DX研修を探すと、研修会社のおすすめ講座と比較表が並びます。けれど、何を教えるかの物差しは国がすでに用意しています。経済産業省とIPA(情報処理推進機構)の「デジタルスキル標準」で、2026年4月に改訂されたばかりです。
講座の良し悪しも、国が講座を審査するときの基準で見分けられます。研修会社の比較表を開くのは、教える中身と候補の講座をこの2つの物差しで絞ってからで十分です。
人事が決めるのは、誰に何を教えるか、どの講座を残すか、受講後に何を任せるかの3つです。社内に教え手がいない役割を採用に回す分かれ目も、同じ材料から読めます。
DX研修は、社員がDXを担う知識・スキル・行動を学ぶ教育
DX研修とは、企業が社員に、データとデジタル技術を使って業務やビジネスモデルを変えるための知識・スキル・行動を身につけさせる教育です。ツールの操作研修と違い、変革に向けて自分で動けるようになることまでを目標に置きます。
何を教えるかの公的な基準は、経済産業省とIPAの「デジタルスキル標準(DSS)」です。全社員が身につける「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材の役割とスキルを定めた「DX推進スキル標準」の2つでできています。
標準 | 対象 | 中身 |
|---|---|---|
DXリテラシー標準(DSS-L) | 全てのビジネスパーソン | Why・What・How・マインド・スタンスの4つ |
DX推進スキル標準(DSS-P) | DXを推進する人材 | 6つの類型ごとの役割とスキル |
出所:IPA『DXリテラシー標準(DSS-L)概要』とIPA『DX推進スキル標準(DSS-P)概要』をもとに作成。
DXそのものの定義とIT化との違いは、DXとIT化・デジタル化の違いを参照してください。
全社員向けの研修は、DXリテラシー標準の4項目で組む
全社員向けのDX研修は、DXリテラシー標準の4項目を一通り含むように組みます。この標準のねらいは、一人ひとりがDXを自分事ととらえ、変革に向けて行動できるようになることです。
項目 | 標準での位置づけ | 研修で扱う例 |
|---|---|---|
Why | DXの背景 | 自社の市場と顧客の変化 |
What | DXで活用されるデータ・技術 | データの種類、AI、クラウド |
How | データ・技術の利活用 | 自部署の業務での使い方 |
マインド・スタンス | 新たな価値を生み出すための土台 | 変化への向き合い方、試して学ぶ姿勢 |
出所:IPA『DXリテラシー標準(DSS-L)概要』の4項目をもとに作成(「研修で扱う例」は本稿の例示)。
生成AIの使い方や表計算の講座は、WhatとHowの一部にあたります。研修会社の講座を組み合わせるときは、4項目のうちどの講座も扱っていない項目が残っていないかを、表と照らして確かめます。
特にWhyは自社の市場と顧客の事情に寄せて語る項目なので、社外の汎用の講座だけでは埋まりにくい部分です。
推進人材向けの研修は、DX推進スキル標準の6類型から選ぶ
推進人材向けのDX研修は、育てたい役割をDX推進スキル標準の6類型から先に決め、その類型のスキルを扱う講座を選びます。類型ごとに求めるスキルが違うため、「DX推進者向け」とひとまとめにした講座だけでは、どの役割が育つのかが決まりません。
類型 | 役割(標準の定義の要約) |
|---|---|
ビジネスアーキテクト | 変革の目的を定義し、ビジネスモデルと業務プロセスを設計して、関係者を巻き込みながら成果まで導く |
デザイナー | 顧客・ユーザーの視点で、製品・サービスのありかたと開発の方針をデザインする |
データサイエンティスト | データを活用した業務変革や新規ビジネスに向けて、データの解析やAIの仕組みの設計・実装・運用を担う |
データマネジメント | データの安全性・信頼性を確保し、組織全体でデータを使える仕組みを設計・運用する |
ソフトウェアエンジニア | デジタル技術を使った製品・サービスのシステムやソフトウェアを設計・実装・運用する |
サイバーセキュリティ | デジタル環境のサイバーセキュリティリスクの影響を抑える対策を担う |
出所:IPA『DX推進スキル標準(DSS-P)概要』の類型の定義を要約。
2026年4月の改訂(ver.2.0)で、データマネジメントのロールとスキルが加わり、AIの実装・運用やAIガバナンスのスキルも拡充されました(出所:IPA『デジタルスキル標準 ver.2.0(分冊版:DX推進スキル標準)』)。
改訂前の類型表をもとに作った研修体系では、データマネジメントの役割を誰に担わせるかが空いたままです。各類型の職種と必要なスキルは、DX人材とはで詳しく扱っています。
研修の到達目標は、共通スキルリストの重要度で書く
推進人材向けの研修の到達目標は、DX推進スキル標準の「共通スキルリスト」のスキル項目と重要度で書くと、講座の水準と突き合わせられます。共通スキルリストは全ての類型・ロールに共通するリストで、スキルを5つのカテゴリー(ビジネス変革・データ活用・テクノロジー・セキュリティ・パーソナルスキル)と13のサブカテゴリーで整理したものです。
ロールごとに、どのスキル項目をどの水準まで求めるかを示すのが、次の重要度です。
重要度 | 標準での定義 |
|---|---|
a | 高い実践力と専門性が必要 |
b | 一定の実践力と専門性が必要 |
c | 知識として説明可能なレベルでの理解が必要 |
d | 体系として全体の中での位置づけや他項目との関連の理解が必要 |
z(パーソナルスキル) | 役割や状況に応じた実践力が必要 |
出所:IPA『デジタルスキル標準 ver.2.0(分冊版:DX推進スキル標準)』の重要度の定義。
研修の目標を「データ活用のこのスキル項目を、重要度cまで」のように書けば、研修会社に何を求めるかがはっきりします。目安として、講義中心の講座で届きやすいのはcとdで、aとbに届かせるには演習や実務での実践が欠かせません。
DX研修が求められる背景は、学びの奨励と支援の差
DX研修が企業の課題になっている背景には、学ぶことを奨励していても、学びを支える仕組みと処遇が追いついていない実態があります。IPAの『DX動向2026』で企業文化・風土の状況を尋ねた設問の、「できている」の回答率は次のとおりです。
設問(労働環境・人材育成) | 「できている」の回答率 |
|---|---|
新しいスキル等を習得することが奨励される | 54.0% |
学習を支援する制度やプログラムが充実している | 35.1% |
高いスキルを持っていることが報酬に反映される | 32.3% |
出所:IPA『DX動向2026』図表2-13(企業の経営層またはICT関連事業部門が回答・2026年7月公表)。
奨励と支援の差は約19ポイントです。学べと言われても、学ぶための研修や制度が用意されていない会社が少なくありません。DX研修は、この差を埋める手段の1つになります。
人材育成の問題の1位は、指導する人材の不足
社内でDX研修を組もうとすると、教える人がいないことが最初の壁になります。厚生労働省の『令和7年度 能力開発基本調査』では、能力開発や人材育成に何らかの問題があるとした事業所が80.1%で、問題点の1位は「指導する人材が不足している」でした。
人材育成の問題点(複数回答) | 割合 |
|---|---|
指導する人材が不足している | 59.5% |
人材を育成しても辞めてしまう | 51.6% |
人材育成を行う時間がない | 45.5% |
人材育成の方法がわからない | 10.0% |
適切な教育訓練機関がない | 9.5% |
出所:厚生労働省『令和7年度 能力開発基本調査』調査結果の概要図36(問題があるとした事業所が回答)。
この調査は、DXに限らない人材育成全般の結果です。それでも、デジタルの分野は社内に詳しい人が少ない会社ほど教え手が足りなくなり、外部の講座に頼る場面が増えるはずです。外部の講座に頼るなら、研修の質は講座の選び方で決まります。






