経営者研修は、社長や取締役といった経営陣と、その後を継ぐ候補者が、会社全体の意思決定に要る知識を学ぶ研修です。テーマや研修会社の選び方はよく語られますが、企画する人事が最初につまずくのは別の点です。誰が受ける研修かによって、制度上の扱いが変わります。
上場企業では、取締役の学びの機会と方針の開示が、コーポレートガバナンス・コードの原則に入っています。費用の面でも、取締役本人の研修と、従業員である経営幹部候補の研修とでは、助成金の対象かどうかが分かれるのが実情です。
経営者研修の定義と管理職研修との違い
経営者研修は、代表取締役・取締役・監査役などの経営陣と、後継者や経営幹部候補が、経営戦略・財務・組織・ガバナンスといった全社の判断に必要な知識を学ぶ研修を指します。管理職研修が担当部門を率いる力を対象にするのに対し、経営者研修は会社全体の経営資源の配分と、取締役としての役割・責任を扱う点が違いです。
受講者は大きく3つに分かれます。現に経営を担う取締役・監査役、数年後に経営を担う後継者や経営幹部候補、そして外部から就任する社外取締役です。同じ「経営者研修」でも、誰が受けるかで学ぶ中身も、会社が負う義務も、費用の扱いも変わってきます。
区分 | 主な受講者 | 学ぶ中心 | 会社側で決めること |
|---|
経営者研修 | 取締役・監査役・社外取締役 | 取締役の役割と責任、事業・財務・組織の理解、全社の資源配分 | 就任時と就任後にどんな学びの機会を用意するか |
後継者・経営幹部候補の育成 | 後継者・経営幹部候補(従業員) | 経営戦略・財務・組織運営を経営者の立場で考える力 | 誰を候補に選び、どれだけの期間をかけるか |
管理職研修 | 部長・課長などの管理職 | 部下の育成・評価、部門目標の達成 | 階層別研修の中でどの層に何を教えるか |
後継者を選び育てる考え方は、サクセッサー(後継者)の育成の記事で詳しく扱いました。
上場企業の取締役研修はCGコード原則4-15が求める
上場企業は、2026年7月21日に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの原則4-15「取締役・監査役の研鑽」で、個々の取締役・監査役に合った学びの機会を用意し、費用を支援し、その方針を開示するよう求められています。取締役会は、こうした対応が適切にとられているかを確かめる立場です(金融庁・東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)」)。
原則4-15が取締役・監査役に求める学びの範囲は、役割・責務の理解と、会社の事業・財務・組織等に関する知識の習得と更新です。経営者研修の企画に置き換えると、取締役の法的な責任の理解と、自社の事業の数字を読む力の両方を用意することになります。
改訂前の原則4-14からの変更点
改訂前は、原則4-14「取締役・監査役のトレーニング」と2つの補充原則が同じ内容を受け持っていました。補充原則4-14①が就任時と就任後の継続的な知識の更新を、補充原則4-14②がトレーニングの方針の開示を求める形です(金融庁・東京証券取引所「改訂前からの変更点」)。
2026年の改訂で、名称は「トレーニング」から「研鑽」に変わり、方針の開示は原則4-15の本文に入りました。改訂版は金融庁と東京証券取引所が取りまとめて公表したものです(金融庁「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について」)。
改訂の概要は、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施するか、実施しない理由を説明する)の対象を概念的な原則に絞り、具体的な内容を新設の「解釈指針」に移したと説明しています(金融庁「コーポレートガバナンス・コード改訂(2026年)の概要」)。
経営者研修はCEOの後継者計画ともつながる
同じコードの原則4-3(1)は、取締役会がCEOの後継者計画(サクセッションプラン)の策定・運用に主体的に関与することを求めています。後継者候補の育成が、十分な時間と資源をかけて計画的に行われるよう監督するのも取締役会の役割です。
上場企業の経営者研修は、いまの取締役の学び直し(原則4-15)と、次のCEO候補の育成(原則4-3)の2本で組み立てると、コードの求めと社内の育成計画を同じ表で説明できます。研修の実績を人数や時間で開示している企業の例は、研修の事例を開示で読む記事にまとめました。
中小企業の経営者・後継者には公的な長期研修がある
中小企業の後継者向けには、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」があります。国の機関が手がける10か月間全日制の後継者育成コースで、45年以上続いており、経営者・経営幹部として活躍する卒業生は900名を超えています(中小企業基盤整備機構「経営後継者研修」)。
2026年10月に開講した第47期の実施内容は次のとおりです(J-Net21「第47期経営後継者研修」)。
項目 | 第47期の内容 |
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研修期間 | 2026年10月1日〜2027年7月23日(予定) |
研修時間 | 原則9時40分〜16時40分(昼食休憩1時間を含む) |
受講料 | 128万3,000円(教材費含む・税込) |
定員 | 20名 |
受講料には、J-Net21の案内で「変更になる場合があります」と注記があります。次の期の日程と募集要項は、中小企業大学校東京校の案内で確かめてください。
後継者を10か月間現場から離す前提のため、送り出す側では、後継者が担っていた業務の引き継ぎ先を先に決めておく必要があります。民間の研修会社が出す長期の選抜型プログラムと比べるときも、期間・受講料・現場を離れる日数の3つを並べると違いが見えてきます。
研修で補えない経営チームの穴は採用で埋める
経営者研修は、すでに社内にいる経営陣と候補者の知識を更新する手段で、社内にいない専門性を持つ経営人材は研修からは生まれません。たとえば技術組織を率いるCTOやVPoEの候補が社内に見当たらない場合、研修より先に外部からの採用を検討することになります。
経営人材を外から迎える方法は、経営者を人材紹介で探す方法とヘッドハンティングの仕組みと費用の記事で整理しました。
技術系の経営人材やエンジニアを採用する前に、候補者の目に触れる自社の公開情報がどう見えるかを確かめておくと、打ち手の優先順位を付けやすくなります。エンジニア採用力チェックは、企業URLから採用ページ・求人票・技術発信といった公開情報をAIが解析して5指標24項目で採点し、原則1営業日以内にレポートを届ける無料のサービスです。
取締役本人の研修費は助成金と税の扱いが従業員と違う
人材開発支援助成金は、研修を受ける人が雇用保険の被保険者であることを要件にしています。法人の取締役・監査役は原則として雇用保険の被保険者にならないため、取締役本人が受ける経営者研修は、原則としてこの助成金の対象になりません。
厚生労働省の案内は、訓練を受講する対象労働者を「申請事業主が設置する雇用保険適用事業所の雇用保険被保険者」と定めています(厚生労働省「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)のご案内」令和8年度版)。
例外は兼務役員です。取締役であっても部長・支店長などの従業員の身分を兼ね、就業の実態から労働者的性格が強く雇用関係があると認められた場合に限り、雇用保険の被保険者になることがあります(東京労働局(ハローワーク)「兼務役員雇用実態証明書に必要な書類」)。
役員の研修費を会社が出すときの所得税の扱い
会社が役員の研修費を負担するとき、業務上の必要に基づき、職務に直接必要な技術や知識を身につけさせるための研修会・講習会の出席費用であれば、適正な額に限り給与として課税しなくて差し支えないとされています(国税庁「所得税基本通達」36-29の2)。
通達は「役員又は使用人」と書いており、役員も対象に含みます。裏返すと、職務との関係が薄い教養講座や、適正な額を超える費用は、この扱いの外に出る余地があります。個別の判断は顧問税理士に確かめてください。
受講者の区分ごとに整理すると、次の表のとおりです。
受講者 | 雇用保険の被保険者 | 人材開発支援助成金 | 会社負担の研修費(所得税) |
|---|
代表取締役・業務を執行する取締役 | 原則ならない | 原則対象外 | 職務に直接必要な研修の適正額は課税しなくて差し支えない |
兼務役員(部長などを兼ね、労働者的性格が強いと認められた人) | なることがある | 被保険者で、ほかの支給要件も満たせば対象になり得る | 同上 |
経営幹部候補・管理職(従業員) | 加入要件を満たせばなる | ほかの支給要件も満たせば対象になり得る | 同上 |
同じ研修に取締役と経営幹部候補を一緒に送る場合、助成金を見込めるのは被保険者の受講分だけです。助成金を前提に予算を組む前に、受講者名簿を被保険者かどうかで分けておけば、申請の段階で計画が崩れません。研修の種類ごとの実質負担の比べ方は、人事研修の比較の記事でも扱っています。
経営者研修の選び方は受講者と目的の組み合わせで決まる
経営者研修を選ぶ順番は、受講者の区分を決め、その人に足りない知識を目的として書き出し、最後に形式を選ぶ流れです。形式から入ると、取締役の役割理解が要る人に一般的な経営戦略の講座を当てるといった食い違いが起きます。
目的 | 主な受講者 | 向く形式 | 社内で先に決めること |
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取締役の役割・法的責任の理解 | 新任の取締役・社外取締役 | 就任時の個別説明・外部の取締役向け講座 | 就任時に何を伝えるか、開示する方針の文面 |
自社の事業・財務・組織の理解 | 社外取締役・他部門出身の取締役 | 社内の事業説明・現場視察 | 説明を担う部門と回数 |
経営戦略・財務を経営者の立場で考える力 | 後継者・経営幹部候補 | 長期の選抜型研修・公的な後継者研修 | 候補者の選び方と、現場を離れる期間の穴埋め |
社外の経営者との比較・刺激 | 経営者本人・後継者 | 異業種の経営者が集まる講座 | 学んだことを社内でどう共有するか |
上場企業なら、表の上2行が原則4-15の開示内容の骨組みです。中小企業で後継者を育てるなら、3行目の長期研修と、社内で任せる役職の経験を組み合わせる設計が中心になります。