採用管理システムを入れ、面接をオンラインにしても、採用の進め方そのものは以前と変わらないことがあります。道具を入れることと、採用の進め方を変えることは、別々の取り組みだからです。
ここでは採用DXの範囲を公的な定義から確かめたうえで、中途採用の選考工程のどこに手を入れるのか、どの順番で進めるのかを整理します。応募者のデータが増えることで新たに守るべき法令の線にも触れます。
採用DXの定義と、IT化との違い
採用DXとは、募集から選考・内定までの採用活動にデータとデジタル技術を持ち込み、個々の作業の効率化にとどまらず、選考の進め方や判断の基準、社内の役割分担まで変える取り組みのことです。
「採用DX」という語に国が定めた定義はありません。土台になるのは経済産業省によるDXの定義です。
デジタルガバナンス・コード3.0の定義は、変える対象として2種類を挙げています。1つは製品・サービスとビジネスモデルという外向きの対象、もう1つは業務・組織・プロセス・企業文化という内向きの対象で、データとデジタル技術を使って両方を変え、競争上の優位を築くことをDXと呼んでいます(経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」2024年9月19日改訂・p.2)。
採用DXが受け持つのは、このうち内向きの対象です。人事領域全体での定義の扱いは人事DXの定義と範囲で、DXとIT化の一般的な違いはDXとIT化・デジタル化の違いで整理しています。
経済産業省の3段階に採用業務を当てはめる
採用業務のデジタル化がどこまで進んでいるかは、経済産業省がDXレポート2で示した3つの段階で測るのが分かりやすい方法です。同レポートは、DXをデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの3段階に分けています(経済産業省「DXレポート2 中間取りまとめ(本文)」2020年12月28日・p.35)。
段階 | DXレポート2の定義 | 採用業務での例 |
|---|
デジタイゼーション | アナログ・物理データの単純なデジタルデータ化(典型的には紙文書の電子化) | 紙の履歴書をPDFで受け取る、面接の評価シートを表計算ファイルにする |
デジタライゼーション | 個別業務・プロセスのデジタル化 | 応募者情報を採用管理システムで一元管理する、面接日程の調整を自動化する、面接をオンラインで行う |
デジタルトランスフォーメーション | 全社的な業務・プロセスのデジタル化、および顧客起点の価値創造のために事業やビジネスモデルを変革すること | 選考の段ごとの通過・辞退の記録をもとに、採用基準・選考の段数・募集経路への予算配分を見直す |
表の右列の例は、定義を採用業務に当てはめた編集部の整理です。
ツールの導入だけでは2段目にとどまる
採用管理システムや日程調整ツールを入れることは、3段階のうち2段目のデジタライゼーションに当たります。個別の作業は速くなりますが、選考の段数や合否の基準といった採用の進め方そのものは変わりません。
3段目に進むかどうかを決めるのは、記録したデータを使って進め方を変える判断を、誰がどの頻度で下すかです。ツールの選定より先に、その判断の場を決めておく必要があります。
採用DXで変える対象は、選考の段ごとに違う
採用DXで手を入れる場所を決めるのは、自社の選考がどの段で構成されているかです。中途採用の選考は企業ごとに段の組み方が違うため、一般論の「採用プロセス」ではなく、自社の段を起点に考えます。
参考として、Offersに掲載された正社員求人の選考ステップ欄を集計しました。選考ステップは、求人の作成画面で段を選んで並べる項目です。エンジニアをはじめとするIT職の中途採用の組み方を映すデータとして使えます(Offers(株式会社overflow)調べ・選考ステップを記載した正社員求人 n=2,380・2023年10月〜2026年9月公開)。
選考ステップ | 選考ステップに含む求人の割合 | デジタル化の主な手段 |
|---|
カジュアル面談 | 66.3% | オンライン面談、日程調整ツール |
書類選考 | 46.2% | 採用管理システムでの応募書類の共有と評価の記録 |
オファー面談 | 39.7% | オンライン面談、条件提示書類の電子化 |
コーディングテスト | 7.5% | オンラインのテストサービス |
リファレンスチェック | 7.1% | オンラインのリファレンスチェックサービス |
エントリーシート | 4.7% | 応募フォームへの置き換え |
右列の手段は編集部の整理です。
面接は2回の求人が半数を超える
同じ集計で面接(1次〜4次面接)の回数を数えると、2回が53.2%で最も多く、3回が18.6%、1回が13.0%でした。面接を含まない求人は14.7%、4回は0.5%です。
面接が1回増えるごとに、日程調整・面接官への資料共有・評価の記録・次の段への連絡が1組ずつ増えます。面接2回にカジュアル面談とオファー面談を加えると、候補者1人に4回の日程調整が発生します。採用DXの2段目で最初に手を付けやすいのが日程調整と評価の記録なのは、件数がこの段数に比例して増えるためです。
カジュアル面談の後を記録する段を作る
カジュアル面談を選考ステップに含む求人は66.3%で、書類選考の46.2%を上回りました。カジュアル面談から始まる選考では、面談の後に応募へ進んだかどうかを記録しておかないと、最初の段の歩留まりは見えないままです。
段ごとの通過率の計算式と基準値の置き方は中途採用の歩留まりで扱っています。採用DXの3段目で選考の段数や基準を見直すときの材料も、この段ごとの記録です。
採用DXは4つの順番で進める
採用DXは、選考の段の書き出し、記録する項目の決定、道具の選定、データによる見直しの順に進めます。道具の選定を先にすると、ツールが持つ項目に合わせて記録が決まり、自社の判断に要る項目が抜けていても、気づくのは集計を始めた後です。
順番 | やること | 経済産業省の3段階との対応 |
|---|
1 | 選考の段と、段ごとの判定者を書き出す | 3段階に入る前の準備 |
2 | 段ごとに記録する項目(日付・通過か辞退か・理由・評価)を決める | デジタイゼーションの準備 |
3 | 記録と連絡を担う道具を選ぶ | デジタライゼーション |
4 | 記録をもとに採用基準・段数・募集経路の配分を定期的に見直す | デジタルトランスフォーメーション |
最初に決めるのは、選考の段と記録する項目
1つ目と2つ目の順番では、ツールを使わずに紙や表計算でもよいので、選考の段・判定者・記録する項目を書き出します。採用フローの設計手順は採用フローの6工程を参照してください。
辞退の理由や不合格の理由が自由記述だけだと、後からの集計は困難です。理由は選択肢にし、補足を自由記述にする形にしておくと、4つ目の見直しで数えられます。
社内の記録とは別に、候補者から見える自社の採用情報の状態を先に把握しておく方法もあります。エンジニア採用力チェックは、企業URLから公開情報を5指標24項目で採点し、原則1営業日以内にレポートが届く無料の診断です。選考の段ごとの通過率や社内の記録は採点の対象外なので、社内の記録とは分けて使います。
道具は記録する項目に合わせて選ぶ
3つ目の順番で選ぶ道具は、採用管理システム、日程調整ツール、オンライン面接の仕組み、オンラインのテストやリファレンスチェックのサービスなどです。選ぶ基準は、2つ目で決めた項目を記録でき、段ごとに集計して取り出せるかどうかです。
採用管理システムの機能と選定基準はATS(採用管理システム)とはに、AIを使う道具の効果とリスクはAI採用とはにまとめています。
見直しの場を定例にする
4つ目の順番は、記録を見て採用の進め方を変える場を定例にすることです。四半期ごとなどの頻度で、段ごとの通過・辞退の件数と理由を見て、面接の回数、評価の基準、募集経路への予算配分を変えるかどうかを決めます。
中途採用はポジションごとの応募が少なく、率だけで判断すると数件の変動で結論が揺れます。件数と理由をあわせて見るのは、数件の変動に惑わされずに変えるべき段を特定するためです。
採用DXで増える応募者データには法令の線がある
採用DXで応募者の情報をシステムに集めるほど、職業安定法第5条の5に関する厚生労働省の指針が定める個人情報の扱いの線を守る仕組みが要ります。指針の対象は職業紹介事業者に限られず、求人者や労働者の募集を行う者、つまり自社で採用する企業も対象です。
指針の第五が定めるのは、業務の目的の達成に必要な範囲内で目的を明らかにして個人情報を収集することと、人種・民族・社会的身分・門地・本籍・出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、思想及び信条、労働組合への加入状況を収集しないことです。保管と使用は収集目的の範囲に限られ、保管する必要がなくなった個人情報を破棄・削除するための措置も求めています(厚生労働省「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者…等がその責務等に関して適切に対処するための指針」最終改正 令和6年厚生労働省告示第318号・p.7-8)。
応募フォームの項目を公正採用選考の観点で点検する
紙の応募書類を応募フォームに置き換えるときに要るのは、項目をそのまま写さず、厚生労働省が挙げる就職差別につながるおそれがある14事項に当たらないかを点検することです。
厚生労働省は、本籍・出生地に関すること、家族に関すること(職業・続柄・健康・病歴・地位・学歴・収入・資産など)などをエントリーシートや応募用紙に記載させる、面接でたずねるなどして把握することは、就職差別につながるおそれがあるとしています。令和6年度にハローワークで把握した854件の内訳では、「家族に関すること」の質問が多くを占めました(厚生労働省「公正な採用選考をめざして 採用選考時に配慮すべき事項」)。
面接の評価を採用管理システムに記録する場合も同じで、評価項目や自由記述欄に適性・能力に関係のない事項が入らないよう、面接官に記入の範囲を示しておくのが確実です。
求人情報の時点と、募集終了時の取り下げを管理する
複数の求人媒体や自社の採用ページに求人を出すほど、募集を終えた求人や条件を変えた求人の情報が残りやすくなります。指針の第四は、募集を終了または変更した場合に情報の提供を速やかに終了・変更すること、情報を提供するときはその時点を明らかにすることを、労働者の募集を行う者に求めています(同指針 p.6)。
採用管理システムから求人を各媒体へ配信している場合に確かめたいのは、終了と変更の操作が配信先まで届くかどうかです。採用管理システムの導入で関わる法令上の義務はATS(採用管理システム)とはでも扱っています。
採用DXのメリットと限界
採用DXのメリットは、選考の段ごとに何が起きているかが記録で見えるようになり、採用の進め方を経験や印象ではなく件数と理由で変えられるようになる点です。日程調整や評価の共有にかかる手間が減ることは、その前提を整える効果にあたります。
観点 | 採用DXで得られるもの | 限界 |
|---|
作業 | 日程調整・書類共有・連絡の手間が減る | 減った時間を何に使うかは、ツールでは決まらない |
記録 | 段ごとの通過・辞退と理由が残る | 記録する項目を決めていなければ、後から集計できない |
判断 | 採用基準・段数・募集経路を件数で見直せる | 中途採用は件数が少なく、率だけでは判断が揺れる |
法令 | 収集・保管・削除の手順を仕組みに組み込める | 集める情報が増えるほど、管理の責任も増える |
表の限界の列は、道具ではなく運用の側で埋めるものです。記録の項目と見直しの場が決まらないまま道具の導入が先に進むと、採用DXは2段目で止まります。
自社の採用DXの段階を確かめる3つの問い
自社の採用DXがどの段階にあるかは、次の3つの問いで確かめられます。上から順に「はい」と答えられるところまでが、いまの段階です。
問い | 「はい」なら到達している段階 |
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応募書類・評価・連絡の記録がデジタルデータで残っているか | デジタイゼーション |
応募から内定までの段ごとの状態を、1つの仕組みで追えるか | デジタライゼーション |
段ごとの記録を見て、過去1年に採用基準・選考の段数・募集経路の配分のどれかを変えたか | デジタルトランスフォーメーション |
3つ目の問いに「はい」と答えられない場合、次に取り組むのは新しいツールの導入ではなく、記録を見て進め方を変える場を定例にすることです。