DXに予算をかけたのに、現場の働き方が変わった実感がない。そう感じる従業員が多い会社では、エンゲージメントも上がりにくいことが調査で分かってきました。
「DX エンゲージメント」は、DXの取組みと従業員エンゲージメントの関係を指して使われる言い方です。ツールを入れたかどうかより、従業員が「便利になった」「働きやすくなった」と感じているかが、仕事への意欲や働き続けたい気持ちと結びついています。
人事にできることは、その実感を測り、負担の大きい業務からDXを進め、身につけたスキルに報いることです。DXを担う人材が足りなければ、育成と中途採用を組み合わせます。
DXエンゲージメントの意味と、2つの使われ方
「DX エンゲージメント」は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取組みが従業員エンゲージメントにどう影響するかを指して使われる言い方で、決まった定義を持つ専門用語というより、2つの語を組み合わせた呼び方です(編集部の整理)。人事の文脈で問われるのは、DXで仕事が便利になった・働きやすくなったという従業員の実感と、仕事への意欲や組織への愛着との関係です。
従業員エンゲージメントとは、従業員が仕事に意欲的に取り組み、組織に貢献しようとする状態のことです。厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」は、その中核にあるワーク・エンゲイジメントを「活力」「熱意」「没頭」の3つが揃った状態と説明しています。定義と測り方は従業員エンゲージメントの解説にまとめています。
マーケティングの分野でDXと並べて語られる「顧客エンゲージメント」は、デジタルの接点で顧客との関係を深める取組みを指す別の言葉です。ここで扱うのは従業員の側です。
DXの恩恵を感じる会社ほど、従業員エンゲージメントが高い
株式会社アジャイルHRと株式会社インテージが毎年1万人のビジネスパーソンを対象に行う従業員エンゲージメント全国調査では、自社のDXの恩恵を感じている従業員の会社ほど、従業員エンゲージメントが高い傾向が見られました。2025年10月10日に公表された分析では、働き続けたいと思う気持ち(継続勤務意欲)で、DXの効果を感じている会社とそうでない会社の差が特に大きく出ています。
設問は「私の働いている会社では、DX(ITやデジタル技術を使った取り組み)を進めたことで、便利になったり、働きやすくなるなどの変化がある」というものです。システムを導入したかどうかではなく、働く人がその変化を感じているかを尋ねています。
DXの恩恵を感じる回答(「そうだ」「まあそうだ」の合計)の割合は、従業員規模が大きい会社ほど高い傾向がありました。業種別で最も高いのは情報通信業、次いで電気・ガス・熱供給・水道業です。最も低いのは農業・林業・漁業、鉱業・採石業・砂利採取業、次いで宿泊業、飲食サービス業でした(出所:株式会社アジャイルHR「DXの恩恵を感じている会社ほど従業員エンゲージメントは高い」・2025年10月10日公表)。
エンゲージメントと定着の結びつきは、国の分析でも示されています。厚生労働省の白書は、ワーク・エンゲイジメント・スコアと組織コミットメントや従業員の離職率の低下に正の相関があるとしたうえで、逆方向の因果関係がある可能性にも留意が必要としています。
どちらも相関を示した結果で、DXを進めれば従業員エンゲージメントが必ず上がるとまでは言えません。鍵になるのは、DXが従業員の仕事をどう変えたかです。
DXがエンゲージメントに影響する道筋は仕事の負担と支え
DXが従業員エンゲージメントに影響する道筋は、厚生労働省の白書が紹介する「仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)」で整理できます。仕事の負担(要求度)を減らし、仕事の支え(資源)を増やすDXはエンゲージメントを高める方向に働き、新しいツールの習得や二重作業で負担だけを増やすDXは逆に働く、というのが編集部の整理です。
白書によると、仕事の要求度は、従業員の適応能力を超えるとストレス等を引き起こす可能性のある仕事の特性で、仕事のプレッシャーや精神的負担、役割の過重などを指します。仕事の資源は、キャリア開発の機会、上司によるコーチング、意思決定への参加、仕事へのフィードバックや正当な評価などです。
白書は、仕事の資源が豊富にあると、要求度の高さにかかわらずワーク・エンゲイジメントが高まるという先行研究も紹介しています(出所:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」第Ⅱ部第3章)。
DXの取組みをこの2つの軸に当てはめると、次のようになります。
DXの取組みの例 | 仕事の負担(要求度)への影響 | 仕事の支え(資源)への影響 |
|---|
紙と手入力の業務をシステムに置き換える | 定型作業と転記の負担が減る | 浮いた時間を判断や改善の仕事に回せる |
情報共有の基盤を整える | 確認や問い合わせの手間が減る | 上司や他部署の支援を得やすくなる |
業務データを見える化する | 報告資料づくりの負担が減る | 仕事の成果へのフィードバックが早くなる |
新しいツールを説明なしに一斉導入する | 習得の負担と旧手順との二重作業が増える | 支えが増えないまま負担が残る |
出所:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」の仕事の要求度-資源モデルをもとに編集部作成。
日本企業の課題はDX人材の不足と学びに報いる仕組み
IPA(情報処理推進機構)が2026年7月30日に発行した「DX動向2026」(2025年度調査)で、DXを推進する人材の「量」が不足している(「やや不足している」「大幅に不足している」の合計)と答えた企業は85.5%でした。「大幅に不足している」は50.1%で、2023年度の62.1%、2024年度の58.5%からは下がったものの、不足感は高い水準のままです。
従業員規模別では、不足の回答が301人以上の企業で9割を超え、100人以下の企業でも6割を超えています。
同じ調査の企業文化・風土の設問では、「新しいスキル等を習得することが奨励される」ができていると答えた割合が54.0%でした。これに対して「高いスキルを持っていることが報酬に反映される」は32.3%、「学習を支援する制度やプログラムが充実している」は35.1%で、IPAはスキルに対する要求と育成・評価とのギャップがみられるとしています。
前年の「DX動向2025」の日米独比較でも、日本は企業文化・風土の項目のうち「企業の行動指針となる企業倫理が周知されている」以外で、回答割合が3か国中最も低い結果でした。
スキルの習得を求められるのに、学ぶ時間の支えや報酬への反映が伴わない状態は、JD-Rモデルでいえば負担が増えて支えが増えない状態にあたります(編集部の整理)。DXを進めるほど現場の疲れが増すと感じる会社は、ここから見直すと手を打つ場所が見えてきます。
DXをエンゲージメントにつなげる人事の4つの打ち手
DXを従業員エンゲージメントにつなげるために人事が打てる手は、DXの担い手を育成と中途採用で確保する、DXの実感をサーベイで測る、負担の大きい業務からDXを進める、身につけたスキルを評価と報酬に反映する、の4つです(編集部の整理)。どれも、上の調査で見えた「人材の不足」「実感」「負担と支え」「学びと報酬の差」に対応しています。
DXの担い手は、育成と中途採用を組み合わせて確保する
DXを推進する人材を社内の育成だけで揃えるには時間がかかり、その間は少人数の担当者に負担が集中しがちです。業務を知る社員の育成と、デジタル技術の経験者の中途採用を組み合わせると、現場の担当者に負担を寄せずにDXを進められます。DX人材の類型と採用・育成の進め方はDX人材の解説で扱っています。
エンジニアなどIT人材の中途採用を始める前に、候補者から見た自社の採用情報の状態を確かめておくのも一つの方法です。エンジニア採用力チェックは、企業の公開情報を5指標24項目で採点し、原則1営業日以内にレポートが届く無料の診断です。
DXの実感をエンゲージメントサーベイの設問に加える
DXの効果を確かめるには、システムの利用率だけでなく、従業員が便利になった・働きやすくなったと感じているかを、エンゲージメントサーベイの設問として定期的に尋ねます。アジャイルHRの調査と同じ形の設問を加えると、部署ごとのDXの実感とエンゲージメントのスコアを並べて見られるのが利点です。
経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)は、人材戦略の5つの共通要素の一つに「社員エンゲージメント」を挙げており、そのための取組の最初の項目は「社員のエンゲージメントレベルの把握」です。上場企業がエンゲージメントをどう測って開示しているかは、エンゲージメント事例の記事で比べています。
DXの最初の対象は、現場の負担が大きい業務にする
DXで最初に手をつける業務は、転記や紙の回覧、繰り返しの集計など、現場が負担に感じている業務から選びます。従業員が変化を実感しやすく、負担が減った分を判断や改善の仕事に回せるからです。IPAの「DX動向2026」でも、DXの成果は業務効率化などに関する項目で高く出ています。
新しいツールを入れるときに先に決めておきたいのは、旧い手順をいつやめるかと、使い方を覚える時間を業務時間内のどこに確保するかです。旧い手順が残ったままの導入は、二重作業という新しい負担を生みます。
身につけたスキルを評価と報酬に反映する
DXのためにスキルの習得を求めるなら、学んだ結果を評価や報酬に反映する仕組みも一緒に整えます。IPAの調査で、スキル習得の奨励(54.0%)に比べて報酬への反映(32.3%)と学習支援の制度(35.1%)が低かった差を埋める取組みです。
人材版伊藤レポート2.0も、リスキル・学び直しの取組として「リスキルと処遇や報酬の連動」を挙げています。学ぶ時間を業務時間内に確保し、身につけたスキルを任せる仕事や処遇に結びつけると、DXは従業員にとって負担ではなく仕事の支えとして受け止められやすくなります。