CHRO(最高人事責任者)の採用は、人事部長の後任探しとは出発点が違います。経済産業省の資料はCHROを経営陣の一員として位置づけており、候補者を探す前に、経営陣と取締役会のあいだで任せる役割と責任を決めておく必要があります。
採用の途中で詰まりやすいのが、CHROをどの立場で迎えるかという点です。CHROは会社法に定めのある役職名ではないので、取締役として迎えるのか、執行役員などの社員として迎えるのかで、選任を決める機関も報酬の決め方も変わってきます。
CHROの定義と人事部長との違い
CHRO(Chief Human Resource Officer)は、経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担い、社員や投資家を含むステークホルダーとの対話を主導する責任者です。2022年5月に経済産業省が公表した「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」がこう定義し、CHROは人材戦略を自ら起案して、CEO(最高経営責任者)・CFO(最高財務責任者)などの経営陣や取締役と定期的に議論するとしています。
人事部長との違いは、担当する業務の範囲よりも、責任をどこに置くかという点です。同レポートは、CHROの設置に当たって、CHRO自身が従来の人事部長(人事担当役員を含む)が果たしてきた役割・責任との差を言葉にして定義し、経営陣・取締役会と合意するとしています。
同じ「人事のトップ」でも、人事制度の運用を統括する人と、経営戦略に合わせて人材戦略を起案し、その成果に経営陣として責任を持つ人とでは、採用で見る経験が変わります。CHROの採用は、後者の人を探す採用です。人事戦略そのものの立て方は、人事戦略の立て方と開示制度の記事で扱いました。
CHROの設置は2024年調査で6割強が実行段階
人的資本経営コンソーシアムの会員企業を対象にした2024年の調査では、CHROなどが経営陣に選任され、取締役会・経営陣を巻き込んで人事戦略の議論をリードしているかという設問に対し、「対応策を実行」以上の段階を選んだ企業が合わせて63.2%でした。重要性は認識して議論しているものの対応策を検討していない企業も26.8%あります。
段階(原典の6段階) | 回答割合 |
|---|
6 実行した結果、成果創出に明確に寄与 | 14.2% |
5 対応策を実行し、その結果を踏まえ必要な見直しを実施 | 27.2% |
4 対応策を実行 | 21.8% |
3 具体的に対応策を検討 | 6.9% |
2 重要性を認識/議論はしているが対応策を未検討 | 26.8% |
1 重要性を認識していない/議論していない | 3.1% |
出所:人的資本経営コンソーシアム事務局「人的資本経営に関する調査結果(詳細)」(2024年6月20日・CHROの設置(Q63)・n=261、63.2%は4〜6の合計を編集部が算出)。
回答した261社のうち東証プライム市場の企業が70.9%を占め、人的資本経営に取り組む会員の集まりという性格もあります。国内企業全体の設置率として読むのではなく、人的資本経営に取り組む大企業の間でも、CHROを置く段階に進んだ企業と、議論にとどまる企業に分かれている状況として読むのが妥当でしょう。
採用の前にCHROの役割と責任を取締役会と合意する
CHROの採用は、候補者を探す前に、任せる役割と責任を経営陣・取締役会と合意するところから始めます。人材版伊藤レポート2.0は、役割の定義は各企業の裁量で決めるべきとしつつ、一般的にCHROが他の経営陣と責任を共有しながら果たす役割・責任として次の5つを挙げています。
役割・責任(伊藤レポート2.0の例示) | 採用の要件定義で決めること |
|---|
経営戦略の実現に向けた人材面の課題を把握し、経営陣に解決策を提案・実行する | 就任後に最初に取り組む人材面の課題を1〜2つに絞る |
全社の人材戦略と実行上の課題・施策を経営陣・取締役会に定期的に示し、議論を主導する | 経営会議・取締役会への出席と報告の頻度 |
全社の人材戦略に連動するKPIの達成について、CEOとともに最終責任を負う | 責任を持つKPIと、報酬・評価への反映の仕方 |
経営戦略や人材戦略に欠かせない企業文化について議論を主導し、浸透に責任を負う | 維持する文化と見直す文化についての経営陣の考え |
社員や投資家に人材戦略と施策を発信し、対話する | 投資家との対話の場に出るかどうか |
右の列は、5つの役割を採用の要件に置き換えるために編集部が付けたものです。右の列が空欄のまま求人を出すと、候補者は自分が何に責任を持つのかを判断できず、面接のたびに求める人物像が揺れます。
CEOが人材戦略の責任を手放さない前提を共有する
同レポートは、経営戦略と連動した人材戦略を策定し実行する責任は本来CEOが第一に担うものだと明記しています。CEOは経営全体に責任を負うため代わってCHROが主導するのであって、CHRO任せにすべきではないという整理です。
採用面談でも、CEOがどこまで人材戦略の議論に時間を割くのかを候補者に示しておく必要があります。CHROを迎えれば人事の課題が片づくという期待のまま採用を進めると、就任後にCEOとCHROの役割分担で行き違いが生じやすくなります。
就任後はCEOとCHROで人材ポートフォリオの差を埋める
CHROが就任したあと、CEOと最初に取り組むのは、中期の経営戦略に要る人材の質と量を整理し、現状との差を明らかにすることです。人材版伊藤レポート2.0が求めているのは、CEO・CHROがこの人材ポートフォリオの差に基づいて、できるだけ早く社員の再配置や外部人材の獲得を検討し実行することです。
あわせて同レポートは、CEO・CHROが入念に考え抜いてKPIを設定し、経営環境の変化を踏まえて見直すことも求めています。採用の要件定義で決めた「責任を持つKPI」を、就任後の最初の数か月で経営陣と確定させる流れです。
人材ポートフォリオの差に技術職が含まれる会社では、エンジニアの採用がCHROの最初の打ち手の1つになります。候補者の目に触れる自社の公開情報がどう見えているかを先に確かめておくと、採用の打ち手の優先順位を付けやすくなります。エンジニア採用力チェックは、企業URLから採用ページ・求人票・技術発信といった公開情報をAIが解析して5指標24項目で採点し、1営業日以内にレポートを届ける無料のサービスです。
CHRO候補の要件は事業側の成果責任と戦略スタッフの経験
CHRO候補に求める経験は、人材版伊藤レポート2.0によれば、本社での戦略スタッフの経験と、事業側で成果責任を担った経験の2つが有効です。期待された職務を果たすには、人事以外の経営、ファイナンス、競合状況、製品特性などの理解も必要だと同レポートは書いています。
求人の要件に置き換えると、人事領域の経験年数だけで候補者を絞らないことが出発点になります。
求める経験 | 職務経歴で確かめる点 | 面接で確かめる点 |
|---|
事業側で成果責任を担った経験 | 事業部門や子会社で、売上・利益などの成果に責任を持った期間 | 事業の数字と人材の課題を結びつけて説明できるか |
本社での戦略スタッフの経験 | 経営企画・人事企画などで全社の計画を起案した経験 | 自社の経営戦略から人材面の課題を導けるか |
人事以外の経営への理解 | ファイナンス・競合・製品に関わった業務 | 自社の事業モデルと競合の状況への理解 |
経営陣・取締役会と議論した経験 | 経営会議・取締役会で起案・報告した経験 | 異論のある経営陣とどう合意を作ったか |
表の右2列は、レポートの要件を選考に落とすために編集部が整理したものです。人事の専門知識は欠かせませんが、事業の成果責任を担った経験を持つ候補者は人事以外の職歴から現れることもあるため、職種名で書類を落とさない運用にしておきます。
社内登用と外部採用は候補者の層の厚さで選ぶ
CHROを社内から登用するか外部から採用するかは、社内に事業経験を持つ候補者がどれだけいるかが分かれ目です。人材版伊藤レポート2.0は、事業戦略と実行上の課題を深く理解するCHROの候補者を常に一定数確保するため、ポテンシャルのある人材を事業側で成果責任を担う経験を積めるポジションへ計画的に配置して育てるよう求めています。
社内に候補者の層があれば、その中から登用するのが筋です。候補者がまだ育っていない、あるいは人事の進め方そのものを変えたいという場合は、外部からの採用を検討します。外部から迎える場合も、次のCHRO候補を社内で育てる役割を任せておくと、同じ採用を数年後に繰り返さずに済みます。CHRO自身が後継者の育成を主導することも、同レポートが挙げる役割の1つです。
CHROを迎える立場で選任の手続きと報酬の決め方が変わる
CHROは会社法に定めのある役職ではないため、取締役として迎えるのか、指名委員会等設置会社の執行役として迎えるのか、執行役員などの社員として迎えるのかを先に決めます。立場によって、選任を決める機関、会社との関係、報酬の決め方が次のように分かれます。
迎える立場 | 選任を決める機関 | 会社との関係 | 報酬の決め方 |
|---|
取締役(取締役CHRO) | 株主総会の決議(第329条第1項) | 委任(第330条) | 定款に定めがなければ株主総会の決議(第361条第1項)。指名委員会等設置会社では報酬委員会が個人別に決める(第404条第3項) |
執行役(指名委員会等設置会社) | 取締役会の決議(第402条第2項) | 委任(第402条第3項) | 報酬委員会が個人別に決める(第404条第3項) |
執行役員・人事本部長などの社員 | 重要な使用人に当たるなら、監査役会設置会社などでは取締役会の決議(第362条第4項第3号)。監査等委員会設置会社は条件を満たせば取締役に(第399条の13第5項・第6項)、指名委員会等設置会社は執行役に(第416条第4項)決定を任せられる | 会社法に定めがない | 社内の規程・労働条件として決める |
出所:e-Gov法令検索「会社法」第329条・第330条・第361条・第362条・第399条の13・第402条・第404条・第416条。
取締役として迎える場合は、人選が決まっても株主総会を経るまで就任できません。定時株主総会の時期から逆算して選考の日程を組むか、まず社員として入社し、次の株主総会で取締役に選任する流れにするかを、オファーの前に決めておきます。
執行役員として迎える場合でも、監査役会設置会社などの取締役会設置会社では、支配人その他の重要な使用人の選任・解任は取締役会が取締役に任せられない事項です(第362条第4項第3号)。監査等委員会設置会社は、取締役の過半数が社外取締役である場合か、定款に定めがある場合に、取締役会の決議でこの決定を取締役に任せられます(第399条の13第5項・第6項)。指名委員会等設置会社は、取締役会の決議で業務執行の決定を執行役に任せられます(第416条第4項)。CHROを重要な使用人として位置づけるなら、自社の機関設計で選任を誰が決めるのかを確かめ、内定の前に決議の時期を押さえておく必要があります。執行役は取締役を兼ねることもできます(第402条第6項)。
紹介会社との契約で、取締役としての就任を成功報酬の対象にするかどうかの確かめ方は、経営者を人材紹介で探す方法と契約の注意点の記事で扱いました。
CHRO候補の探し方と選考の場
CHRO候補を探す経路には、社内登用の候補者リスト、経営陣や社外取締役の人脈からの紹介、経営人材の紹介会社、サーチ型のヘッドハンティングがあります。CHROの候補者は現職で経営幹部や人事責任者を務めている人が中心になるため、求人を出して応募を待つだけでなく、候補者に会いに行く経路も持っておきます。
経営人材を外部の会社に探してもらう方式と費用の違いは、ヘッドハンティングの仕組みと費用の記事にまとめました。
選考では、面接の回数を増やすより、CHROとして働く場面に近い場を用意します。たとえば次のような場です。
- CEOとの複数回の面談で、人材戦略に割く時間と役割分担をすり合わせる
- 自社の経営戦略の資料を渡し、人材面の課題と最初に手を付ける施策を起案してもらう
- CFOや事業部門の責任者と面談し、事業の数字を踏まえた議論ができるかを見る
- 取締役として迎える場合は、社外取締役とも面談の場を設ける
起案の課題を出すときは、渡す資料の範囲と秘密保持の取り決めを先に決めておきます。候補者にとっても、経営陣と議論する場は入社の判断材料になります。
CHRO採用の要点
CHRO採用で先に決めるのは、任せる役割と責任、候補者に求める経験、迎える立場の3つです。
- 経済産業省の人材版伊藤レポート2.0は、CHROを経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担う責任者と定義し、CHRO自身が従来の人事部長との差を定義して経営陣・取締役会と合意するとしている
- 候補者の要件は、人事の経験年数だけでなく、事業側で成果責任を担った経験と本社での戦略スタッフの経験で組み立てる
- 取締役として迎えるなら株主総会の決議、執行役員などの重要な使用人として迎えるなら監査役会設置会社などでは取締役会の決議が要り(監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社では取締役・執行役に任せられる場合がある)、報酬の決め方も立場で変わる
- 人材戦略の責任は本来CEOが第一に担うもので、CHROを迎えたあともCEOが議論から離れない前提を候補者と共有しておく