人事KPIとは、人事部門の施策が経営目標にどれだけ近づいたかを数値で測るための指標です。採用・育成・配置・労務・定着・生産性の6領域があり、それぞれ算出式が決まっています。指標を選ぶこと自体は難しくありません。実務で詰まるのは、選んだ指標の目標値をいくつに置くかです。
この記事では、6領域36指標を算出式つきの一覧で並べたうえで、目標値の根拠をどこから取るかまで扱います。離職率は厚生労働省の調査から、採用の各段階の通過率は Offers 利用企業の実測から示します。
人事KPIの定義と3階層の位置づけ
人事KPIは、KGI(最終目標)とKSF(重要成功要因)から降りてくる3階層構造の一番下に位置づけられ、単独では機能しません。
KGI・KSFとの関係
人事KPIは単独では置けません。KGI(Key Goal Indicator・重要目標達成指標)とKSF(Key Success Factor・重要成功要因)から降りてくる3階層で設計します。
階層 | 何を置くか | 人事での例 |
|---|
KGI(最終目標) | 事業として達成したい結果 | エンジニア組織を12ヶ月で30名から45名にする |
KSF(重要成功要因) | KGI達成を左右する要因 | 母集団の質・選考スピード・既存社員の定着 |
KPI(プロセス指標) | KSFの進捗を測る数値 | 書類選考通過率・採用リードタイム・1年以内離職率 |
この順で降りてこないKPIは、達成しても事業が動きません。「なぜこの指標を追うのか」を1文で説明できない指標は、設定の段階で落とします。
成果KPIとプロセスKPI
KPIは2種類に分かれます。
種類 | 何を測るか | 例 |
|---|
成果KPI | 結果そのもの | 採用決定数、離職率、エンゲージメントスコア |
プロセスKPI | 結果に至る過程 | スカウト送信数、書類選考通過率、1on1実施率 |
成果KPIだけを追うと、悪化したときに打ち手が分かりません。プロセスKPIだけを追うと、数字は動いているのに結果が出ない状態に気づけません。1つの成果KPIに対して、それを分解したプロセスKPIを2〜3個添えるのが基本形です。
人事KPI一覧(6領域36指標)
各領域から自社の課題に近いものを選びます。全部を追う必要はありません。運用できる数は部門全体で3〜5個が現実的です。
採用のKPI(10指標)
採用のKPIは、応募から入社までの各段階の歩留まりと、入社後の早期離職を見る10指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
応募数 | 期間内の応募者数 | 母集団の量が足りているかを見る |
スカウト返信率 | 返信数 ÷ 送信数 | ダイレクトリクルーティングの初速 |
書類選考通過率 | 書類通過数 ÷ 応募数 | 求人要件と応募者層のズレを見る |
面接実施率 | 面接実施数 ÷ 書類通過数 | 日程調整の遅れと辞退のロス |
内定率 | 内定数 ÷ 面接実施数 | 選考基準が現実的かを見る |
内定承諾率 | 承諾数 ÷ 内定数 | 提示条件と動機づけの強さ |
採用単価 | 採用にかかった総費用 ÷ 採用決定数 | チャネル別の費用対効果 |
採用リードタイム | 応募から入社までの平均日数 | 選考プロセスのどこで滞留しているか |
充足率 | 採用決定数 ÷ 計画採用数 | 採用計画に対する進捗 |
早期離職率 | 入社1年以内の離職数 ÷ 採用決定数 | 採用時のミスマッチ |
採用KPIは歩留まりの連鎖で見ます。応募数が足りているのに採用決定が出ないなら、どの段階で落ちているかを通過率で特定できます。
育成のKPI(6指標)
育成のKPIは、研修や資格取得の実施状況が現場の行動やスキルの底上げにつながっているかを見る6指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
研修受講率 | 受講者数 ÷ 対象者数 | 研修が届いているか |
研修後の行動変容率 | 行動変容が確認できた人数 ÷ 受講者数 | 研修が現場で使われているか |
スキルマップ充足率 | 必要スキルの保有者数 ÷ 必要人数 | 組織のスキルの穴 |
資格取得率 | 取得者数 ÷ 受験対象者数 | 専門性の底上げ |
1人あたり年間研修時間 | 総研修時間 ÷ 従業員数 | 育成への時間投資 |
1人あたり教育投資額 | 教育関連費 ÷ 従業員数 | 育成への金額投資 |
受講率だけを追うと、参加した事実しか測れません。行動変容率をセットで置くと、研修が現場に届いたかまで見えます。
人材配置・活用のKPI(5指標)
人材配置・活用のKPIは、異動・昇格・重要ポストの充足状況から、人員配置が事業の必要に対して妥当かを見る5指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
内部異動率 | 期間内の異動者数 ÷ 従業員数 | 組織の流動性 |
昇進・昇格率 | 昇進者数 ÷ 対象者数 | キャリアパスが機能しているか |
重要ポスト充足率 | 充足しているポスト数 ÷ 重要ポスト数 | 事業に必要な役割が埋まっているか |
後継者準備率 | 後継候補のいるポスト数 ÷ 重要ポスト数 | 属人化のリスク |
異動後の定着率 | 異動後1年時点の在籍者数 ÷ 異動者数 | 配置判断の妥当性 |
労務管理のKPI(5指標)
労務管理のKPIは、残業時間や有給休暇取得率など、法令順守と労働環境の健全性を下限として見る5指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
平均残業時間 | 総時間外労働時間 ÷ 従業員数 | 恒常的な負荷 |
36協定の上限超過件数 | 上限を超えた従業員数 | 法令面のリスク |
有給休暇取得率※ | 取得日数 ÷ 付与日数 | 休暇が取れる状態か |
健康診断受診率 | 受診者数 ÷ 対象者数 | 実施義務の履行 |
労働災害度数率 | 労働災害による死傷者数 ÷ 延べ実労働時間 × 1,000,000 | 安全衛生 |
労務のKPIは改善のためというより、下限を割らないための監視として置きます。目標値を高く設定するのではなく、割ったら即座に手を打つ閾値として扱ってください。※有給休暇取得率の外部基準は後述の「目標値は外部基準に接続して置く」で扱います。
定着・エンゲージメントのKPI(5指標)
定着・エンゲージメントのKPIは、離職率やeNPSなど、社員が組織に留まり続けたいと感じているかを見る5指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
離職率 | 離職者数 ÷ 期首の常用労働者数 | 組織全体の定着 |
定着率 | 100% − 離職率 | 同上(表現の違い) |
eNPS | 推奨者の割合 − 批判者の割合 | 職場としての推奨度 |
エンゲージメントスコア | サーベイの平均値 | 意欲と組織への結びつき |
1on1実施率 | 実施回数 ÷ 予定回数 | 対話の量が確保されているか |
労働生産性・人的資本のKPI(5指標)
労働生産性・人的資本のKPIは、1人あたり売上高や人的資本ROIなど、人員への投資が収益にどれだけ返っているかを見る5指標です。
KPI | 算出式 | 使いどころ |
|---|
1人あたり売上高 | 売上高 ÷ 従業員数 | 事業規模と人員のバランス |
1人あたり営業利益 | 営業利益 ÷ 従業員数 | 収益性 |
労働分配率 | 人件費 ÷ 付加価値 | 人件費の水準 |
人的資本ROI | (収益 −(費用 − 人件費))÷ 人件費 | 人への投資の回収 |
従業員1人あたり採用コスト | 年間採用費用 ÷ 従業員数 | 組織の拡大コスト |
人的資本の開示が求められる場面では、この領域の指標がそのまま報告項目になります。
目標値は外部基準に接続して置く
指標を選んだ後に必ず詰まるのが、目標値です。前年比で置くと、前年の水準が妥当だったかを問わないまま固定されます。外部の基準を1つ持っておくと、自社の位置が分かります。
離職率は公的統計を基準にする
産業計の離職率は13.7%、入職率は14.7%で、1.0ポイントの入職超過でした。前年は離職率14.2%・入職率14.8%だったので、離職率が0.5ポイント下がっています。
出所:厚生労働省『令和7年雇用動向調査結果の概要』(産業別の入職と離職)表4-2。
産業と就業形態で分けると、次のようになります。
区分 | 入職率 | 離職率 | 入職超過率 |
|---|
産業計(就業形態計) | 14.7% | 13.7% | 1.0ポイント |
情報通信業(就業形態計) | 13.6% | 10.4% | 3.2ポイント |
産業計(一般労働者) | 12.0% | 11.4% | 0.6ポイント |
情報通信業(一般労働者) | 13.1% | 10.0% | 3.1ポイント |
出所:厚生労働省『令和7年雇用動向調査結果の概要』表4-2(令和7年・就業形態別)。
就業形態計で見ると、情報通信業の離職率は産業計より3.3ポイント低い水準です(一般労働者では1.4ポイント)。エンジニア組織の離職率を産業計と比べると自社を過大評価することになるので、産業を合わせて比較します。
離職率だけを見ると情報通信業を読み違える
一般労働者の入職超過率は、情報通信業が3.1ポイントで最も大きい値でした。産業計を除いた16産業の中での比較です。産業計の0.6ポイントの5倍を超えます。パートタイム労働者を除いた常用労働者に限ると、情報通信業は人が最も純増している産業です。
出所:厚生労働省『令和7年雇用動向調査結果の概要』表4-2(一般労働者)。
前年からの動きも同じ方向です。情報通信業の入職超過率は1.0ポイントから3.2ポイントへ広がりました(いずれも就業形態計)。入職率が11.2%から13.6%へ2.4ポイント上がった一方、離職率は10.2%から10.4%とほぼ横ばいだったためです。
出所:厚生労働省『令和7年雇用動向調査結果の概要』および『令和6年雇用動向調査結果の概要』の表4-2。
ここが目標値の置き方を変えます。離職率だけを追うと「人が出ていく業界」に見えますが、実際は入ってくる人の方が多い状態です。定着のKPIには離職率と入職率を並べて置いてください。離職率が横ばいでも入職率が落ちれば組織は縮小しますが、離職率だけでは、その縮小が起きていることに気づけません。
有給休暇取得率は産業別の水準と比べる
労働者1人平均の年次有給休暇取得率は66.9%でした(令和6年調査65.3%)。付与日数18.1日に対し取得日数12.1日で、いずれも昭和59(1984)年以降で最も高い水準です。産業別では「電気・ガス・熱供給・水道業」が75.2%で最も高く、「宿泊業,飲食サービス業」が50.7%で最も低くなっています。情報通信業は付与18.9日・取得12.7日で取得率66.9%と、全産業平均と同じ水準でした。
出所:厚生労働省「令和7(2025)年就労条件総合調査の概況」(2025年12月19日公表)第5表。
労務のKPIとして有給休暇取得率を置くなら、一律に70%を目標にするのではなく、自社の産業に近い水準と比べてください。宿泊業・飲食サービス業のように50%台にとどまる産業もあれば、電気・ガス業のように75%を超える産業もあり、産業を無視した一律目標は未達か過達のどちらかに寄ります。企業規模別でも、従業員1,000人以上が69.0%、30〜99人が64.9%と差があります。
出所:厚生労働省「令和7(2025)年就労条件総合調査の概況」第5表(企業規模別)。
採用の通過率は実測を基準にする
採用の各段階の通過率には公的統計がありません。ここは実際の採用データから取ります。Offers を利用する通信 / インフラ領域の企業12社の実績(2025年1月時点の集計)は次のとおりです。業界によって水準が変わるので、全業界の平均ではなく1つの業界の実測として読んでください。
指標 | 1社あたり平均(通信 / インフラ・12社) |
|---|
オファー(スカウト)送信数 | 124.7件 |
オファー承諾率 | 13.8% |
書類応募数 | 12.6件 |
書類応募通過率 | 18.3% |
採用人数 | 2.1名 |
出所:Offers 採用事例レポート(株式会社overflow・通信 / インフラ領域12社・2025年1月時点の集計)。
読み取れることが2つあります。
1つは、スカウト経由と応募経由では母数の桁が違うことです。スカウトは1社あたり124.7件送って承諾13.8%、応募は12.6件で通過18.3%。応募の方が通過率は高いものの、母数が10分の1なので、採用数を積むにはスカウトの送信量が要ります。
自社がどのあたりに位置するかを先に知りたい場合は、エンジニア採用力チェックで現状の採用力を確認できます。
もう1つは、1社あたりの採用人数が2.1名であることです。データの取れた10業界・約300社の総平均は約3.3名で、この領域はそれより少ない水準です。
出所:Offers 採用事例レポート(株式会社overflow・10業界約300社・2025年1月時点の集計)。
いずれにせよ、1つのチャネルで年間10名を採用する前提で計画を立てると実績の水準から大きく外れます。
Offersを導入し、ITエンジニア・デザイナーを採用された方々の事例をケース別にご紹介。ITエンジニア・デザイナーの具体的な採用事例から、カスタマーサクセスが実現した採用工数の削減、選考期間を短縮した進め方までこの一冊で解説しています。
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業界によって採用の難度は変わる
同じ集計から、業界別の1社あたり平均採用人数は次のようになっています。
業界 | 社数 | 平均採用人数 |
|---|
AI / LLM | 15社 | 7.4名 |
エンターテインメント / ゲーム / コンテンツ | 45社 | 4.7名 |
サイバーセキュリティ | 15社 | 3.7名 |
ソフトウェアサービス事業会社 | 39社 | 3.5名 |
EdTech / 教育 | 17社 | 3.0名 |
医療・ヘルスケア / MedTech | 76社 | 3.0名 |
EC / 小売 | 39社 | 2.9名 |
通信 / インフラ | 12社 | 2.1名 |
アパレル / ファッション | 30社 | 1.9名 |
出所:Offers 採用事例レポート(株式会社overflow・9業界288社・2025年1月時点の集計)。
最も採用が進んでいるAI / LLM(Large Language Model・大規模言語モデル)領域と、最も苦戦しているアパレル / ファッションでは、1社あたりの採用人数に約4倍の開きがありました。オファー承諾率もAI / LLM領域が22.9%と高く、最も低いアパレル / ファッションの12.3%を10.6ポイント上回ります。
採用KPIの目標値は、自社の事業領域で採用がどれだけ成立しやすいかを織り込んで置きます。同じ承諾率20%でも、領域によって達成の難度は同じではありません。
人事KPIの設定手順
人事KPIの設定手順は、KGIを1つに決めてから、KSF・KPIの順に絞り込む5ステップです。
1. KGIを1つに決める
事業側と合意した目標を1つに絞ります。「組織を強くする」ではなく「12ヶ月でエンジニア15名を増やす」のように、達成を判定できる形にしてください。
2. KSFを3つ以内で洗い出す
KGIの達成を左右する要因を挙げます。採用なら、母集団の質・選考のスピード・内定後の動機づけといった粒度です。
3. 各KSFにKPIを1〜2個割り当てる
上の一覧から選びます。部門全体で3〜5個に収めます。10個を超えると、どれも見られない状態になるからです。
4. 目標値を外部基準と接続する
離職率は産業別の統計、採用の通過率は実測値を参照します。根拠のない前年比だけで置かないでください。
5. 測定の頻度と担当を決める
誰が・どのデータから・どの頻度で更新するかを決めます。ここが決まっていないKPIは、四半期末に慌てて集計する対象になり、途中で手を打てません。
よくある失敗
人事KPI運用でよくある失敗は、指標を絞り込まずに数だけ増やすことと、外部基準を持たずに前年比だけで目標値を置くことです。
失敗 | 何が起きるか | 対処 |
|---|
KPIを10個以上置く | どれも見られず、形だけの管理になる | 3〜5個に絞る |
成果KPIしか置かない | 悪化したときに打ち手が分からない | プロセスKPIを2〜3個添える |
現場と合意せずに決める | 数字が現場の実感と乖離し、形骸化する | 設定段階でマネージャーと擦り合わせる |
前年比だけで目標値を置く | 前年の水準が妥当だったかを問えない | 産業統計・実測値と接続する |
産業計の平均と比較する | 情報通信業は離職率が3.3ポイント低く、自社を過大評価する | 産業を合わせて比較する |
測定担当を決めない | 集計が期末にずれ込み、期中に修正できない | 担当と頻度を先に決める |
人事KPI運用の要点
人事KPIは、採用・育成・配置・労務・定着・生産性の6領域から、KGIとKSFに紐づくものを3〜5個選んで運用します。指標そのものは一覧から選べば済みますが、実務の分かれ目は目標値の置き方です。
離職率は厚生労働省の産業別統計を、有給休暇取得率は同じ厚労省の就労条件総合調査を、採用の通過率は実際の採用データを基準にすると、自社の位置が判断できます。産業計の離職率13.7%に対して情報通信業は10.4%、有給休暇取得率は全産業平均66.9%に対し産業別で50.7%〜75.2%の幅、オファー承諾率は業界により12.3%〜22.9%の幅があります。
離職率は単独で置かず、入職率と並べてください。情報通信業は一般労働者の入職超過率が3.1ポイントで16産業の中で最も大きく、離職率だけを見ていると組織が拡大しているのか縮小しているのかを判断できません。