとにOffers作成。
KGIとKPIをつなぐ考え方
デジタルガバナンス・コード3.0は、望ましい方向性として、KPIとKGI(最終財務成果指標)を連携させ、実際に財務成果をあげている状態を挙げています。①の財務指標がKGIにあたり、②と③がその手前で日々追うKPIです。
同コードは、課題ごとにKPIを用いて、目指す姿(To be)と現在の姿(As is)の差を定量的に把握することも求めました。KPIは「どれだけ進んだか」だけでなく、「目指す姿までどれだけ残っているか」を示す数字として置きます。
DX推進指標(自己診断)との違い
経済産業省が策定し、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が自己診断を受け付ける「DX推進指標」は、KPIそのものではなく、経営者や社内の関係者がDXの現状と課題の認識を合わせるための自己診断です。IPAの案内(2026年9月18日更新)では、現在のレベルと3年後に目標とするレベルを、レベル0からレベル5までの6段階で評価します。
自己診断は会社全体の成熟度を年に1度測る道具で、KPIは個々の取組の成果を月や四半期で追う道具という分担です。同じ案内も、診断は年次で続け、短い周期で確かめたい指標はマネジメントサイクルに組み込むよう勧めています。2026年9月18日からの提出方法はWebフォームです。
DXの成果指標を設定している企業は23.9%
IPA『DX動向2026』(2026年7月公表)で、DXに取り組む企業のうちDXの成果指標を「設定している」と答えた企業は23.9%でした。「設定していない」が66.3%、「わからない」が9.9%で、IPAは2024年度と大きな変化はないとしています。
回答 | 割合 |
|---|
設定している | 23.9% |
設定していない | 66.3% |
わからない | 9.9% |
出所:IPA『DX動向2026』図表2-14(2025年度調査・n=1,360)。
同じ報告書は、DXの取組成果が「わからない」とする回答も3割近くあるとしました。IPAは、成果を把握する上では成果指標の設定が重要になると述べています。DXの取組率や定義の違いは「DXとIT化・デジタル化の違い」で扱っています。
成果指標を設定しない理由
DXの成果指標を設定していない企業の理由で最も多いのは「評価指標の設定方法がわからない」の36.0%で、2024年度の28.7%から約7ポイント上がりました。IPAは、多くの企業が指標の必要性を感じながら設定できていない状況だと述べています。
理由 | 2025年度(n=898) | 2024年度(n=753) |
|---|
評価指標の設定方法がわからない | 36.0% | 28.7% |
評価指標はこれから定める | 33.4% | 35.5% |
意見が異なるなどにより評価指標を決められない | 21.0% | 17.9% |
成果を測る必要がないため指標を設定していない | 15.8% | 19.3% |
その他 | 6.8% | 3.9% |
出所:IPA『DX動向2026』図表2-16(成果指標を設定していない企業が対象)。
「設定方法がわからない」と「決められない」の2つは、指標の型と決め方の手順があれば前に進める理由です。後半の「3種類の順に置く手順」は、この2つに向けて組みました。
指標を持つ企業と持たない企業の投資対効果
IPA『DX動向2026』の図表2-20で、DXの成果指標を「設定している」企業(n=324)のうち、投資・費用を上回る投資対効果が出ているとした企業は23.4%で、「設定していない」企業(n=900)の11.5%を上回ります(割合はOffersが「大幅に上回る」と「上回る」を合算)。
投資対効果を「測定・把握できていない」とした企業は、設定している企業で13.6%、設定していない企業で24.6%でした。全体(n=1,360)で投資対効果が出ているとした企業は14.6%で、費用の水準と合わせた見方は「DX費用の相場」にまとめています。
指標を置いたから効果が出たのか、効果を測れる企業が指標を置いているのかは、この集計からは分けられません。それでも、指標が無ければ投資対効果を説明する材料が手元に残らない点は、経営会議でDX予算を通すときの論点です。
企業が置いているDXの指標は社内の効率化に偏る
IPA『DX動向2026』で、DXの成果指標を設定している企業に指標の対象を聞くと、「内向きの業務改革(社内の効率化)」が80.0%で最も多く、「経営改革(デジタル事業売上高、市場シェア等)」は16.3%でした。デジタルガバナンス・コードの①にあたる財務の指標を持つ企業は限られています。
指標の対象 | 割合 |
|---|
内向きの業務改革(社内の効率化) | 80.0% |
システム改革(AI・データ利活用の度合い等) | 55.4% |
組織、人材、働き方改革(CxO有無、デジタル人材数等) | 52.6% |
システム課題の解消(レガシーシステム残存量、データのデジタル化率等) | 35.7% |
外向きの業務改革(新たなビジネスや顧客価値の創出) | 33.5% |
企業改革(DXプロジェクト数、企業文化改革達成率等) | 19.7% |
経営改革(デジタル事業売上高、市場シェア等) | 16.3% |
その他 | 3.4% |
出所:IPA『DX動向2026』図表2-15(2025年度調査・成果指標を設定している企業 n=325・複数回答)。
報告書の要約は、DXの成果がコスト削減や業務効率化といった内向きの領域では実感されている一方、新規ビジネスの創出など外向きの領域では限定的だとまとめました。指標の置き方も同じ形に寄っており、効率化の数字だけを追うと、売上や顧客価値への寄与が見えないまま取組が続きます。
DX人材のKPIの置き方
DX人材の指標は、IPA『DX動向2026』で成果指標を設定している企業の52.6%が「組織、人材、働き方改革(CxO有無、デジタル人材数等)」を対象にしており、効率化とシステム改革に次いで3番目に多い対象です。人数だけでなく、どの役割の人材がどれだけ足りないかを測れる形にすると、採用と育成の計画に直接つながります。
同じ報告書で、DXを推進する人材の「量」が不足している(「やや不足」と「大幅に不足」の合計)企業は85.5%でした。「大幅に不足している」は50.1%で、2024年度の58.5%から下がっています。
人材の「質」が大幅に不足している企業は、必要なスキルを把握している企業で40.6%、把握できていない企業で64.0%です。人材の指標は「デジタル人材を何人にするか」の前に、必要なスキルと役割を一覧にし、役割ごとの必要数と現在の人数を並べる形が組みやすくなります。
役割の分け方は「DX人材とは」で、採用の進み具合を測る指標は「人事KPI一覧」で扱いました。
区分 | 指標の例(Offersが作成した例示) |
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③進捗の指標 | 役割ごとの必要数に対する充足率、スキルを把握した社員の割合、外部採用の内定数 |
②効果の指標 | DX人材が担当した案件の数、育成した社員が関わった業務改善の件数 |
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DXのKPIを3種類の順に置く手順
DXのKPIは、デジタルガバナンス・コード3.0の3種類を、①企業価値の指標、②効果の指標、③進捗の指標の順に上から決めると、指標どうしのつながりが切れにくくなります。下の5段は、同コードの記述をもとにOffersが手順として並べたものです。
- ①企業価値の指標(KGI)を先に決める。売上高や利益率など、経営がすでに追っている財務指標の中から、DXで動かしたいものを1〜2つ選ぶ
- ②効果の指標を、内向きと外向きの両方に置く。社内の効率化の指標だけでなく、顧客や売上に近い指標を少なくとも1つ入れる
- ③進捗の指標で、計画の進み具合を追う。システムの移行や人材の配置など、成果が出る前の段階を判定できる指標を置く
- 目標値と現状値を書き込む。同コードは目標値やベンチマークの設定を望ましいとし、原則として現状値の公表を求めている
- 見る周期と見る人を決める。財務の指標は四半期、効果と進捗の指標は月次など、指標ごとに確認する会議体を割り当てる
段 | 見る人 | 周期の目安(例示) |
|---|
①企業価値の指標 | 経営会議・取締役会 | 四半期・年度 |
②効果の指標 | 事業部門の責任者・DX推進部門 | 月次・四半期 |
③進捗の指標 | DX推進部門・プロジェクトの責任者 | 週次・月次 |
出所:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」の指標区分をもとにOffers作成(周期は例示)。
経営・事業部門・IT部門で一緒に決める
デジタルガバナンス・コード3.0は、経営者が事業部門やITシステム部門などとも協力して課題を把握・分析し、DX戦略の見直しに反映する形を示しています。IPAの調査で、成果指標を設定していない企業のうち「意見が異なるなどにより評価指標を決められない」が21.0%あったとおり、部門ごとに案を持ち寄るだけでは決まりにくいのが実情です。
決め方の順は、経営が①を決め、事業部門が②を、DX推進部門とIT部門が③を案として出す分担が組みやすい形になります。①から下ろしていけば、②と③の指標がどの財務指標を動かすためのものかを、会議の場で説明できます。
社外に示す指標と社内で追う指標を分ける
デジタルガバナンス・コード3.0は、DX認定の基準として「DX戦略の達成度を測る指標について公表していること」を挙げました。②効果の指標か③進捗の指標が公表されているか、①の指標を公表してDXの取組との紐づきが明確であることを求めています。
社外に出すのは、投資家や求職者に説明できる粒度の指標に絞り、部門の細かな指標は社内の管理表で追う形です。DX銘柄に選ばれた企業がどんな取組を公表しているかは「DX事例」で扱っています。
DXのKPIの運用で起きやすい3つのずれ
DXのKPIを置いたあとに起きやすいずれは、効率化の数字だけで成果を語ること、指標が決まらないまま取組だけが進むこと、年に1度しか数字を見ないことの3つです。どれも、IPA『DX動向2026』とデジタルガバナンス・コード3.0の記述から読み取れる型です。
効率化の数字だけで成果を報告する
成果指標を持つ企業の80.0%が社内の効率化を対象にしている一方、外向きの業務改革は33.5%でした。削減した時間や費用は報告しやすい数字ですが、それだけでは売上や顧客価値にどう結びついたかを説明できません。
②効果の指標には、顧客側に現れる数字を少なくとも1つ入れ、①の財務指標との関係を示します。
指標が決まらないまま取組を始める
DXの成果指標を「設定していない」企業(n=898)のうち、「評価指標はこれから定める」と答えた企業は33.4%ありました。取組を始めてから指標を決めると、始める前の現状値が残らず、後から変化を示せません。
最初から①〜③のすべてを揃えなくても、③進捗の指標と現状値だけは取組の開始前に記録しておくのが最低限です。
自己診断と年次の数字しか見ない
DX推進指標の自己診断は年に1度の確認に向いており、IPAも短い周期で確かめたい指標はマネジメントサイクルに組み込むよう勧めています。②と③の指標は月次の会議で、①と自己診断の結果は年度の振り返りで見る、と周期を分けておけば、指標が会議で使われ続けます。