会社は同じ労働条件を、候補者に2回示しています。1回目は採用担当が募集の段階で示す求人票、2回目は人事が労働契約を結ぶ段階で示す労働条件通知書です。人事と採用の境目は、この2回の明示のあいだにあります。
2024年4月からは、この2枚に同じ新しい項目が加わりました。業務と就業場所の「変更の範囲」です。採用と人事が別々に書くと、2枚の内容がずれて、入社後に「聞いていた話と違う」が起きかねません。
この記事では、受け持つ期間、向き合う人数、かかわる法律の3つの軸で人事と採用の線を引きます。
採用は入社までを、人事は入社から退職までを受け持つ
採用の担当範囲は、募集を始めてから労働契約を結ぶまでです。人事の担当範囲は、労働契約を結んだ後、社員が在籍しているあいだ全体と退職の手続きまでです。採用は人事という大きな機能の中にある1つの工程で、入口を受け持ちます。
軸 | 採用 | 人事 |
|---|
受け持つ期間 | 募集の開始から労働契約の締結まで | 労働契約の締結後から退職まで |
向き合う相手 | 社外の候補者 | 社内の在籍者と退職者 |
主な仕事 | 求人票の作成、母集団形成、面接、内定 | 配置、評価、給与、育成、労務管理、就業規則 |
成果の測り方 | 入社人数、採用単価、充足までの日数 | 定着率、離職率、評価と処遇の納得度 |
仕事の一覧で見ると、採用は人事の仕事の1項目です。人事の仕事を網羅した一覧は、人事の仕事一覧の記事にまとめています。
採用の相手は社外、人事の相手は社内
採用が向き合う候補者は、まだ自社の社員ではありません。自社を選ぶかどうかを候補者が決めるので、採用の仕事は営業やマーケティングに近くなります。
人事が向き合うのは、すでに労働契約を結んだ社員です。評価や給与、異動は会社が決め、社員はその決定の中で働きます。決める側の責任が重いため、制度の一貫性と説明のしやすさが問われる立場です。
境目は労働条件を2回示す場面にある
採用と人事の境目を法律で見ると、2つの条文に行き着きます。採用が従う職業安定法第5条の3と、人事が従う労働基準法第15条です。どちらも労働条件を明示する義務で、示す時期と示す人が違います。
誰が | いつ | 根拠 | 示す書面 |
|---|
採用 | 募集の段階 | 職業安定法 第5条の3 | 求人票・募集要項 |
人事 | 労働契約の締結の段階 | 労働基準法 第15条 | 労働条件通知書 |
出所:e-Gov法令検索「職業安定法」「労働基準法」(2026年9月26日確認)。
2つの明示は、業務の内容や賃金、労働時間といった同じ労働条件を扱います。採用が示した条件を、人事が契約の形で示し直す。仕事の引き継ぎは、この示し直しの時点で起きます。
2024年4月から2枚に同じ新項目が加わった
2024年4月1日から、求人票に書く労働条件に3つの項目が加わりました。業務の変更の範囲、就業場所の変更の範囲、有期労働契約を更新する場合の基準です。厚生労働省は、この追加を労働基準法の労働契約締結時の明示義務と同様の改正だと説明しています。
出所:厚生労働省「2024(令和6)年4月1日施行 改正職業安定法施行規則」(2023年6月・リーフレット)。
追加された項目 | 求人票(採用が書く) | 労働条件通知書(人事が書く) |
|---|
業務の変更の範囲 | 募集の段階で示す | 契約締結の段階で示す |
就業場所の変更の範囲 | 募集の段階で示す | 契約締結の段階で示す |
有期労働契約の更新基準 | 募集の段階で示す | 契約締結の段階で示す |
求人票の変更の範囲は人事と一緒に決める
「変更の範囲」とは、入社直後の配属だけでなく、将来の配置転換の見込みまで含めた範囲のことです。そのため求人票に書く前に、採用担当だけで決めずに人事と合意しておきます。配置転換の方針を持っているのは人事だからです。
採用が単独で狭く書けば、入社後の異動が難しくなります。広く書くと、今度は候補者が応募をためらいかねません。求人票に書いた範囲と人事が配置転換で使う範囲がずれると、入社後に「聞いていた話と違う」という不満が生まれます。
求人票の記載事項と、労働条件通知書との食い違いを防ぐ書き方は、求人票の記載事項と書き方の記事で項目ごとに扱いました。
採用と人事で守る法律はほかにも分かれる
境目の2条文のほかにも、局面ごとに守る法律が分かれます。採用の局面には候補者を公平に扱うための規定が、人事の局面には在籍者全員に適用するルールづくりの規定があります。
局面 | 主な条文と中身 |
|---|
採用 | 職業安定法 第5条の4(求人情報を正確で最新に保つ)、第5条の5(候補者の個人情報を目的の範囲で扱う)、男女雇用機会均等法 第5条(性別)、労働施策総合推進法 第9条(年齢) |
人事 | 労働基準法 第89条(常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成して届け出る) |
出所:e-Gov法令検索「職業安定法」「男女雇用機会均等法」「労働施策総合推進法」「労働基準法」(2026年9月26日確認)。
採用担当が特に気をつけたいのは、候補者の個人情報の扱いです。選考に関係のない家族構成や出身地を面接で聞かないのは、職業安定法第5条の5の考え方に沿った運用です。工程ごとの法令要件は、採用フローの設計手順と法令要件の記事で工程順に整理しています。
採用が1年で迎える人数は在籍者の1割強
業務量の差は、人数で見るとはっきりします。厚生労働省の雇用動向調査によると、2025年の1年間の入職者数は752万6,800人でした。年初の常用労働者数5,133万7,600人に対する入職率は14.7%です。パートタイム労働者を除いた一般労働者に限ると、入職率は12.0%になります。
出所:厚生労働省「令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況」(2026年8月31日公表)。
入職率は、年初の常用労働者数に対する1年間の入職者数の割合です。入職者には他社からの出向者も含まれますが、同じ会社の中での異動は含まれません。全産業の一般労働者のうち、前職のある転職入職者の入職率は8.5%です。
業種によって入職率は3倍近く開く
入職率は業種で大きく変わります。一般労働者で見ると、金融業・保険業の8.6%から宿泊業・飲食サービス業の24.4%まで、3倍近い開きがあります。
業種(2025年・一般労働者) | 入職率 | 離職率 |
|---|
産業計 | 12.0% | 11.4% |
情報通信業 | 13.1% | 10.0% |
学術研究、専門・技術サービス業 | 11.1% | 10.0% |
製造業 | 8.8% | 9.2% |
卸売業、小売業 | 8.9% | 8.5% |
金融業、保険業 | 8.6% | 6.3% |
医療、福祉 | 13.1% | 13.6% |
宿泊業、飲食サービス業 | 24.4% | 21.5% |
出所:厚生労働省「令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況」(2026年8月31日公表)表4-2。
100人の会社なら採用は年に十数人、人事は全員
ここからは、上の入職率を使った試算です。統計の値そのものではありません。
産業計の12.0%を、パートタイムを除く社員100人の会社に当てはめると、採用が1年で迎える人数は約12人です。情報通信業の13.1%なら約13人、月に1人強になります。人事は、この入れ替わりを含めて在籍する約100人全員の評価と給与を毎年回す役割です。
実際の入職率は、同じ業種でも事業の伸び方や社員の年齢構成で変わります。自社の数字は、前年の入社人数を年初の在籍者数で割れば出せるので、そちらを使ってください。
入れ替わりの多い会社ほど採用の体制が問われる
自社の入職率が平均より高いほど、同じ在籍者数でも採用が迎える人数は増えます。人数が増えれば、求人の見せ方や選考の速さといった採用の体制そのものが、入社人数を左右する要因です。
エンジニアを採用している会社なら、その体制が候補者からどう見えているかをエンジニア採用力チェックで確かめられます。企業のURLを入れると、採用力を5つの指標・24項目で採点し、結果をレポートで返すツールです。
兼任か分業かは、引き継ぎが毎月あるかで決める
採用と人事を1人が兼ねるか担当を分けるかは、内定から入社までの引き継ぎがどれだけの頻度で発生するかで決めます。引き継ぎの回数は、年間の入社人数とほぼ同じだからです。
情報通信業で社員100人なら、先の試算で入社は月に1人強でした。社員200人なら、この人数は単純に2倍になります。この規模になると引き継ぎは毎月発生し、採用の山場と評価や給与改定の締めが同じ月に重なりやすくなります。
確かめる点 | 見方 |
|---|
年間の入社人数 | 在籍者数×自社の入職率で見込み、月あたりの人数に直す |
繁忙期の重なり | 採用の山場と、評価・給与改定の締めが同じ月に来るかを数える |
就業規則 | 常時10人以上なら作成と届出の義務があり、改定の仕事が人事に定期的に発生する |
引き継ぎが毎月あり、繁忙期も重なるなら、分業か外部の手を借りる検討を始める時期です。「毎月」を境にするのは統計ではなく、引き継ぎの実務量から見た目安です。どちらの場合も、引き継ぎの中身は書面で残します。
内定から入社までの引き継ぎは5項目を書面で渡す
分業するときも兼任するときも、内定の時点で採用から人事へ次の5項目を書面で渡します。人事はこれをもとに労働条件通知書を作り、配属の準備を始める流れです。
【内定者の引き継ぎシート】 1. 求人票に書いた業務の内容と、業務の変更の範囲 2. 求人票に書いた就業場所と、就業場所の変更の範囲 3. 提示した賃金と、その内訳(固定残業代の有無を含む) 4. 面接で候補者に伝えた配属先と、期待している役割 5. 選考中に候補者から出た懸念と、それへの回答
1〜3は求人票と労働条件通知書で同じ内容になっているべき項目です。4と5は書面の条件には表れませんが、入社後に「聞いていた話と違う」と言われやすい部分です。ここまで渡しておけば、食い違いが起きたときに、どこでずれたのかを確かめられます。
採用を人事から切り出すときは成果の測り方を先に決める
採用を独立した担当にするなら、何を成果とするかを先に決めます。入社人数だけを追うと、入社後の定着が人事の責任として切り離されやすくなるからです。入社人数と、入社後一定期間の定着を組み合わせて見る形にしておくと、採用と人事の目標がつながります。
中途採用の進め方の全体像は、中途採用の基本の流れと手法の記事にまとめました。
境目で決めておくのは明示の中身と引き継ぎの手順
期間と人数の違いは、組織の規模が決めるもので、担当者が選べるものではありません。担当者が決められるのは、法律の軸にある労働条件の明示のほうです。
- 採用は募集から労働契約の締結までを、人事は締結後から退職までを受け持つ
- 採用は職業安定法、人事は労働基準法にもとづいて、同じ労働条件を2回示す
- 採用が1年で迎える人数は在籍者の1割強(一般労働者の産業計12.0%)で、人事は在籍者の全員を相手にする
決めておくのは2つです。求人票の変更の範囲を人事と一緒に決めること、内定から入社までの引き継ぎを書面で行うこと。この2つがあれば、兼任でも分業でも、求人票と入社後の扱いを揃えやすくなります。