売り手市場の意味と買い手市場との違い
売り手市場は、働き手を「売り手」、雇う企業を「買い手」と見立てた言葉で、求人の数が求職者の数を上回り、求職者が条件の良い企業を選びやすくなっている状態のことです。求職者の数が求人を上回り、企業が候補者を選びやすい状態が買い手市場です。
両者を分ける目安は、求職者1人に対して求人が何件あるかを示す有効求人倍率で、1倍を上回れば売り手市場、下回れば買い手市場と読みます。
項目 | 売り手市場 | 買い手市場 |
|---|
求人と求職者の関係 | 求人の数が求職者の数を上回る | 求職者の数が求人の数を上回る |
有効求人倍率の目安 | 1倍を上回る | 1倍を下回る |
企業の採用に起きやすいこと | 応募が集まりにくく、選考途中の辞退や採用期間の長期化が起きやすい | 応募が集まりやすく、選考で比べられる候補者が増える |
求職者に起きやすいこと | 複数の内定から選べ、年収や働き方の条件を交渉しやすい | 応募先が限られ、1つの求人に応募が集中しやすい |
景気によって入れ替わる売り手市場と買い手市場
売り手市場と買い手市場は固定したものではなく、景気と求人の増減に合わせて入れ替わります。
有効求人倍率の年平均は、2009年に0.47倍まで下がり、求職者2人に対して求人が1件に満たない買い手市場でした。月次の季節調整値では2013年11月に1.01倍となって1倍を超え、2018年9月には1.64倍まで上がっています(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)」報道発表資料・第5表-2)。
新型コロナウイルス感染症が広がった2020年には、1月の1.49倍から9月・10月の1.04倍まで下がりました。それでも1倍は割り込まず、2013年11月から2026年9月まで、季節調整値で1倍を下回った月はありません。
売り手市場かどうかを判断する3つの指標
売り手市場かどうかは、厚生労働省の一般職業紹介状況が毎月公表する有効求人倍率・新規求人倍率・正社員有効求人倍率の3つで判断できます。2026年9月の値は有効求人倍率1.19倍、新規求人倍率2.19倍、正社員有効求人倍率1.01倍で、どれも1倍を上回りました(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)について」・2026年10月30日公表)。
指標 | 計算のしかた | 2026年9月(季節調整値) | 読み方 |
|---|
有効求人倍率 | 月間有効求人数 ÷ 月間有効求職者数 | 1.19倍 | 有効期限内の求人と求職者の比。市場全体の需給を見る |
新規求人倍率 | 新規求人数 ÷ 新規求職申込件数 | 2.19倍 | その月に新しく出た求人と、新しく申し込んだ求職者の比 |
正社員有効求人倍率 | 正社員の月間有効求人数 ÷ パートタイムを除く常用の月間有効求職者数 | 1.01倍 | 正社員の求人に絞った需給を見る |
計算のしかたは厚生労働省「一般職業紹介状況:用語の解説」の定義です。月間有効求人数・月間有効求職者数には、前月から繰り越した分と、その月に新しく受け付けた分の両方が入ります。
中途採用で正社員を募集する企業が見るべきなのは、3つめの正社員有効求人倍率です。2026年8月は1.00倍、9月は1.01倍で、正社員に限ると求人と求職者がほぼ釣り合っています(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)について」)。
数字を読むときの2つの注意
一般職業紹介状況は、公共職業安定所(ハローワーク)における求人・求職を取りまとめた統計です。民間の求人サイトや人材紹介会社だけで募集している求人は数に入らないため、ハローワークをあまり使わない職種では、実際の採用の難しさと倍率がずれることがあります。
正社員有効求人倍率は、分母のパートタイムを除く常用の求職者に派遣労働者や契約社員を希望する人も含むため、厚生労働省自身が「厳密な意味での正社員有効求人倍率より低い値となる」と注記しています。正社員の採用の実感が1.01倍より厳しい理由の一つは、この計算の仕方です。
2026年9月時点の売り手市場の現状と推移
2026年9月の有効求人倍率は1.19倍で、全国では13年近く売り手市場が続いています。ただし水準は下がっており、2020年以降で最も高かった2023年の年平均1.31倍から、2025年は1.22倍、2026年は1〜9月の月次で1.17〜1.19倍となりました。
年 | 有効求人倍率 |
|---|
2018年 | 1.61倍 |
2019年 | 1.60倍 |
2020年 | 1.18倍 |
2021年 | 1.13倍 |
2022年 | 1.28倍 |
2023年 | 1.31倍 |
2024年 | 1.25倍 |
2025年 | 1.22倍 |
2026年1〜9月 | 1.17〜1.19倍(月次の季節調整値) |
(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)」報道発表資料・第5表-2。2018〜2025年は年平均の実数値)
2025年に倍率が下がったのは、求人と求職者の両方が減るなかで、求人の減り方が大きかったためです。2025年の月間有効求人数は前年より3.5%減り、月間有効求職者数の減少1.2%を上回りました(同資料・第4表)。
求人の動きは産業によって分かれています。2026年9月の新規求人は前年同月と比べて、製造業が8.2%増、情報通信業が5.9%増、サービス業(他に分類されないもの)が4.9%増となった一方、生活関連サービス業,娯楽業は6.7%減、卸売業,小売業と宿泊業,飲食サービス業はともに6.3%減でした(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)について」)。
全国の数字だけを見ると「売り手市場は緩み始めた」と読めますが、採用の現場で差を生んでいるのは職種と地域です。
職種と地域で分かれる売り手市場の強さ
全国の有効求人倍率が1.19倍でも、職種別に見ると6倍を超える職種もあれば、1倍を大きく割り込む一般事務(0.29倍)のような職種もあり、同じ会社でも募集する職種によって売り手市場か買い手市場かが変わります。
職業 | 有効求人倍率 | 新規求人倍率 |
|---|
職業計 | 1.18倍 | 2.22倍 |
建築・土木・測量技術者 | 6.90倍 | 11.65倍 |
保安職業従事者 | 6.80倍 | 10.37倍 |
介護サービス職業従事者 | 3.54倍 | 5.71倍 |
営業職業従事者 | 2.19倍 | 3.81倍 |
情報処理・通信技術者 | 1.48倍 | 3.49倍 |
一般事務従事者 | 0.29倍 | 0.60倍 |
(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)」参考統計表8-1・常用(パートタイムを除く)・2026年9月の原数値)
一般事務従事者は有効求人倍率0.29倍で、求職者の数が求人の数を大きく上回る買い手市場です。事務職の募集では応募の数より、応募者の中から職務に合う人を見極める工程に時間を割くことになります。
エンジニアの採用で見る数字
エンジニアの採用で目安になる情報処理・通信技術者の有効求人倍率は1.48倍で、職業計の1.18倍を上回ります。新規求人倍率は3.49倍で、その月に新しく出た求人と求職者に限ると、求職者1人に3件以上の求人がある状態です。
前年同月と比べると、情報処理・通信技術者の新規求人は7.5%増え、有効求職者も4.8%増えました。求職者が増えたぶん有効求人倍率は0.08ポイント下がりました(同参考統計表8-2)。
エンジニアの職種ごとの市場と中途採用の進め方は「エンジニア中途採用とは?職種別の市場と進め方」、エンジニア採用の売り手市場が企業に与える影響は「エンジニア採用の売り手市場とは|企業への影響と採用策」が詳しい記事です。エンジニアに提示する年収の水準を確かめるときは、Offers のお役立ち資料にあるエンジニア年収レポート2026を使えます。
勤務地による差
勤務地でも倍率は大きく変わります。働く場所で数える就業地別の有効求人倍率(季節調整値)は、2026年9月に福井県と山梨県が1.74倍で最も高く、大阪府が0.96倍で最も低くなりました(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)について」)。
都道府県(就業地別) | 有効求人倍率 |
|---|
福井県・山梨県 | 1.74倍 |
愛知県 | 1.21倍 |
東京都 | 1.08倍 |
福岡県 | 1.00倍 |
大阪府 | 0.96倍 |
(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)」報道発表資料・第6表-1・季節調整値)
東京都は、求人を受け付けた場所で数える受理地別では1.71倍ですが、就業地別では1.08倍です。同じ都道府県でも数え方によって倍率がこれだけ変わるため、勤務地を基準に採用の難しさを測るときは就業地別の数字を使います。
売り手市場が続く理由
全国で売り手市場が続いているのは、2020年のような景気の落ち込みでも求人が求職者を下回らなかったことに加え、人手を求める産業が入れ替わりながら求人を出し続け、専門の経験を持つ人の数が求人に追いついていないためです。
2020年の落ち込みでも、有効求人倍率は1.04倍で止まり、2022年には年平均1.28倍まで戻りました。景気で倍率は上下しますが、2009年のように求人が求職者の半分を下回る状態には戻っていません。
人手を求める産業は年ごとに変わります。2026年9月は製造業と情報通信業の新規求人が増え、宿泊業,飲食サービス業や卸売業,小売業が減りました。どの産業でも同じように採用が難しくなるわけではなく、需要が増えている産業の職種に求人が集まります。
もう一つの理由は、専門の知識や経験を持つ人の数が求人に追いつかないことです。建築・土木・測量技術者の6.90倍や情報処理・通信技術者の1.48倍のように、資格や実務経験が要る職種ほど倍率は職業計を上回ります。経験者を中途で採用したい企業ほど売り手市場の影響を強く受けるのは、このためです。
売り手市場で企業の採用に起きること
売り手市場で企業の採用に起きるのは、応募の減少、選考の途中や内定後の辞退、提示年収の上昇、採用期間の長期化の4つで、どれも求職者が複数の企業を比べて選べることから生じます。
求人がどれだけ埋まっているかは、ハローワークの充足率で見られます。充足率は新規求人数に対して就職が決まった件数の割合で、2025年度平均は11.5%でした(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年9月分)」参考統計表1・パートタイムを含む)。新規求人の件数に対して、就職が決まった件数は1割強です。
選考の途中や内定後の辞退は、候補者が他社の選考を並行して進めているときに起きやすくなります。辞退の割合と、辞退を減らす連絡の仕方をまとめた記事が「採用の内定辞退|中途の辞退率15.0%と防止策」です。
提示年収の上昇と採用期間の長期化は、職種の倍率が高いほど大きくなります。情報処理・通信技術者のように倍率が職業計を上回る職種では、前回と同じ年収・同じ期間で募集を出しても、採用まで届かないことがあります。
売り手市場で企業が見直す採用の進め方
売り手市場で企業が見直すのは、採用期間の置き方、求人票の書き方、候補者に届く経路、選考の速さ、入社後の定着の5つです。求職者が企業を選ぶ立場にあるので、どれも「候補者から見て選ぶ理由があるか」を基準に見直します。
採用したい職種と勤務地の倍率から採用期間を決める
採用計画は、募集する職種の倍率と勤務地の倍率を確かめてから、採用人数と期間を決めます。全国1.19倍の数字で計画を立てたときに起きやすいのは、情報処理・通信技術者のように倍率が高い職種での期間の不足と、一般事務のように倍率が低い職種での母集団の集めすぎです。
職種の倍率は一般職業紹介状況の参考統計表で、勤務地の倍率は報道発表資料の第6表-1で毎月確かめられます。各都道府県労働局も管内の倍率を毎月公表しています。
採用計画に入れる数字の決め方を詳しく扱った記事は「採用戦略の立て方|フレームワークに入れる数字」です。採用人数と期間を表に落とすときは、お役立ち資料の一覧にある採用計画テンプレートを使えます。
求人票で年収の幅・業務・選考の流れを示す
求職者が複数の求人を比べる売り手市場では、求人票に年収の幅、担当する業務、選考の回数と期間を具体的に書き、応募の前に判断できる材料を渡します。書かれていない項目は、他社の求人と比べられたときに見劣りする原因です。
求人票と並んで、採用ページや技術ブログ、社員の紹介記事も候補者が企業を比べる材料になります。候補者から見た自社の公開情報を点検したいときは、エンジニア採用力チェックに企業のURLを入力すると、AIが公開情報を5指標24項目で採点したレポートが1営業日以内にメールで届く仕組みです。
待つ募集に加えて、企業から声をかける経路を持つ
求人を出して応募を待つだけでは、他社の選考を受けている候補者や、転職をまだ決めていない経験者に届きません。倍率の高い職種では、スカウトやリファラル採用のように、企業から候補者に声をかける経路を持つことが採用までの近道になります。
エンジニアの採用では、技術スタックや開発体制を書いたスカウト文面かどうかが返信の分かれ目です。経路ごとの特徴は「エンジニア採用の戦略と手法|2026年の市場データで解説」で比べています。
選考の期間を短くし、途中の辞退を減らす
売り手市場では、選考の期間が長いほど、候補者が他社の内定を先に受けて辞退する機会が増えます。書類選考の結果を返すまでの日数、面接の回数、面接から結果連絡までの日数を工程ごとに測り、長い工程から縮めるのが手順です。
面接の日程を候補者に選んでもらう、最終面接と条件の提示を同じ週に行うといった変更は、採用担当者の手元で始められます。
入社後の定着を測る
採用に時間と費用がかかる売り手市場で入社した人が定着しなければ、同じ募集をもう一度出すことになるため、入社後の定着も採用の成果の一部です。入社後3か月・6か月・1年の時点で何人が在籍しているかを採用経路ごとに記録し、定着の悪い経路や職種を次の採用計画に反映します。
定着率の測り方を扱った記事は「中途採用の定着率とは?測り方と平均が使えない理由」です。
売り手市場の数字を毎月確かめる手順
売り手市場の強さは月ごとに動くので、一般職業紹介状況が公表されるたびに、全国・職種・勤務地の3つの倍率を確かめ、自社の応募数と並べて記録します。2026年9月分は2026年10月30日に公表されました。
- 公表ページで、全国の有効求人倍率・新規求人倍率・正社員有効求人倍率を確かめる
- 参考統計表8-1で、募集している職種の有効求人倍率と新規求人倍率を確かめる
- 報道発表資料の第6表-1か都道府県労働局の公表資料で、勤務地の倍率を確かめる
- 自社の職種ごとの応募数・選考の通過数・採用数を同じ月で並べ、倍率が上がった職種から採用期間と求人票を見直す
全国の倍率が下がっても、自社が募集する職種と勤務地の倍率が高いままなら、採用の難しさは変わりません。自社の数字と統計を同じ表で並べておくと、採用計画の見直しを経営に説明するときの根拠にもなります。