内定取り消しが有効になる基準と、無効になる場合
内定を取り消せるのは、採用内定当時に知ることができず、知ることも期待できなかった事実を理由とし、その取り消しが解約権を留保した趣旨・目的に照らして客観的に合理的で、社会通念上相当と是認できる場合に限られます。最高裁の大日本印刷事件判決(昭和54年7月20日)が示した基準です。厚生労働省の「確かめよう労働条件」Q&Aも、同じ基準で説明しています。
採用内定の取り消しは解雇として扱われる
採用内定の取り消しは、解雇として扱われ、労働契約法16条の対象となります。採用内定通知のほかに労働契約を結ぶための特段の意思表示が予定されていない場合は、始期付解約権留保付労働契約が成立したと認められることが多い、というのが厚生労働省の説明です。
始期付とは入社日が決まっていること、解約権留保付とは、内定通知書や誓約書に書かれた取り消し事由が生じたときに会社が契約を解約できることです。
労働契約法16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇を、権利の濫用として無効と定めています(e-Gov法令検索)。内定承諾書で入社の意思を書面にそろえる方法は、「内定承諾書テンプレートと書き方・中途採用の注意点」で扱っています。
大日本印刷事件は入社2か月前の取り消しを解約権の濫用とした
大日本印刷事件は、内定通知後は他社に応募しないでいたところ、入社2か月前に内定を取り消され、就職先が決まらないまま卒業した者が、従業員としての地位の確認などを求めた事案です。
最高裁は、解約権を留保した就労始期付の労働契約が成立していたと認め、取り消しは解約権の濫用だと判断しました。厚生労働省の裁判例ページに、事案の概要と判示の骨子が載っています。
内々定の取り消しでも責任を問われることがある
内々定の取り消しでも、損害賠償の責任を負う場合があります。厚生労働省のQ&Aでは、内々定は内定に比べて労働契約を締結したとの認識に至っていないことが多く、取り消しは解雇ではないとの整理です。
ただし、拘束関係の度合いが強ければ「採用内定」と認められる場合があります。労働契約が成立していない場合でも、採用内定の「予約」として期待権を侵害したとされ、損害賠償責任を負った例があります。
コーセーアールイー事件(福岡高裁・平成23年3月10日)は、内々定を受けていた就職希望者が、内定通知書を授与する予定日の直前に取り消された事案です。福岡地裁は、契約が確実に結ばれるという期待が法的保護に値する程度に高まっていたとして、信義則に反する不法行為を認め、損害賠償を認めました。福岡高裁は労働契約の成立は認めませんでしたが、期待権の侵害などを認め、慰謝料のみ認容しています。
裁判例で見る内定取り消しの有効・無効の分かれ目
有効と無効の分かれ目は、原則として、取り消しの事由が採用内定当時に知ることができず、知ることも期待できない事実か、取り消しが客観的に合理的で社会通念上相当と是認できるか、の2点です。厚生労働省は、内定取り消しの事由として考えられるものに、契約の前提となる条件や資格の要件を満たさないとき、健康状態の悪化、重要な経歴詐称、重要な必要書類を提出しないこと、その他の不適格事由、経営状況の悪化を挙げています。
4件の裁判例の結論と、判断のポイントは次のとおりです(厚生労働省「確かめよう労働条件」裁判例ページの事案の概要と判示の骨子による)。
裁判例 | 事案 | 結論と判断のポイント |
|---|
大日本印刷事件(最高裁・昭和54年7月20日) | 内定後は他社に応募せず、入社2か月前に取り消されて、就職先が決まらないまま卒業した | 取り消しは解約権の濫用。取り消せるのは、内定当時に知ることができず、知ることも期待できない事実で、客観的に合理的かつ社会通念上相当と是認できる場合に限る |
日本電信電話公社事件(大阪高裁・昭和48年10月29日) | 公安条例違反の現行犯で逮捕され、起訴猶予処分を受けたことを理由に取り消された | 取り消しを認め、争う側の申立てを却下。見習社員としての適格性を欠く事由がある場合にも、内定を取り消せるとした |
インフォミックス事件(東京地裁・平成9年10月31日) | スカウトで内定を得た後、経営悪化を理由に取り消された | 取り消しは無効。入社辞退の勧告が入社の2週間前で、すでに退社届を出していた |
コーセーアールイー事件(福岡高裁・平成23年3月10日) | 内々定が、内定通知書授与の日の直前に取り消された | 労働契約の成立は認めず、期待権の侵害などを認めて慰謝料のみ認容 |
経営悪化を理由とする取り消しについて、厚生労働省は、整理解雇に準じて、人員整理の必要性、解雇回避の努力義務、解雇対象者の選定の合理性、手続の妥当性の4要素を踏まえて有効性が判断されると説明しています。
中途採用の内定取り消しで問われる取り消しの時期と説明
中途採用の内定取り消しでは、理由に合理性があっても、取り消しの時期と説明の誠実さによって無効とされることがあります。インフォミックス事件がその例です。
インフォミックス事件は、大手コンピューター会社に勤務していた者が、別の会社からスカウトされて採用内定を得た後に、経営悪化を理由として内定を取り消された事案です。東京地裁は、取り消しを無効としました。会社側の取り組みと、無効とされた理由は、厚生労働省の裁判例ページでは次のように整理されています。
区分 | 内容 |
|---|
裁判所が認めた会社側の取り組み | 人員削減の必要性が高い。従業員に希望退職等を募る一方、内定者に相応の補償を提示して入社辞退を勧告した。内定者の1人には入社を前提に職種の変更を打診した |
取り消しを無効とした理由 | 取り消しの前後の対応に誠実性に欠けるところがある。入社の辞退を勧告したのが2週間前で、すでに退社届を出し後戻りできない状態だった。内定に至る経緯や、取り消しによって著しい不利益を被っていることも考慮された |
裁判所は、経営悪化を理由とする取り消しには客観的に合理的な理由があると認めたうえで、社会通念上相当と是認できるかを別に判断しました。会社側に取り消しを避ける努力があっても、通知の時期と対応の誠実さが相当性の判断で考慮されています。
内定者が前の職場をすでに退職しているかどうかは、取り消しの通知の時期を決める前に確かめておく項目です。
内定者の側から辞退する場合も、厚生労働省のQ&Aは、基本的に問題ないとしつつ、あまりに信義則に反するときは損害賠償を求められる可能性があると説明しています。辞退を減らす施策は、「採用の内定辞退|中途の辞退率15.0%と防止策」にまとめています。
令和8年3月卒の内定取り消しは29事業所・80人
令和8年3月に卒業した新規学卒者の内定取り消しは29事業所・80人で、令和7年3月卒の21事業所・34人を上回りました(厚生労働省の報道発表・令和8年8月28日公表)。この集計は、職業安定法施行規則第35条第2項に基づき、令和8年7月末までに公共職業安定所へ通知された、新規学卒者の内定取り消しを数えたものです。
取り消しの理由別では、人数は「その他」の38人、「経営の悪化」の34人の順に多くなっています。
取り消しの理由 | 事業所数 | 人数 |
|---|
企業倒産 | 1 | 1 |
経営の悪化 | 9 | 34 |
別会社移行 | 1 | 7 |
その他 | 18 | 38 |
合計 | 29 | 80 |
企業規模別では、300人以上の事業所が14事業所・45人、100〜299人が5事業所・5人、99人以下が10事業所・30人でした。
企業規模 | 事業所数 | 人数 |
|---|
300人以上 | 14 | 45 |
100〜299人 | 5 | 5 |
99人以下 | 10 | 30 |
合計 | 29 | 80 |
学校種別では、高校生が11事業所・14人、大学生等(大学生、短期大学生、専修学校生等)が21事業所・66人でした。学校種別の事業所数を足しても合計の29と一致しないのは、同一の事業主が異なる学校種で取り消しを行った例があるためです。
産業別で人数が多かったのは、宿泊・飲食サービス業の4事業所・27人、情報通信業の2事業所・10人、その他サービス業の1事業所・9人、卸売・小売業の3事業所・7人です。
内定を取り消された80人のその後は、就職済みが17人、就職活動中が1人、その他が62人でした。取り消しとは別に、入職時期の繰り下げ(延期)も同じ集計で数えられています。令和8年3月卒の入職時期繰り下げは2事業所・2人で、令和7年3月卒は2事業所・93人でした。
内定取り消しの人数は、卒業年によって大きく変わっています。
卒業年 | 事業所数 | 人数 |
|---|
平成21年3月卒 | 447 | 2,143 |
平成24年3月卒 | 53 | 101 |
平成28年3月卒 | 32 | 82 |
令和2年3月卒 | 82 | 211 |
令和3年3月卒 | 38 | 137 |
令和5年3月卒 | 25 | 42 |
令和7年3月卒 | 21 | 34 |
令和8年3月卒 | 29 | 80 |
令和2年3月卒の211人のうち140人、令和3年3月卒の137人のうち124人は、主として新型コロナウイルス感染症の影響によると考えられるものです。
内定取り消しで企業が負う責任
内定取り消しが解雇権の濫用として無効とされれば、内定者は従業員としての地位の確認を求められます。内々定の取り消しでは、期待権の侵害として慰謝料が認められたのがコーセーアールイー事件です。新規学卒者の取り消しでは、これに加えて、公共職業安定所による把握と指導、事業所名の公表の仕組みがあります。
責任の種類 | 根拠 | 内容 |
|---|
取り消しの無効と地位の確認 | 労働契約法16条・大日本印刷事件 | 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない取り消しは無効。大日本印刷事件では従業員としての地位の確認が求められた |
損害賠償・慰謝料 | 厚生労働省Q&A・コーセーアールイー事件 | 内々定の取り消しでも、期待権の侵害として損害賠償責任を負う場合がある。同事件の福岡高裁は慰謝料のみ認容 |
解雇の予告 | 労働基準法20条 | 解雇の少なくとも30日前に予告し、予告しない場合は30日分以上の平均賃金を支払う(天災事変などの例外の定めもある) |
行政の指導と公表 | 職業安定法施行規則第35条・第17条の4 | 新規学卒者の取り消しは事前通知の対象。公表の要件に該当すると事業所名を公表できる |
労働基準法20条は、解雇の少なくとも30日前の予告を求めています(e-Gov法令検索)。この解雇予告が内定取り消しに適用されるかは、判断が分かれる論点です。厚生労働省の説明では、採用内定によって労働契約が成立していると認められれば、取り消しが解雇とみなされ、解雇予告の規定が適用される場合があります。
一方で、採用内定者は具体的な就労義務を負わず、賃金も支払われていないとして、労働基準法の適用を否定する裁判例もある、と厚生労働省は併せて説明しています。取り消しを検討する段階で、労務の専門家に確認しておきたい点です。
応募から入社までの各段階の数値を1枚で管理できる採用KPI管理テンプレートなど、採用のお役立ち資料はこちらから確認できます。
新規学卒者の内定取り消しの事前通知と事業所名の公表要件
新規学卒者を雇い入れようとする者は、内定を取り消すとき、あらかじめ公共職業安定所などに通知する決まりです。通知の内容が一定の要件に該当すると、厚生労働大臣は事業所名を公表できます。根拠は職業安定法施行規則の第35条第2項第2号と第17条の4です(e-Gov法令検索)。
この通知を定めた条文が対象にしているのは、学校などを新たに卒業しようとする新規学卒者を雇い入れようとする者です。内定期間を延長しようとするときも、同じ条文で事前の通知が求められています。
厚生労働省の報道発表資料(p.7)は、事業所名を公表できる要件を、通知の内容が次のいずれかに該当する場合としています。
番号 | 公表できる要件 |
|---|
1 | 2年度以上連続して行われたもの |
2 | 同一年度内に10名以上の者に対して行われたもの(対象者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、速やかに雇用を確保した場合を除く) |
3 | 事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに行われたもの |
4 | 対象の新規学卒者に、取り消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき |
5 | 対象の新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき |
要件の4と5は、対象の新規学卒者への説明と、就職先の確保の支援を見る項目です。
取り消しを検討する前に確かめる7つの順序
取り消しを検討するときは、事由が内定当時に知ることができた事実でないかを最初に確かめ、取り消し以外の選択肢を検討したうえで、通知と説明に進みます。確かめる順序は次の7つです。
順 | 確かめること | 根拠 |
|---|
1 | 取り消しの事由が、採用内定当時に知ることができた事実ではないか | 大日本印刷事件の基準(厚生労働省Q&A) |
2 | 事由が、内定通知書や誓約書に書いた取り消し事由に該当するか | 誓約書に記載された五項目に該当する行為があれば取り消せる労働契約が成立したと解した、大日本印刷事件 |
3 | 事由が、条件の不充足・健康状態の悪化・重要な経歴詐称・重要な書類の不提出・その他の不適格事由のどれに該当するか | 厚生労働省Q&A |
4 | 取り消しが客観的に合理的で、社会通念上相当か。取り消しの時期と、内定者の状況を含めて確かめる | 労働契約法16条・インフォミックス事件 |
5 | 経営悪化が理由なら、人員整理の必要性・解雇回避の努力・対象者の選定の合理性・手続の妥当性を満たすか | 厚生労働省Q&A |
6 | 入職時期の繰り下げ、職種の変更の打診、補償の提示など、取り消し以外の選択肢で足りないか | インフォミックス事件で会社が尽くした取り組み・職業安定法施行規則第35条第2項第3号 |
7 | 新規学卒者なら公共職業安定所への事前通知。内定者に、取り消しを行わざるを得ない理由を説明する | 職業安定法施行規則第35条第2項第2号・事業所名の公表要件の4と5 |
内定取り消しは解雇として扱われるため、厚生労働省のQ&Aの趣旨は、労働者の側が取り消しの理由の開示を受ける必要がある、というものです。理由の説明は、新規学卒者の取り消しでは事業所名の公表要件にも入っています。個別の事案が適法かどうかは、最終的に裁判所が判断します。
事由、取り消しの時期、説明の内容を記録に残したうえで、労務の専門家に相談する流れです。
内定前に確かめることと、内定通知書・誓約書に書くこと
取り消しの事由は原則として内定当時に知ることができなかった事実に限られるため、選考で確かめられることは内定前に確かめ、内定通知書や誓約書には取り消し事由を具体的に書いておきます。
大日本印刷事件では、誓約書に記載された五項目に該当する行為があれば内定を取り消せる労働契約が成立したと判断されました。取り消し事由を内定の書面に書いておく運用は、この判断と同じ形です。
契約の前提となる条件や資格の要件を満たさないことは、厚生労働省が取り消し事由の例に挙げています。必要な資格・免許などの要件は、求人票と選考の段階で明示し、内定前に書類で確かめておく項目です。
内定通知書に書く項目は、「オファーレターとは|内定通知書・労働条件通知書との違い」と、「内定通知書の給与の書き方と必須項目、求人票との差」で扱っています。選考の段階で行う確認の方法は、「採用時の反社チェックが必要な理由と方法、法令上の注意点」のとおりです。
内定取り消しの可否は、原則として、事由が内定当時に知ることができた事実か、取り消しが客観的に合理的で社会通念上相当か、の2点で決まります。取り消す前に、事由、取り消しの時期、説明の3つを、上の7つの順序で確かめる流れです。